忙しい男ほど、遊んでる？妻のLINEは無視する夫が、隠れてしていたコトとは
お金も時間も自由に使える、リッチなDINKS。
独身の時よりも広い家に住み、週末の外食にもお金をかける。
家族と恋人の狭間のような関係は、最高に心地よくて、気づけばどんどん月日が流れて「なんとなくDINKS」状態に。
でも、このままでいいのかな…。子どもは…？将来は…？
これは、それぞれの問題に向き合うDINKSカップルの物語。
◆これまでのあらすじ
真奈美は多忙な夫を持つ外資OL。夫の希望で妊活を始めようとしたものの、カウンセリングの時点で彼にドタキャンされてしまい…。
真奈美・33歳。世帯年収4,500万円の東大卒パワーカップル【中編】
「真奈美…今日はごめん。ホント、悪かったと思ってる」
レディースクリニックの予約を夫・崇仁にドタキャンされた日の夜。
いつも通り深夜に帰宅した彼は、本当に申し訳なさそうな表情で開口一番に謝ってきた。
「別にいいよ。仕事なら仕方ないし…」
― それに私も、妊活始める覚悟できてないし。
本音は心の中にしまっておきつつ、崇仁に笑顔をつくる。
約束を破ってしまったことについて、思った以上に彼が落ち込んでいる様子だったので、イヤな気持ちにはならなかった。
「ハァ…。実際、俺も真奈美も仕事で忙しいなかで、子育てってどうやってやるんだろうな」
「そこは割り切って、家事代行サービスやシッターさんをフル活用するしかないんじゃない？」
私たちは、互いに両親が都内に住んでいるものの、子育てにおいて実家からの援助は期待できない状況だ。
崇仁の実家は目白にあり、義母は専業主婦なので時間の融通が利く。でも、今は練馬に住む義弟夫婦の手伝いにかかりきりだ。
崇仁によると、初孫がかわいくてかわいくて仕方ない、といった様子らしい。
一方、私の両親は、高輪台に住んでいる。
でも経営者の父は未だに忙しく働いているし、55歳になる母も都内の私立大学の経営学部で教授として勤務しており、まだまだ現役を続けるつもりのようだ。
「家事代行か。まあ今の時代、そうだよな〜…」
崇仁が、どこか寂しそうにつぶやく。
専業主婦家庭で生まれ育った彼が経験してきた“家庭”と、私たちが築いていく現実のそれは、だいぶ違ったものになりそうだ。
「なんだか、子どもを持つことが…だんだん想像できなくなってきたな」
彼が静かにつぶやいた言葉が、暗い部屋でやけに大きく響いた。
2ヶ月後
あれから、崇仁は「子どもが欲しい」と口に出しては言わなくなった。
仕事が忙しくなりすぎて、子どものことなど考える余裕がない様子だ。
平日の帰りは毎日3時を過ぎるし、土日に出勤することも増えた。たまに家にいても書斎にこもりきりで、時々、英語で電話会議する声が聞こえてくる。
「投資家向けの大きなイベントが近いんだ。内容を詰めて、プレゼンの準備をしなければいけないし…。それとは別に、最近、USの本社から、偉い人が毎週のようにくるようになってね」
今年になって日本の航空ゲートが開かれたこともあり、「日本に出張に行きたい」という役員がひっきりなしにやってくるらしい。
通常業務に加えてアテンド対応なども重なり、時間がどれだけあっても足りないのだという。
しかし崇仁は疲弊するでもなく、逆にいつも以上にエネルギーに満ちあふれている。
「やっぱり、仕事は楽しいよね。やればやった分だけ評価されるし。ギリギリの状況の時こそ、うまく運べた時の達成感も大きい」
休日に久しぶりに朝食を一緒に食べた時、嬉しそうにそう言っていた。
彼の対応が出張で来たボードメンバーの目に留まり、US本社でも評判になっているそうなのだ。
― 崇仁、いい波に乗れてるなぁ。私も負けてられない！
ハイスペックな夫を持つメリットは、日々刺激を受けられることだ。
イキイキと仕事について語る彼を見て、私も「もっと仕事で上を目指したい！」という思いが高まった。
妊活について、忘れたわけではもちろんなかったけれど…。
― 崇仁も忙しそうだし、いったん棚に上げていいよね。
自分にそう言い聞かせて、問題に蓋をしてしまったのだ。
『Invitation: Catch-up Meeting』
そんなある日の朝。虎ノ門のオフィスに出社してPCを立ち上げると、午後にオンラインミーティングの招集がかかっていた。
― 愛子さん…？なんだろう、急に。
インビテーションを送ってきた愛子さんは、アジアヘッドクォーターであるシンガポールオフィスで働く40代の女性だ。
リサーチ部門のヘッドを務める彼女は、日本の高校を卒業後に渡星。シンガポール国立大学の大学院を修了後は、一貫してシンガポールで様々な会社を渡り歩き、5年ほど前に今のポジションに就いたそうだ。
― 同じ日本人女性として何かと気にかけてくれているけど…。なんの用事だろう？
愛子さんの部下はいざ知らず、部門トップである愛子さん本人とは、業務で直接やりとりすることはほとんどない。
覚えのない会議招集に、首を傾げる。しかも、インビテーションはプライベート設定になっており、オンラインの予定表上、他の人から内容が表示されないステータスになっていた。
疑問に思いながらも臨んだミーティングは、画面越しに、愛子さんから満面の笑みで出迎えられた。
「真奈美さん、お久しぶりね！ごめんね、いきなりインビ送っちゃって」
「いいえ、全然です。愛子さんと久々にお話しできて嬉しいですし」
「そう言ってもらえてありがたいわぁ」
愛子さんは、イヤホンから音漏れしそうなくらいに大きな声で快活に笑う。
長年シンガポールで働く彼女だが、メイクやファッションは東京都内を闊歩する洗練されたアラフォー女性となんら変わらない。ぴかぴかに手入れされた髪に、真っ白な肌。モニター越しでも伝わってくるその美しさに、つい見とれてしまう。
それでも、本題を待とうと私が話を聞く姿勢に入ると、愛子さんもそれを察したようだ。「こういうことは直接会って話したかったのだけど、なかなか日本に帰るタイミングがなくてね」と前置きして、話し始めた。
「単刀直入に聞くけど、真奈美さん、SGのリサーチ部門で働く気はない？」
「えっ」
シンガポールオフィスのリサーチ部門…つまり、海外赴任を伴う異動だ。急なオファーに驚いたが、同時に「これはチャンスだ」という強い期待が胸に湧き上がる。
「最近、部門内で続けざまに2人辞めちゃったのよね。それで、外から雇うことも考えたのだけど、せっかくだから1人はローカルオフィスからスカウトしてみようかなって思って」
私の会社は、日本オフィスにはリサーチ部門は置かれておらず、セールス・マーケティング機能のみだ。
リサーチ機能はシンガポールが担っているが、そこは統計学やそれに関連する学問を世界の一流大学院まで修めた、アジアのエリートたちが集うところだ。
働きたい人なんて、国内でいくらでも捕まえられる。だから、学部卒でセールスとして働く私に声がかかるなんて、考えたこともなかった。
「お勉強だけしてきた人よりも、実際にセールスを経験してきた人と働きたいと思ったのよ。あなたの人柄は信頼できると思ってるし、仕事ぶりだって、こっちのオフィスでも評判いいから」
「そんな…。そう言っていただけて、嬉しいです」
愛子さんは既に、今回のオファーを私のボスに根回ししているらしい。
セールスからリサーチへの異動はキャリアチェンジになるので、それなりの負荷はかかるはずだ。
でもシンガポールで働くことは、それ以上に魅力的だ。何よりも大きいのは、アジアヘッドクォーターでの人脈をつくれること。社内に限らず、社外での交流も期待できる。
「誘っておいて言うのもヘンかもしれないけど、真奈美さん、結婚されてるわよね。旦那さんと話し合った上での返答を、近いうちにまた聞かせてくれる？」
「わかりました、ありがとうございます！」
元気よく返事をして、通話を切った。
期待と高揚感に、熱い気持ちになるけれど――。
崇仁になんと話せばいいのか。止められたらどうするのか。妊活について、自分はいったいどうしていきたいのか…。
色々な不安もまた、心の中を渦巻いていた。
― 少し外に出て、落ち着こうかな…。
時刻は14時。
愛子さんとのミーティング前に昼食を終えていたけれど、いきなり人生を揺るがす大きな話が出てきたために、すぐに仕事に向き直る気分になれなかった。
オフィスを出て、近くにあるテラスのあるカフェに向かう。
道を歩いていた、その時――。
― あれ…崇仁？
通りの反対側を、崇仁が歩いているのが見えた。私と同じ年齢くらいの、すらりとした背の高い女性と2人で、楽しそうに歩いている。
六本木で働く崇仁が、いくら近いからとはいえ虎ノ門を歩いているのはヘンだ。商談かと思ったが、崇仁も女性も手ぶらで、どう見ても食事かお茶に向かう様子にしか見えない。
― 『最近は忙しすぎて昼食をとる時間もない』って言ってたのに…。
今日たまたまランチの予定があっただけ、なのかもしれないけれど。
日ごろ、多忙な彼に合わせた生活を強いられている身としては、おもしろくない。
それに、濃紺のタイトなスーツをまとう女性と崇仁は、遠目から見てもお似合いに見えて…なんだか、気になってしょうがなかった。
― きっと、同僚か、同業他社の人よね。金融っぽい雰囲気だったし。
自分に言い聞かせるけど、どうにも気持ちがおさまらない。思わずスマホを取り出し、崇仁にLINEを打った。
『さっき、虎ノ門で見かけたよ。こっちに来てたんだね笑』
なにも笑える要素はないのに、反射的に“笑”を付け加えてしまう自分が悲しい。続けざまに、もう1通メッセージを送る。
『仕事の件で大事な話があるの。今日、早く帰れない？』
カフェに立ち寄ってコーヒーを買いながら、しばらく待ってみたけれど、返信はおろか、既読もつかない。
オフィスに戻り、仕事を再開してからも、返事はなく――。
結局、返事が来たのは帰宅した後の22時。
『ごめん、バタバタしてて返せなかった』
その一言を目にして、私は深いため息をついた。
▶前回：東大卒・年収3,000万の夫を持つ女の悩み。妊活中に男がこだわる、意外なポイントとは
▶1話目はこちら：「子どもはまだ？」の質問にうんざり！結婚3年目、32歳妻の憂鬱
▶Next：11月19日 土曜更新予定
最終回。多忙な夫とすれ違う真奈美。夫婦が出した結論は…。
