カタールW杯でもメッシ、ロナウド、モドリッチが…高齢スター選手が増えたのはなぜか
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】
高齢化するスター選手たち(1)
僕はこの夏までの1年間、家族と一緒にマドリードに住んでいた。スペインのことをもっと知り、スペイン語も覚えたかったからだ。
家があったのは、サンチャゴ・ベルナベウのスタジアムから地下鉄で3駅の場所。そのため多くの夜を、カリム・ベンゼマのプレーを見て過ごすことになった。
10月にバロンドール(世界最優秀選手賞)を34歳で獲得したベンゼマは、試合中はほとんどピッチ内をうろついて過ごしている。自分以外のすべての選手の位置と動く方向を、スキャンして頭に入れている。ケガをした右腕に巻いているトレードマークの包帯の下に、GPSを隠しているかのようだ。
突然、彼はスピードを上げ、チームメイトに伝える。
「敵の穴を見つけた。俺にボールをよこせ、今すぐに」
ベンゼマにボールが渡ると、ボールがペナルティーエリア内にある時でさえ、彼はスキャンを続ける。コンマ数秒ごとに判断をし続ける。シュートか、パスか、どちらの足のどの部分でボールを扱うか。
ゴールが決まると、ベンゼマはたいてい静かに喜ぶ。彼はチームの誰よりも先に、ゴールが入ったことを見届けている。
ベンゼマはカタールで、フランス代表にワールドカップをもたらそうとしていた(残念ながら開幕直前に負傷のため代表を離脱した)。彼は今年こそバロンドールを受賞したが、これまでは投票のトップ15選手に入ったことさえなかった。
ベンゼマはこのワールドカップの、そして現代のスポーツのある傾向を体現するアスリート。それは、最も優れた選手の多くが中年に差しかかっているというトレンドだ。
37歳で5回目のW杯に挑むクリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル代表)photo by Sano Miki
このワールドカップの注目選手には、1985〜88年生まれがけっこう多い。今もおそらく世界で最も優れたフットボール選手であるリオネル・メッシは35歳。クリスティアーノ・ロナウドは37歳で、今もポルトガルで最も頼れる点取り屋だ。クロアチアの司令塔ルカ・モドリッチも同じ37歳で、先ごろ「50歳までプレーできるかもしれない」とジョークを飛ばした(本当にジョークだったのか)。2008年から昨年まで、バロンドールはこの3人が入れ替わり受賞している。
メッシが昨年、7度目のバロンドールを受賞したことに疑問を唱えた人たちは、ポーランドのFWロベルト・レヴァンドフスキを推していた。彼もいま34歳だ。これまでのバロンドール受賞者には、1987年よりあとに生まれた選手がいない。いま世界最高の若手選手であるノルウェーのFWアーリング・ハーランドは22歳だが、カタールに行くことさえできなかった。ノルウェーが本大会に進めなかったからだ。
"中年"のスター選手は、ほかの競技でも増えている。テニス界ではロジャー・フェデラーが41歳で今年の夏に引退するまで、長いこと君臨していた。ラファエル・ナダルは36歳、ノバク・ジョコビッチは35歳だが、今もトップで活躍している。ドミニク・ティームが1990年代生まれの男子選手としては初めて4大大会に優勝したのは、ようやく2020年のことだ。
F1では、ルイス・ハミルトンが37歳の今年になって、やっと衰えを感じさせるようになった。同じく37歳のレブロン・ジェームズは、偉大なバスケットボール選手であり続けている。アメリカンフットボールのクォーターバック、トム・ブレイディは、45歳で最近NFLに復帰した。
ここで、ひとつの推測が成り立ちそうだ。よりよいダイエットと医療面でのケア、それにサッカーやNFLでは危険なタックルが厳しく禁止されていることが、選手寿命を延ばす要因になっているのではないか──。
今のフットボール選手が昔の選手たちよりも体を気遣っているのは間違いない。ジョージ・ベストはアルコール依存、ヨハン・クライフはチェーンスモーカー、そしてディエゴ・マラドーナはコカイン中毒だった。もっと最近では、元イングランド代表FWのウェイン・ルーニーが、若い頃にストレス解消のため2日間にわたって酒びたりになったことがあると告白した。
しかし、カタールで戦う選手たちのなかには、絶対禁酒で完全菜食、自宅の地下にジムを持っているというケースもけっこう多い。選手たちは年をとるほど、自分のケアを入念にするようになった。
選手全般の年齢が上がっているというデータはないアーセナルの監督を長年務めたアーセン・ベンゲルは、ベンゼマが年を重ねてからうまくなった理由について、「30歳までの彼は、いつも体重が2、3キロ多かった」と言った。メッシやクリスティアーノ・ロナウドも、長期間の厳しいダイエットを取り入れて体重を減らした。
時代の移り変わりを知るには、41歳になるスウェーデンのストライカー、ズラタン・イブラヒモビッチ(彼の国もカタールには行けなかった)の下着一枚の自撮り写真と、イギリスの男の子なら誰もが集めた「パニーニ・フットボール・ステッカー」の1970年代のイングランド選手の写真を比べるといい。昔は20代後半の選手でも腹が出て、顔にはしわが多く、歯がなかったりした。第2次世界大戦直後の栄養状態が悪い時代に育ったためであり、プロになってからも平気でパブに出入りしていたせいだった。
以上のようなことから、"中年"のアスリートが増えている理由は説明がつくようにも思える。だが、問題がひとつ。実は選手の年齢が上がっているという確実な証拠は、ほとんどないのだ。世界最高のフットボールリーグであるイングランドのプレミアリーグでは、チーム全体や点取り屋の年齢が上がっていることを示す長期に及ぶデータはないと、ある主要クラブのデータ分析担当者は語った。
スポーツウェブサイトの「ジ・アスレティック」は昨年、プレミアリーグの各選手の出場時間を分析し、「選手のピーク年齢」を割り出した。それによれば、おおよその年齢でセンターバックとストライカーは27歳、ウィンガーが26歳、サイドバックとセントラルミッドフィールダーが25歳だという。
確かに、チャンピオンズリーグに出場した選手の平均年齢は1992−93シーズンから2017−18シーズンにかけて高くなったが、24.9歳が26.5歳になっただけで、それほど大きな幅ではない。その一方で、アメリカの主要な男性スポーツリーグでは、チームの平均年齢がさまざまな理由から若くなっている。つまり、ベンゼマたちは例外なのだ。
最も優秀な選手たちの高齢化が進んでいるアスリートが体をどんなにケアしても、30歳になる前までに肉体は衰える。まず柔軟性が失われる。次に20代後半から、心臓血管の耐久力が落ちてくる。同じ頃、筋力が衰えはじめる。反応時間も遅くなる。30代になると筋肉と骨の量が減りはじめ、強靱さが失われていく。一方で、ケガの頻度が増える。
どうやら、ふたつの矛盾する事実があるようだ。ひとつは、男性スポーツ全体で見た時に選手寿命が長くなっているというわけではないということ。もうひとつは、そうは言っても、さまざまなスポーツで最も優れた選手のなかに年を重ねたアスリートが増えているということ。このふたつをどう説明づければいいのか。
ここで押さえておきたいのは、アスリートの高齢化が話題になるのは、今が初めてではないということだ。2000年代後半から2010年代初めにかけて、40歳を超えるフットボール選手が目立った時期があった。ACミランのパオロ・マルディーニやアレッサンドロ・コスタクルタ、あるいは当時最強だったマンチェスター・ユナイテッドのライアン・ギグスやエドウィン・ファン・デル・サール......。
他のスポーツにも仲間がいた。マルチナ・ナブラチロワが全米オープンの混合ダブルスで最後に優勝したのは49歳の時。バリー・ボンズが2007年にMLBを43歳で引退する少し前だ。
僕はナブラチロワに、その年齢で活躍できる秘訣を尋ねたことがある。彼女はダイエットの話をした(「にんじんジュースを飲みすぎて肌がオレンジ色になったこともあった」)が、こう白状した。
「正直言って、どうして今もプレーできているのか、私にもわからない。今の私は、たいていの選手たちのお母さんよりも年上。でも時速105マイル(約170キロ)のサーブを打てる。この年齢まで続けたアスリートで私が知っているのは、(アイスホッケーのNHLで51歳になってもプレーした)ゴーディ・ハウだけね」
(つづく)