人気アニメ『機動戦士ガンダム』では「ゴッグ」「ズゴック」「アッガイ」といった水陸両用MSだけでなく、水中戦用MA「グラブロ」、さらには潜水艦まで登場します。ジオンは宇宙国家なのに、なぜ水中兵器を開発したのでしょうか。

実は政治家が兵器を開発させる場合も

 人気アニメ『機動戦士ガンダム』は、「宇宙世紀0079」という文言や「宇宙都市サイド3がジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んだ」という内容から、宇宙空間での戦いがメインかと思いがちです。しかし、意外にも地球上での戦いの描写は多く、それに関連して元来、宇宙都市であるはずのジオン公国軍に属する水中兵器も数多く登場します。


海上自衛隊の潜水艦隊。もしかしたら『ガンダム』世界でも同じような艦隊行動があったかもしれない(画像:海上自衛隊)。

 水陸両用MS(モビルスーツ)については「ズゴック」「ゴッグ」「アッガイ」の活躍が印象的ですが、「ハイゴッグ」「ズゴックE型」などの派生型や「水中用ザク」「ゾック」など、生産数の少ない試作型も作られたとか。

 さらに、水中戦でしか使用できないモビルアーマー「グラブロ」や、どう見てもジオンの精神を形にしたかのような「マッドアングラー」級潜水艦も登場します。

 そもそも、物語の舞台となった1年戦争で設定されていたジオンの戦争計画は「開戦当初に制宙権を握ったうえで、地球連邦軍本部が置かれた都市ジャブローにスペースコロニーを落とし、降伏させる」というものですから、戦争はほぼ宇宙戦で完結するはずです。しかし、実際には大量の水中戦用兵器が製造されて、実戦投入されているのです。

 これは、軍事的必要性というよりは、政治的思惑による兵器開発ではないかと筆者(安藤昌季:乗りものライター)は推測します。

 たとえば、アメリカが太平洋戦争で、日本に核兵器を使用したのは、戦後を見据えてソ連などの必ずしも友好国とは言えない味方陣営に対して、イニシアチブ(主導権)を握るためという話があります。兵器開発は、その戦略的意義が大きければ大きいほど、政治的思惑が入りやすいといえるでしょう。

第2次大戦中のアメリカやドイツに前例が

 また国威高揚など、権力者の思惑でも、兵器開発が行われることがあります。太平洋戦争中に、アメリカのルーズベルト大統領は、1941(昭和16)年に空母「ホーネット」が就役した後、1944(昭和19)年の「エセックス」(予定より竣工が早まっています)まで、空母の就役予定がないことに不満を抱き、嫌がる海軍に「建造中の巡洋艦を軽空母にする」提案をします。結果、海軍は大統領の強い意向を無視できず、インディペンデンス級軽空母を開発しています。

 さらにルーズベルト大統領は「エセックス級で十分」というアメリカ海軍に「装甲空母4隻を建造しろ」と要求し、こちらも結局、ミッドウェー級装甲空母という形で実現しています。


連邦開発のはずなのに、ジオンの精神を形にしたような潜水艦がありますね。(イラストレーター:亜狼)。

 同時期のドイツも「ソ連は必ず超重戦車を開発する」という独裁者ヒトラーの思い込みで、実用性のない超重戦車「マウス」を開発したりしていますし、大型戦闘艦が活躍しないことで、正規空母「グラーフ・ツェッペリン」の建造を中止させたり、はたまた艤装を再開したりと、兵器開発に自分の意向を強く反映させていました。

 それらを鑑みると、「機動戦士ガンダム」の敵側陣営であるジオン公国は、独裁者ギレン・ザビを始めとするザビ家に支配されており、彼らの意向が兵器開発に強く影響したことは間違いありません。

 では、なぜ「宇宙戦で戦争を終わらせるつもりだったのに、水中用兵器が必要」となったのでしょうか。筆者は「地球連邦が降伏した後の地球統治」を見据えての兵器開発だったのではと想像します。

 ザビ家は、劇中でも戦争終了後を見据えた行動を取っています。「ザビ家が地球側の有力者であるエッシェンバッハ家に近づき、その令嬢イセリナと、ガルマ・ザビが恋仲になる」などは、本人同士の恋愛感情もあるでしょうけど、ザビ家のような名家の行動原理として「地球の有力者と結びついて、間接統治する」ことを見据えたからだと考えます。

 ジオンの国力は連邦の30分の1以下で、人口でも大きく劣ります(諸説あります)。少数で地球を統治することの難しさも想定していたはずです。

コロニー落としするなら核兵器使用もためらわない!?

 加えて「優性種が優先されるべき」とザビ家が考えていたことを鑑みても、地球に住む住人たちは「恐怖で支配しても構わない存在」だと捉えていたのではないでしょうか。「どう地球を統治するか」の構想は開戦前でしょうから、ガンダム世界の架空の条約、核・生物化学兵器を禁止した南極条約は想定していません。


妹の方が細かいことを考えそうです。(イラストレーター:亜狼)。

 つまり、反乱を起こさないための抑止力として、所在を発見しにくい水中用兵器に核兵器を搭載し、制海権を掌握。反乱を起こした都市は核兵器で制圧するという戦略を立てたのではないかと筆者は見立てています。

 ちなみに、ジオンは「コロニー落とし」などという戦術で、いとも簡単にスペースコロニーを落下させられるのですから、核兵器の使用をためらうことなどないでしょう。

 そのためには、大型の原子力潜水艦にモビルスーツを搭載して、世界のどこにでも核攻撃できるという運用体系が必要ということです。

 なお、ジオンの潜水艦と水中用兵器については「連邦が降伏しなかったので、地球降下作戦が必要となり、急遽開発した。キャリフォルニア(カリフォルニアのことを、宇宙世紀ではこう呼びます)ベースを制圧したさいに、潜水艦は幸運にも鹵獲(ろかく)した」という設定はあります。しかし、この地球降下作戦開始は宇宙世紀0079年3月1日です。

 一方、南極条約が締結されて「連邦は降伏しないから、地球降下作戦が必要」と判明したのは、同年1月31日です。初めての水中用量産型モビルスーツ「ゴッグ」の生産は0079年3月から始まっているようです。ということは、1か月で水中用兵器の方針を立て、開発し、生産に移行したことになります。その1か月以内に「水中用ザク」の開発、試験を行い、「ゴッグ」などの開発に役立てている、というハナシでもあるわけです。無計画に実現できるとは思えません。

 宇宙世紀の兵器開発速度は異常に早いですが、ジオンでも「ザクI」の開発は0075年、「ザクII」の試作機登場は0077年です。それを基にすると、わずか1か月で水中用MSを設計から試験、量産に移行したとは、さすがに考えられないことです。

ジオンが潜水艦や水陸両用兵器を揃えたもっともな理由

 なお、参考までに現実世界でアメリカ製の最新ステルス戦闘機F35は2000年に概念実証機(X-35)が初飛行し、そこから量産機が初期作戦能力を獲得するまでに15年かかっています。

 そこで筆者としては、実は以下のような流れだったのではないかと考えます。

「戦争終了後の統治を考えて、元々水中用兵器を試作・開発していたが、急きょ核兵器を使わない作戦を前提とした、改設計をした」

「連邦軍のU型潜水艦などの設計図は、スパイなどで入手していたので、潜水艦へのMS搭載改装設計は終わっていた。だからU型潜水艦を鹵獲後、速やかに改装した」

「地球連邦軍の次期主力大型潜水艦の設計図も入手しており、それにMSやMA(モビルアーマー)搭載を可能とする改設計も終了していた。だから、建造中の新型潜水艦を鹵獲し、速やかにマッドアングラー級として建造した。なお、MA「グラブロ」開発の設計資料とするために、形状もMA的なデザインに改めた」

 重ねて申し上げますが、これはあくまでも筆者の私見です。しかし史実を元にこういった推察をしていくと、フィクションとはいえ『機動戦士ガンダム』の世界感は無限大に奥行きを広げていきます。こういった点が、また『ガンダム』の面白いところではあると言えるでしょう。