帝京大が明大を撃破し対抗戦V。なぜ司令塔・高本幹也は仲間からブーイングを受けたのか
帝京大の高本幹也は明大戦で「プレーヤー・オブ・ザ・マッチ」に選ばれた
王者は強かった。帝京大がスクラムと鉄壁防御で明大を圧倒し、6戦全勝で、関東大学ラグビー対抗戦優勝を決めた。司令塔のSO(スタンドオフ)高本幹也は冷静にゲームをコントロールし、「プレーヤー・オブ・ザ・マッチ」に選ばれた。
「160%」。試合前日、高本幹は出場選手が決意を書き込む模造紙にこう、記した。試合後の記者と交わるミックスゾーンだった。「僕は変わっていて」と少し笑って説明してくれた。
「いつも全力を出すということです。シーズンの入りが100%。この試合が6試合目だったので、10%ずつ上がって160%と書いたのです」
4年生副将の高本幹は、ケガで欠場したセンター(CTB)松山千大主将の代わりにゲームキャプテンを務めた。大阪桐蔭高から一緒の親友の思いを胸に試合に挑んだ。自慢の強力フォワード(FW)を前面に出し、主導権を握った。
11月20日、冷たい雨の秩父宮ラグビー場。自分たちの強みで明大のアイデンティティを押しつぶす。両チームの力と力、意地と意地がぶつかりあった。結局、スクラムでは当たり勝ち、コラプシング(故意に崩す行為)などのスクラムでの反則を12本ももぎ取った。FWうしろ5人の押しが乱れ、5本とられたけれど。
FWが相手に圧力をかければ、SOもラクにプレーできる。高本幹はFWに感謝した。
「FWが前に出て、スクラムでも頑張ってくれるのでゲームは組み立てやすいのかなと思います。ラグビー自体が楽しい。帝京大でプレーできて、楽しいなと思います」
試合前は緊張していても、ゲームに入ると、スーッと冷静になれるという。プレッシャー下の状況判断はふだんの練習からこだわっている。視野をどう広げるかも。
一瞬の隙を突くトライ前半20分過ぎだった。明大ゴール前でマイボールのスクラムを組み、相次いでコラプシングの反則を得た。その度、スクラムを選択した。3回目。誰もが、もう一度、スクラムを選ぶと思った瞬間だった。
ゲームキャプテンの前には明大選手はいなかった。相手防御に隙間が生まれた。高本幹はレフリーにリスタートOKを確認し、ペナルティーキック(PK)の地点でボールをチョンと蹴り、そのまま脱兎のごとく走り、インゴールに飛び込んだ。トライで12-3とリードを広げた。
この相手の一瞬の隙を突くしたたかさよ。高本幹の述懐。
「スクラムで相手FWが疲れているのがわかりました。前に誰もいなかったので、レフリーさんに聞いたんです。"行っていいですか"って。"はい"と言われたので、行ったんです」
試合は高本幹がタッチに蹴り出し、29-13でノーサイドとなった。スクラムの攻防に終始した印象だが、チャンスと見れば、司令塔は長短のパスでラインを動かし、キックパスも見せた。加えて、チーム一丸を示したのは、分厚いディフェンスである。とくに前半の終盤、連係がとれたディフェンス網で明大の猛攻を防ぎきった。地味ながら、高本幹もよくタックルした。
今季、監督が名将の岩出雅之さんから元日本代表プロップの相馬朋和さんに替わった。フィジカルの強さ、基本プレーの忠実さ、ひたむきさのベースは同じでも、高本幹は「去年より、チームワークを一人ひとりが意識しています」と言いきった。
「(試合メンバーの)23人だけじゃなく、部員全員がチームワークを大事にしようとしています。ちょっとしたことですけど、試合でひとりがトライしたら全員で喜んだり、ひとりがミスしたら全員で励まし合ったり。みんなで喜んだり、笑ったりというのを、ふだんからやろうぜと心掛けています」
まだまだ、まだまだ成長する余地がある才能は文句なしだ。高本幹は172センチ、83キロ。チームへの献身ゆえだろう、チーム内の信頼度も高い。「チームで一番練習する頑張り屋」(相馬監督)とあって、どうしてもプレーへの期待値は高くなる。
そういえば、試合で一番活躍した選手に与えられる「プレーヤー・オブ・ザ・マッチ」の表彰式だった。「高本幹也」の名前がアナウンスされると、チームメイトから冗談の「ブーイング」が飛び出した。なぜ。
相馬監督が記者会見で説明してくれた。
「チームメイトは、高本幹也はもっといい判断をする、キックもゴールを入れる、そう思っているからです。そういう意味では、まだまだ、まだまだ成長する余地がたくさんあるからです」
確かに、高本幹は比較的簡単な位置のゴールキックを外した。ひな壇の隣で聞いていた21歳は神妙な面持ちで、こう漏らした。
「やっぱり自分でも納得がいかないところがあります。それは相馬さんが言っていたように、もっとできると自分でも思っています。これからの慶応戦、大学選手権があるので、もっと精度を高くして試合に臨みたいと思っています」
チームの目標はあくまで、大学選手権連覇である。だから、節目の対抗戦優勝も喜びは控えめだった。相馬新監督の胴上げもなかった。「胴上げの予定は?」と記者から聞かれると、公称130キロの相馬新監督は巨体を揺らして笑った。
「まだ体重が減ってないので。たぶん、大学選手権決勝まで(ダイエットが)間に合わないんじゃないでしょうか。選手の安全を守るため、胴上げはしないんじゃないですか」
羨ましさと悔しい気持ちところで、この日の夜、フランスでは日本代表対フランス代表(●17-35)があった。日本の先発SOを務めたのが、21歳の李承信だった。李は2019年に帝京大に入学し、1年で退学、リーグワンのコベルコ神戸スティーラーズに移った。つまり、1年生の時は高本幹の同期だった。
そのポジション争いをしていた選手が、日本代表のジャージを着ている。再びミックスゾーン。李の話題を振ると、高本幹は「僕も、(日本代表に)入りたい」とつぶやいた。
「羨ましさと悔しい気持ちがあります。僕も、頑張っていけたらいいなと。今は大学でできることをしっかりやって、来年からは(日本代表に)挑戦していきたい」
若者の心意気は貴い。高本幹は大学選手権決勝で「200%の力を出します」と語気を強めた。決勝まであと4試合、だから10%を4つ足して、200%というわけだ。
「チーム一丸となって、大学選手権で絶対、優勝したい」
よく見れば、高本幹の右耳は、相馬監督同様、つぶれていた。帝京大に入って、スクラム練習ではなく、激しいタックルで内出血したそうだ。これは痛い。からだを張る選手の勲章のようなものだろう。
沈着冷静。タフガイの高本幹が、帝京大を大学選手権連覇へとリードする。