プロポーズしてくれた彼氏を裏切って、元カレと密会していたら…。愚かな30歳女に下った天罰は
「2人は、幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」
…本当に、そうでしょうか？
今宵、その先を語りましょう。
これは「めでたし、めでたし」から始まる、ほろ苦いラブ・ストーリー。
▶前回：告白をOKしたにもかかわらず「1つだけ条件がある」と言い放った女。その内容は、まさかの…
Episode5：マリッジブルーに揺れる女
「里穂、僕と結婚してくれますか？」
六本木のフレンチレストラン『オーベルジュ・ド・リル トーキョー』で、恋人の将司が108本のバラと小さな箱を差し出してきた。
私の言葉に、彼は優しく微笑んでいる。
30歳を迎えた今日。付き合って1年になる将司に、とうとうプロポーズされたのだ。
彼は私の左手を取り、ハリー・ウィンストンのソリティアリングをはめる。リングは私に触れることなく、第二関節を通過した。
「あれっ？…ごめん、ちょっとサイズ大きかったかな。すぐ直しに行こう」
私のリングサイズは7号。しかし、将司にもらった指輪のサイズは10号だったのだ。
ブカブカの指輪を見つめながら、彼が言う。
「里穂を驚かせたくて。指輪のサイズ、ちゃんと調べてなかったんだ」
「そっ、そうなんだ…」
将司は優しい。…でも、どこか抜けている。だから将来を共にする相手として「本当にこの相手で良かったのだろうか」と思ってしまうこともあるのだ。
そんなとき、先日の女子会で既婚者の友人・美南が言っていた言葉を思い出した。
「結婚には妥協も必要だよ？完璧な人なんて、この世にいないんだから」
たしかに、新卒から一流商社で働く将司の収入は安定しているし、顔だって悪くない。いわゆる“優良物件“なのは間違いないのだ。
◆
「えっ？サイズ直しに4週間、ですか…？」
プロポーズの翌日。サイズをお直しするため、私の薬指から婚約指輪が消えた。
― 4週間かあ。インスタにアップしようと思ってたのにな。
『ご報告』と打ちかけていたInstagramの投稿を一度削除し、将司と住んでいる代々木上原のマンションへ帰ろうとした、そのとき。
「えっ？」
Instagramに、1通のダイレクトメールが届いているのを見つけた。
「久しぶり。元気？」
送り主は、私が過去に結婚を意識した“将司以外の男”だった。
恋と結婚の狭間で
「えー！尚也くんから連絡があったの！？」
次の週末。私は美南と一緒に、六本木ヒルズの『ダルマット』を訪れていた。
「うん。InstagramのDMだけどね。…でも、婚約指輪を修理に出した日にだよ？なんか意識しちゃってさ」
彼女は白ワインを流し込みながら「それ、ヤバいね」と言った。美南は1年ほど前に、大学時代から交際していた彼と結婚したばかりだ。
「マリッジブルーみたいな感じなのかな？美南もこういうこと、あった？」
「あ〜。結婚前に、元カレを思い出したりとかはあったよ。でも私の場合は“結婚と恋愛は別”って、ちゃんと自分の中で割り切ってたかな。それに過去付き合ってた人の中に、結婚向きな男はいなかったしね」
「…そっか」
「里穂、よく考えなよ。あれだけ尚也くんに傷付けられたんだよ？」
その言葉に私は、尚也と付き合っていた2年前のことを思い出していた。
◆
「職場、近いんですか？良かったら一緒に飲みません？」
それは虎ノ門横丁で、最近彼氏にフラれたばかりの同僚と飲んでいたときのことだった。ほろ酔いの私たちに声を掛けてきたのが、尚也とその友人だったのだ。
180cm以上ある長身で弓なりの眉が特徴的な尚也は、韓流スターのような出で立ちで、チェック柄のスーツがよく似合っていた。
そんな彼に、私は一瞬で惹きつけられてしまったのである。
「お仕事、何されてるんですか？」
尚也はIT企業に勤めるサラリーマンだった。最近彼女と別れたらしく、今は仕事が恋人だという。
「里穂ちゃんって、人生についてしっかり考えてるよね。地に足がついてるというか。俺は悩んでばかりだから、すごく尊敬するな」
カッコいいのに、控えめ。そんなギャップにたちまち私は恋してしまったのだ。
さらに出会ってから1週間後。
2人きりで食事した流れで、彼の部屋に泊まった。体の関係から始まった恋だけど、2ヶ月後には晴れて恋人同士になった。
そして半年記念日には、私の右手薬指にぴったりの指輪をプレゼントしてくれたのだ。
しかし、数週間後。
「ねぇ、今日も徹夜なの？」
「…はぁ、うるさいなあ。仕事だからしょうがないだろ」
尚也は自己啓発本を読み漁り、今まで以上に仕事にのめり込むようになった。
週に3回は0時過ぎまで残業し、週2日は異業種交流会に参加。そして土日はゴルフ。
2人で過ごす時間はどんどん減っていった。それでも私は、彼と幸せな家庭を作ることを夢見ていたのだ。尚也のことが好きで好きでたまらなかったから。
しかし、付き合って1年が経ったある日。
「好きな人ができたんだ」
「…えっ？来月、私をご両親に紹介してくれるって言ったじゃない！」
「ごめん。好きな人ができたから、紹介できない」
それは突然だった。彼は私の前から一方的に姿を消したのだ。
◆
「ねぇ、里穂。聞いてる…？」
我に返ると、美南が心配そうな表情で私を覗き込んでいた。
「…あぁ、ごめん。色々と思い出しちゃって」
「里穂、ダメだよ。会ったりしたら。今は将司さんのことだけを考えていればいいの」
◆
その日の夜。私の隣で寝息を立てる将司に小さくキスをすると、InstagramのDMを開いた。
― ごめんね、将司。
尚也から来ていた『里穂に会いたいな』というメッセージに『今週の火曜日はどう？』と返信したのだった。
尚也との約束の日。仕事終わりにそのままの足で、指定された場所へと向かう。待ち合わせ場所はなんと、高級ホテルのラウンジだった。
心臓がドクドクと大きく高鳴る。口紅を直しながら、私は小さく深呼吸をした。
― 尚也に会うのは、今日が最後。1度だけ会ったら、この気持ちはしまわなくちゃ。
そのとき背後から聞き覚えのある柔らかい声がして、私は顔を上げた。
「ごめん、待たせちゃったね」
そこには、優しい笑みを浮かべた尚也が立っていた。私たちが初めて出会った日に着ていた、チェック柄のスーツを身にまとって。
「あ、あぁ…。大丈夫だよ、今来たところ」
心臓が早鐘を鳴らす。冷静を装うために、ブラックコーヒーを無理やり口に運んだ。
「里穂、ずっと会いたかったんだ。LINEしても既読がつかないからさ」
「…別れ方がアレだったからね。忘れたくて、ブロックしてたの」
「そうだったんだ。あのときは本当にごめんね、後悔してる」
そう言って、長いまつ毛にふちどられた美しい瞳でジッと私を見つめてくる。私は思わず、目線をそらしてしまった。
「…なあ里穂。今、幸せ？」
「えっ？」
「いや、なんか少し疲れてる様子だから」
「そうかな。…幸せだよ」
「今の人生に満足してる？里穂みたいな美人は、幸せにならなきゃダメだよ」
尚也は昔からこうなのだ。歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなくサラッと口にする。彼は続いて、こんなことを言った。
「…幸せになろうよ、俺と」
「えっ、どういうこと…？」
思わぬ言葉に、一瞬の沈黙が流れる。尚也はジッとこちらを見つめながら、私の左手を握ってきた。…そこにあるはずだった婚約指輪は、今はない。
私の気持ちを察したかのように、彼は言葉を続ける。
「…紹介したい人がいるんだ」
その言葉に1年前、彼が「両親に紹介する」と言っておきながら、直後に別れを告げてきた日のことが一気にフラッシュバックした。
― もし今、尚也とやり直せるなら…。
「1年前は、ご両親に紹介してくれなかったのに」
「いや、両親じゃなくて…。でも、家族みたいなものかな。俺の師匠なんだ。夢を実現する方法をその人から学んでる」
そう言って彼は目を輝かせながら、その場に“あるもの”を広げ始めた。…私はドキドキしながらテーブルを覗き込んで、ゾッとする。
それは、ネットワークビジネスのパンフレットだった。
私は目の前の光景が一瞬で色褪せていくのを感じながら、1秒でも早く将司の元へ帰るにはどうしたらいいだろうかと考えあぐねていた。
▶前回：告白をOKしたにもかかわらず「1つだけ条件がある」と言い放った女。その内容は、まさかの…
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