世界企業のはずなのに中国人は誰も知らない…中国発ブランド「シーイン」が激安服を作れるヤバい理由
※本稿は、河合拓『知らなきゃいけないアパレルの話』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。
■謎の中国アパレル企業「シーイン」
スタートアップ企業の中でもひときわまばゆい光を放つのが、「シーイン(SHEIN)」という中国企業だ。
1年で売上を倍増させ、2022年には売上高1.5兆円(中国発表)を超えるといわれるアパレル企業だが、多くのビジネスパーソンはまだその名前すら知らないのではないだろうか。
しかし、シーインはそのメーンターゲットである世界のZ世代から絶大な支持を得ている。EC販売ではあのZARAを追い抜くほどの急成長をとげている。それがD2C企業シーインなのである。
破壊的安さを実現するシーインの驚異のサプライチェーンと、恐ろしく効率的なマーケティングが融合したそのビジネスモデルをつまびらかにしよう。
■中国の誰もがシーインを知らない
私は自身のネットワークを活用し、中国在住の人々にシーインについて聞いてみた。
すると、中国の誰もが「知らない」と答えた。
実は、この企業は中国では販売していない。
中国企業であることを消したSNS戦略をとり、ステルス・マーケティング(あからさまな宣伝ではないようなマーケティング手法)を行い、中国以外の国のZ世代(1990年代後半〜2000年代に生まれたデジタルネイティブ世代)の定番ブランドとなっている。
彼らは、いずれトータルの売上で世界一になるだろうと世界のビジネススクールの研究者達は言っているようだ。
「大量生産時代」「ファッション高回転時代」だからこそ産み落とされた、シーインのビジネスモデルについて解説していきたい。
■2〜3日で生産する「ウルトラ・ファストファッション」の真実
私は、中国アパレル企業に勤める友人にシーインの調査を依頼した。
中国在住の彼は、ZOOM上で、「シーインの秘密をお見せしましょう」というと、シーインのウェブサイトに掲載されている商品画像を、中国製スマホのAI画像検知にかけた。
すると、同一商品と同一モデルが、タオバオをはじめ、あちこちの中国ECサイトで別ブランドとして掲載・販売されていたのである。
つまり、シーインは、工場で余った残反や余った商品(余剰在庫)をタダ同然で買い取り、ブランドネームを変えて販売しているだけなのだ。
余った商品の中から売れ筋をピックアップして販売するから、3日で3000SKU(ストック・キーピング・ユニット、在庫最小管理単位)を新規投入するという、膨大な品揃えが可能になる。
2〜3日で生産する「ウルトラ・ファストファッション」と主張している専門家もいるが、そんなことは不可能だ。
■シーインは「バッタ屋」
数千種類もの布帛(ふはく)やニット原糸などの「素材」を半日から1日で集め、残り2日で修正もせずにパターンを引いて、3000SKUもの商品を作れるはずがない。
シーインのビジネスモデルは珍しいものではない。
例えば、日本でも大阪のshoichiという会社が、米国では「オフプライスストア」という業態で、同様のことをやっている。
シーインは、いわゆる「バッタ屋」なのだ。
シーインの急成長の原動力である超低価格は、世界中のアパレルが同社のために商品コストを立て替えてくれている、という構造で成り立っているのである。
■「ウルトラ・ビッグデータ」から売れ筋を分析
単なる安売屋とは違うシーインの強さは、データ活用による世界中の「流行分析」と、SNSマーケティングにある。
我々が普段使っているレベルを遙かに超える、いわゆる「ウルトラ・ビッグデータ」といっても良い、巨大データ分析によって、世界中で今売れる商品を探し出す。
その売れ筋情報をもとに、AIが、中国・広州の3000を超える工場がクラウドに上げた残反・残品情報の中から、商品をピックアップ。
MDを組み上げ、世界中にクーリエ(国際宅配)便を使って個配(個別配送)し、売上を最大化させている。
シーインはもともとデジタルマーケティング会社から発展したため、この程度の芸当は朝飯前なのだ。
■中国に出荷子会社を作り、輸出税を無税に
特筆すべきは、世界のアパレルの生産工場が集まる中国広州を拠点に、商品集荷から出荷、ラストワンマイルまでのシンプルなサプライチェーン体制を築いていることだ。
中でも恐るべきことは、中国の輸出、および、米国の輸入関税を無税化している点である。
実は、世界で繊維製品に関税をかけていない国はない。
輸入関税は徐々に撤廃されているが、繊維、アパレル産業は国の発展の初期段階における重要産業であり、普通は関税で保護されている。
しかし、「税金の抜け道」は存在する。
例えば、中国のような共産主義国では一般的に外貨が国から出て行くことを嫌がるので、独自の関税制度を設けている。
そのため、外資系企業が中国市場で販売する場合には通常、税金がかかる。
そこで、その税金を回避するため、外資系企業では中国に製品の輸出出荷子会社を作ることが多い。
製造段階で中国の工場へ素材を販売し、その製品が再び中国から輸出されるという「裏付け」を作るためだ。
そのようにして、商品の付加価値分だけの外貨が中国子会社に残るようにして、関税を回避しているのだ。これを委託加工貿易と呼ぶ。
■「個人輸入」として米国の関税を回避
当然、シーインもそうした仕組みによって、税金を回避している。
さらに、米国でかかる輸入税についても、シーインは巧妙に回避している。
シーインは、店頭への大口配送でなく、国際郵便(EMS)やFedEx(世界大手の物流企業)などの宅配便を使い、一般消費者に個別配送している。
つまり「消費者が個人輸入する」のと同じである。
ブルームバーグ誌によると、こうした個配には関税がかからないという抜け穴が存在するという。
ちなみに、ZARAは店舗ごとに大口配送をしており、高額な輸入税をかけられている。
だが、シーインは無店舗で、小口配送しているため、無税となっているのだ。
シーインはオンラインによる2C(対個人)ビジネスによって、中国から輸出する時の税、米国に輸入する時の税を逃れ、極めて安価なコスト構造と販管費を実現しているわけだ。
ある米国の学者は、こうしたシーインのコスト負担の少なさには「誰も追いつくことができない」といっている。
■低コストと効率的なマーケティングの融合
洗練されたデザインでかつ膨大な品揃えを実現しながら、原材料がタダ同然で、貿易関税が無税という低コスト構造。
インスタなどSNSを利用し、Z世代に爆発的な支持を受けるも、オジさん世代は存在すら知らないという、ターゲティングが明確化された効率的なマーケティング。
これらが巧みに融合している点こそ、シーインの恐るべきところなのだ。
シーインのビジネスモデルをまとめると以下の4点となる。
1.工場で余った余剰在庫や残反を安価で買い取り低価格で世界販売
2.ケイティー・ペリーなど有名なインフルエンサーと組んで、インスタなどSNSを活用したマーケティングと現地PR会社の活用
3.出荷地から車で5時間以内の中国広州工場(世界中の素材、付属が集まる中国の産業集積地)からの出荷による、世界各国の消費者へダイレクト小口配送
4.余剰在庫、中国の輸出関税と米国の輸入税免除を活用した、圧倒的に低コストなサプライチェーン
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河合 拓(かわい・たく)
経営コンサルタント
Arthur D Little、カートサーモンUS inc、アクセンチュア戦略グループ、日本IBMのパートナーなど、世界的コンサルティング企業の経営幹部を歴任。現在は、プライベート・エクイティファンドThe Longreachgroupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。メディアへの出演多数。著書に『ブランドで競争する技術』『生き残るアパレル 死ぬアパレル』(いずれもダイヤモンド社)がある。
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(経営コンサルタント 河合 拓)