※この記事は2021年04月30日にBLOGOSで公開されたものです

「有田焼」で有名な佐賀県・有田町

九州の西側に位置する佐賀県。この土地の特産品をすぐに思い浮かべることはできるだろうか。

筆者は佐賀県から上京して10年以上経つが、「佐賀県には何もない」、「福岡と長崎は修学旅行で行ったけど佐賀県だけ通り過ぎた」などと言われることは日常茶飯事で、九州県内のなかでも良く言えば控えめ、悪く言えば地味な県だ。

だが、佐賀県のことを知らなくても「有田焼」という名前は聞いたことがある、という人は多い。

佐賀県西松浦郡有田町は、日本の伝統工芸品の1つである有田焼の産地として知られる“焼き物の町”。17世紀初頭に朝鮮出身の陶工・李参平がこの地で陶石を発見し、日本初の白磁を焼いたことが有田焼の始まりとされている。

およそ400年の歴史があり、古くは幕府や朝廷のための献上品として選ばれ、現在でも高級調度品としての側面をもつ有田焼は敷居が高く、非日常的なものだと思われがちだ。
しかし、そんなイメージを覆す作品がある。

配送用ダンボールなどに貼られる「われもの注意」のラベルを器自体に焼きつけた、ビビッドな朱色が目をひくこの作品を手掛けるのは、井上祐希さん(33)。人間国宝である井上萬二氏の孫にあたり、現在は井上萬二窯で作陶に励んでいる。

昨年から続く新型コロナウイルスの影響は有田町にも及んでいる。今回、若手作家として地元で活動し、SNSでも有田焼の魅力を発信している井上さんにコロナ禍と有田町について、そして有田焼のこれからについて語ってもらった。

新型コロナウイルスの影響で有田陶器市が中止に

有田町では、毎年ゴールデンウィークの時期に「有田陶器市」が開催されている。 1896年から始まった歴史あるイベントで、地元の陶磁器店が通常よりも安い価格で焼き物を販売したり、この陶器市でしか手に入らない限定品を販売したりするなどし、毎年およそ120万人が県内外から訪れる一大イベントだ。

しかし、2020年は新型コロナウイルスの影響を受けて開催中止に。第二次世界大戦の戦中・戦後の混乱期を除き、有田陶器市が延期や中止となるのは初めての事態だ。

そんななか、有田町は「おうちで楽しむ有田陶器市」とする、コロナ禍ならではのオンラインイベントの開催を決定。買い手は『Web有田陶器市』というサイトから各窯元のショップにアクセスして目玉商品を購入することができ、自分の家にいながらにして陶器市を楽しめる。

昨年のWeb有田陶器市について、井上さんは次のように振り返る。

「去年は自分のiPhoneで作品を撮影して、オンラインショップの準備をしていました。それで、ずっとパソコンの前で作業していたら、祖父に『はよう仕事せんか』って言われて(笑)。祖父はデジタルとかテクノロジーに弱いから、僕が仕事をしているとは思わなかったのでしょう」

ネットリテラシーの差により窯元の反応も様々

実は、Web有田陶器市にはすべての窯元が参加しているわけではない。
町内には高齢の作家も多く、ネットに詳しくなければまずパソコンの操作方法を学ぶところから始めなければいけない。その時点でWeb陶器市への出店を諦めてしまう窯元も少なくないようだ。

もちろんWeb有田陶器市にはメリットもある。普段、現地に来ることができないような遠方に住む人や、現地を訪れる時間がとれない人がいつでもアクセスできる。

「お客さんの幅が広がったし、いままでリーチできていなかった層にも知ってもらえるきっかけになりました」と井上さんは話す。ほかにも、有田陶器市の人混みが嫌でなかなか来られなかった、という人から「オンラインではゆっくり作品をみて買うことができた」という嬉しい反応もあったそうだ。

2年ぶりの開催発表から一転し、2021年も中止に

その一方で、「実際に食器を手にとってみたい」、「陶器市を散策しながら宝探しの感覚で食器に出会うのが醍醐味」という声が多いのも実情だ。

今年3月、有田町では2年ぶりとなる有田陶器市の開催が発表されたが、全国的な新型コロナウイルスの感染拡大などから、一転して4月13日に中止が決定した。

「陶器市に向けて準備している最中に中止が決まってしまって、仕方ないと言えば仕方ないのですが…。ただ、当初開催が決まったときも、窯元の反応はそれぞれでした。『感染が怖いからうちはやりたくない』というところもあって。人が県内外から入ってきますから、そういう意見も当然あります。だけど、やっぱり陶器市を止めたくないし、稼ぎ時でもありますから。正直、中止になるのはきついですね」

有田陶器市に限らず、コロナによって活動が制限されることの影響は大きい。展示会などで、作家本人が在廊するかどうかも売り上げに関係してくるというが、コロナが収束しない状況ではそうした活動も困難になっている。

「コロナの影響は大きく、なかなか厳しいです」

コロナ禍での苦しさともどかしさを滲ませる井上さん。おそらく有田町の窯元の多くが同じことを考えていることだろう。

ただ、そういった状況のなかでも井上さんは日々精力的に活動し、表現の幅を広げている。

有田焼×ファッションブランドとのコラボレーション

昨年12月、ニューバランス福岡のオープン1周年を記念して行われた店内エキシビションで、井上さんは有田焼のスニーカーを発表。

ニューバランスから依頼を受けた当初は、「焼き物でニューバランスなんて作れない」と少し弱気だったというが、スニーカー好きとして、ブランドの求める要望に応えたいという思いから、挑戦を決めたという。

「依頼はInstagramのダイレクトメッセージで来ることが多いですね。ファッションブランド『YOKE』とのコラボレーションもそうでした。“ファッションが好きな陶芸家”ということで人を探していたらしいのです」

大学進学で上京した井上さんは卒業後、アパレル企業に入社。ファッション業界に身を置いていた時期もあるため、当時のコネクションが現在のコラボレーションに繋がっているのかと思いきや、必ずしもそういうわけではないという。

最初にコラボレーションしたファッションブランドは『PHINGERIN』。同ブランドのデザイナーから直々に依頼があり、ブランド別注カラーのティーカップを作ることになった。

井上さんは、「身に着ける有田焼」をコンセプトとしたアクセサリーライン『CHAKKA DADDY's WARE』の監修も務めている。ピアスやリングのほかに、スニーカー好きな井上さんらしいシューレースプレートなど、従来の有田焼のイメージとは一線を画すアイテムを多数展開しているのだ。


「ほどよく有田焼の敷居を下げたい」

こうした井上さんの活動について、祖父である井上萬二氏はどうみているのだろうか。

「最初は祖父も父も、『祐希はおもちゃばかり作っている』という反応でした。でも、アクセサリーラインは周囲からの反応も良く、売れ始めて。そうやって成果を出していくうちに何も言ってこなくなりました」

井上さんが有田焼に対してこうしたアプローチをする狙いは、「ほどよく有田焼の敷居を下げて、有田焼を身近なものに感じてもらうため」だという。

「自分はそれが役割だと思っています。やはり一般的に有田焼の敷居は高いようで、友だちでさえ、窯や展示場に入りづらいとか、せっかく遊びに来ても怖気づいて帰ってしまうことがあります。百貨店での展示会に誘っても、『何を着ていけばいいの?』と聞かれます(笑)」

そういった経験から、井上さんは有田焼でアクセサリーを作ったり、展示会を形式ばった場所ではなくカフェで行ったりするなど、“取っつきやすい”雰囲気や空間作りを心掛けるようになった。

「有田焼だから、焼き物だから」に囚われず、ニュートラルに

そんな井上さんだが、祖父である井上萬二氏が認定された「人間国宝」については、「小さい頃からプレッシャーはありますけど、絶対に認定されたい、という気持ちはないですね」と話す。

人間国宝認定までの道のりは困難だ。工芸のコンペのなかには、様々な派閥や作品のスタイルがあるという。萬二氏は1968年の伝統工芸展で初入選を果たし、その後複数回にわたって賞を受賞。最初の入選から27年後の1995年に人間国宝として認定された。

「実際のところ、上が詰まっているのです。素晴らしい作品を作る重鎮の人たちがたくさんいるから、全然太刀打ちできなくて。入選できたらラッキー、という状況です。それに、入選しても名誉ではあるけど、生活が潤うとか、仕事がたくさん来るとか、そういった実感はないですね」と井上さんは苦笑いで話す。

なにより、伝統工芸展で入選するためには、その傾向にあった作品を作らなければいけないということが、井上さんにとってネックとなっている。

井上さんの作品の根底にあるのはストリートカルチャー精神への憧れだ。代表作は白磁の器にドリッピングを用いた模様が施された作品。ドリッピングとは、アメリカの美術家である、ポール・ジャクソン・ポロックが発案した手法だ。器自体は使いやすさを意識して良いかたちに、模様は滴の自然な表情、偶然性を表現している。

伝統的な有田焼とストリートカルチャーの反骨精神が織りなす井上さんの作品だが、前述したコンペではそういった“自分らしさ”が表現できないことに抵抗があるという。

それよりも井上さんがいま目標とするのは、自分のスタイルを確立すること。そして、依頼を受けた相手に丁寧に応えること。

「色んな窯元や作家がいるなかで、自分を選んでくれたのだから、感謝して応えたいという思いがあります。
それから、最近は物事に囚われないようにしています。井上萬二の孫だからどうだとか、井上萬二窯だから、有田焼だから、焼き物だから…とか。もっとニュートラルにいきたいです」




【井上 祐希】
Instagram: https://www.instagram.com/mr_inque_yuki/

【陶芸 井上萬二窯】
〒844-0028
佐賀県西松浦郡有田町南山丁307
WEB: http://manjiinoue.com/
ONLINE SHOP: https://manjikiln.theshop.jp/
TEL:0955-42-4438
FAX:0955-42-6283
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