〈食べログ3.5以下のうまい店〉正統派の広東料理をデイリー価格で味わえる、八丁堀のカウンター中華
おいしいもの好きのあの人に「食べログ3.5以下のうまい店」を教えてもらう本企画。公私ともに食べ歩きをこよなく愛す、フードライター・森脇慶子さんのおすすめは、八丁堀に2022年にオープンした「中国菜 漢」だ。
〈食べログ3.5以下のうまい店〉
巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー！ 食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。
食べログでは、口コミ数が少なかったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり、点数が上がると予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。
そこで、グルメなあの人にお願いして、本当は教えたくない、とっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回は、公私ともに食べ歩きをこよなく愛すフードライター・森脇慶子さんに、注目の若手シェフが手掛ける八丁堀の中国料理店を教えてもらった。
教えてくれる人
森脇慶子
「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン（共著）」（ぴあ）、「行列レストランのまかないレシピ」（ぴあ）ほか。
三田から八丁堀へ！ 「中華の若手シェフが手掛ける注目店」が移転リニューアル
「八丁堀」と聞くとオフィス街のイメージが強いかもしれないが、新川2丁目周辺は少し様相が異なる。東に隅田川、西・南に亀島川、北に日本橋川と3本の川に挟まれた閑静なエリア。近年は新たにマンションやビルが増えていく一方で、江戸情緒や下町っぽさも色濃く残るなんとも面白い場所だ。近年はそこに個性的な飲食店が点在するのも魅力で、この「中国菜 漢」はまさにそんな店の一つ。2022年2月に三田から移転し、リニューアルオープンしてまだ1年にも満たない。
店内はカウンター席6席と、会食などにも使えるテーブル席、個室1部屋の全18席。
森脇さん
オーナーシェフの藤井寛さんのおもてなしの心に癒やされます。小さな店ですが個室もあり、落ち着けます。
カウンター席をしつらえたのは、藤井シェフのこだわり。
「自分がとても好きだった店が、やはりこういうカウンタースタイルだったんです。オーダーした料理が目の前で作られていると、待っているのも楽しい。料理には、そういうライブ感も大事だと思うので」と藤井シェフは語る。
一人でフラッと来るもよし、何人かで大切な会食を楽しむもよし。味のクオリティはもちろんのこと、この“使い勝手の良さ”も多くの人を惹き付ける理由の一つ。
現在の点数こそ「3.5以下」だが、実は2019年に三田で「Chinese Restaurant 漢」をオープンしたときからその味には定評があり、当然こちらの店もまだ新店ながら各界の“おいしい物好き”から注目されている。「この味でこの価格はお値打ち」と「教えたくない店」に挙げる人も多い。
慶應義塾大学を卒業後、社会人を経て料理の世界に入った……という異色のスタートながら、東京ステーションホテル「カントニーズ“燕”ケン タカセ」、マンダリン オリエンタル 東京「センス」と名店で修行を重ねたキャリアを持つ藤井シェフ。彼が作り出す料理はその見た目のスタイリッシュさから「ヌーベルシノワ」と称されることも多いが……。
「自分としては、正統派の広東料理をやっているつもりです。もちろん、コースの一部等で個性的なものを出すこともありますが、あくまでもメインにしたいのは、基本で王道の広東料理なんですよ」
そう語り、笑顔を見せる。
広東料理の真髄、ここにあり。ハイレベルな「焼物」に舌鼓
この店で必ず食べてほしいのは「焼物」。言わずとしれた広東料理の花形メニューながら、本当においしいものを手頃な価格でいただける店は少ない……そんな印象を持っている人も多いのでは？
森脇さん
イチ押しは、漢方豚で作る窯焼きチャーシューです。客の来店時間に合わせて焼き上げる手間暇もおいしさの秘訣。肉厚で柔らかくジューシー。
「焼物は、仕込みにとても手間暇がかかるんですが、次の日になると格段に味が落ちてしまいます。その日に焼いたものしかお客様に出せないので管理が難しいんです。でもやっぱり、おいしいんですよね。だからうちでは、コースにも必ず入れるようにしています」と藤井シェフ。
調和と驚きが凝縮された本場の味わい
様々な食感と香りを味わえる「焼物4種盛り合わせ」
漢方豚の窯焼き叉焼、香り鶏の醤油煮、豚トロの黒コショウ焼き、皮付き豚バラ肉のクリスピー焼き……一つひとつが異なる食感と香り、味わいを持ち、噛みしめると肉本来の旨味が口内に広がってゆく、まさに至福の時間。
森脇さん
豚バラ肉のクリスピー焼きも、カリカリに焼いた皮付きの食感と身のしっとり感のコントラストが楽しい。バラ肉ですが、脂少なめのところを選んで作っているのも、女性には嬉しいところです。
焼物は、料理人の腕と知識が顕著に出るものの一つ。
例えば豚バラ。重曹で薄皮を取り、茹でて皮を膨らませ、皮のゼラチン質がどういう状態かを細かく見極めながら火を入れていく。素材の状況で塩の量や切れ目の深さなどを調整し、数多の工程を経て、口に入る状態になるまでかかる時間はおよそ3日間。
藤井シェフ曰く、なぜその工程が必要なのか一つひとつをきちんと理解して、そして手間暇をかけないと完成形にならない……それが焼物の奥深さとのこと。
食材の組み合わせや技法に料理人のセンスが光る「スープ」
この店で必ず食べてほしい名物はまだある。月ごとで中身が変わる「本日のスープ」をはじめとしたスープ類だ。
器ごとじっくり蒸し上げて作る中華ならではの手法で作り出される蒸しスープは、蓋を開けた瞬間の香り高さと、素材一つひとつの風味が際立ってくるクリアな味わいが魅力。
小さな器の中で調和の取れた世界が構成されている……そんな感慨すら覚えるおいしさだ。
森脇さん
金華ハムと老鶏、豚赤身肉に竜眼をじっくり5時間ほど蒸して取る上湯に、衣笠茸やナツメ、山薬などの漢方素材を入れ、更に2時間ほど蒸して作るスープは、様々な素材の旨味が滲み出て、深淵な味わい。身体に染み入るようなおいしさです。
一方、ときには「炊く」スープも登場する。鴨という素材の力をなるべく活かすべく、雑味を出さないよう丁寧に取られたスープは、炊きだしスープとは思えない繊細さで、鴨の滋味が身体に染み渡っていく。
スープは技法自体はシンプルながら、素材の組み合わせに料理人のセンスが出るもの。今月はどんなものが登場するか、一期一会の出合いを楽しみにする客が多いのもうなずける。
変わり種ハイボールや麺類など、細部に至るまでおいしさが満載
これだけの料理とはぜひアルコールも一緒に合わせたいところ。ぜひこちらで飲んでほしいのは、山椒と唐辛子が入った「麻辣ハイボール」。「ハイボールに唐辛子!?」と驚くなかれ、これが驚くほどマッチするのだ。ほのかな辛味と山椒の香りがハイボールに爽やかな風味を加えるので、パンチの効いた広東料理との相性も抜群ながら、ついつい杯が進んでしまうという非常に危険な（?!）一杯。
食事の締めには、名物のワンタン麺をぜひいただきたい。こちらも広東料理では外せないメニューだが、大振りのワンタンに噛み付くと口内に弾けるプリップリの海老の食感、老鶏と豚モモ、金華ハムで取られた、あっさりしていながら旨味が凝縮されたスープ、歯ごたえの良い香港麺……ここにも藤井シェフの手掛ける“正統派広東料理”の真髄が詰まっている。
森脇さん
国産の生麺を用いた香港海老ワンタン麺は、シャキッと歯切れの良い麺とつるりと滑らかなワンタンの皮、そしてプリッとした海老の歯応えと3つのテクスチャーのコンビネーションの妙も魅力です。
藤井シェフに中華の料理人を目指した理由を伺うと「子供の頃からとにかく中華が好きだった」とのこと。ファミレス中華から、昔池袋のサンシャイン60階にあった「聘珍楼」などの高級中華など、幅広く影響を受けたという。
料理の世界に入り、修行を続けるうちに広東料理の奥深さにさらに魅せられ、そしてたどり着いたのが今のスタイル。一品一品はとてもシンプルかつ完成度が高いものながら「中華料理って、こんなにおいしいんだ」という静かな感動を貰えるような料理が多いのは、シェフがかつて“中華料理”から得た驚きと感動が込められているからでは……そう思えてならないのだ。
＜店舗情報＞
◆中国菜 漢
住所 : 東京都中央区新川2-18-4 八重洲マンション 1F
TEL : 03-6435-4850
※価格はすべて税込
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認ください。
※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。
撮影：和田咲子
文：川口有紀（フリート）
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