※この記事は2020年04月24日にBLOGOSで公開されたものです

28年目のシーズンを迎えるJリーグが、その歴史の中でも最大級の危機を迎えている。理由は言うまでもなく新型コロナウイルス感染症 (covid-19)の感染拡大だ。J1とJ2の中断は既に2ヶ月となり、再開も不透明な状況にある。

Jリーグはまず2月25日、3月15日までの公式戦中止を決定。再開時期はそこから計3度にわたって繰り下げられている。4月3日の発表では再開時期の明示が取り止められ、「白紙」という表現になった。4月下旬の時点で天皇杯、AFCチャンピオンズリーグや大学、育成年代の公式戦もストップしている(編集部注:天皇杯は、出場チームを50チームに絞った7回戦のノックアウト方式で開催することが23日に発表)。

3月17日には田嶋幸三・日本サッカー協会会長、3月30日には酒井高徳選手(ヴィッセル神戸)の感染も発表された。幸い二人は既に回復しているが、このウイルスはサッカーファミリーの健康を脅かす災厄だ。

Jクラブが直面する資金繰りの危機

当然ながらビジネス面へのネガティブインパクトも大きい。J1コンサドーレ札幌の野々村芳和社長は3月の時点で、新型コロナの影響によるクラブの損失見込みを約5億円と言明していた。J2アルビレックス新潟の是永大輔社長は4月17日、地元テレビ局の取材に対して「9、10月にキャッシュが無くなる」とコメントしている。いずれも決して誇張でなく、相応にリアルな分析だ。

Jクラブにとって、収入の二本柱はスポンサー料と入場料だ。2018年度のクラブ経営情報開示を見る限り、J1なら営業収益の平均45%、J2は平均53%がスポンサー料収入だ。年間契約が原則で、一括で入金される例が多い。

新規スポンサーの獲得には支障が出ており、試合の冠スポンサーも止まるため、影響が皆無というわけではない。ただし今季に限れば、この部分の減少幅は限定的だろう。

最大の問題はチケット売上の減少だ。J1ならば平均17%、J2は11%が入場料収入だが、札幌と新潟はいずれも20%を超えている。いわゆる親会社の支えがない市民クラブほど、入場料収入の比率は高い。またどこかのタイミングでリーグ戦再開が可能になったとしても、来客数が昨季までと同水準にすぐ戻ることは難しいだろう。

他に活動休止の影響が大きな費目として、グッズ販売とアカデミー事業が挙げられる。一方で試合の開催費、遠征費、選手の付加給(インセンティブ)など減る出費もある。公式戦が何試合減るかは未確定だが、経営者ならばそこのリスクは慎重に見込む必要がある。そのような要素を勘案すれば、2018年度の売上収益が30億円弱だった規模の札幌に、年間5億円程度の損失が出るという分析は極めてリアルだ。

新潟の是永社長が言及しているのは収支でなく「資金繰り」で、Jクラブが収支の悪化より先に直面する課題だ。プロサッカーは利益率の高いビジネスではなく、各クラブの内部留保も手厚いとは言い難い。

Jリーグ理事会で決定された「新型コロナ特例」

2020年度の決算では、多くのクラブが赤字を計上するだろう。内部留保の取り崩し、借り入れによる対応が必要となり、債務超過に陥るクラブもおそらく出る。そのような状況を受けて、Jリーグは4月15日の理事会で踏み込んだ決定を行った。

まずクラブライセンスの交付・取り消しに関する「新型コロナ特例」が設けられた。各クラブがライセンスの基準を満たさない状況になっても、新型コロナウイルスによる影響が大きいと認められた場合、取り消しや制裁の対象にならない。また今期の赤字は2022年度以降のライセンス交付決定における「3期連続赤字」のカウントに含まれない運用となった。

入場料収入を中心とした日銭が途絶えると、支払いが回らなくなるリスクが生まれる。一方で借り入れができれば資金繰りは回り、債務超過でも経営破綻は起きない。もちろん借り入れ過多の経営は永続性に乏しいが、緊急事態は平時の手法で乗り越えられない。

Jリーグはライセンス制度の緩和に加えて、時限的な制度融資も用意した。1クラブあたりの上限はJ1が3億5000万円、J2が1億5000万円、J3が3000万円。担保は不要で、返済期限は2023年12月末だ。従前のリーグ戦安定開催融資で、融資を受けたクラブに課せられていた「勝点10 点減」のペナルティも一時的に撤廃される。

Jリーグはサポーターも含めて、クラブ存続へのこだわりが強い。1990年代後半にはバブル崩壊、人気低下の影響で複数のクラブが存続の危機に立たされた。1998年には「横浜フリューゲルスの悲劇」が起こり、横浜マリノス(当時)との合併が行われている。ただしそれが警鐘となり、その後は新法人への営業権譲渡や経営規模の縮小といった形が採られている。

2000年代に入っても複数のクラブで存続を危ぶまれる状況はあった。しかしJリーグはクラブと向き合い、スタッフ派遣などの協力を行って立て直しに成功している。大変な苦労と、泥臭いプロセスはあったに違いないが、土俵際の強さはしっかり見せてきた。

情報公開の姿勢も称賛に値する。Jリーグはビデオ会議システム「Zoom」を活用した記者会見をこまめに行い、Webメディアやフリーランスの記者に対しても出席や質問が許されている。村井満チェアマンは丁寧で分かりやすい背景説明を行い、会見での発言、質疑応答の要旨は速やかに公式サイトへアップされる。

実は「サッカーメディアがJリーグに甘い」という批判も耳にしている。ただそれはコミュニケーションが成功し、疑心暗鬼を抑えられているからだろう。

サッカー界に広がる「Stay home」の動き

サッカーファミリーの動きも心強い。感染の急拡大を防ぐための大切なアクションは、何より「Stay home」だ。4月14日の時点でJリーグの全クラブが、トップチームの活動を休止している。しかしそんな中でも協会、リーグ、クラブがWebを活用して様々なチャレンジを始めている。

動きが早かったのは海外組の選手たちだ。3月末から香川真司、吉田麻也といった選手たちがTwitterやブログを通して警戒を呼びかけるメッセージを送っていた。

Jリーグは公式YouTubeチャンネルで、原博実副会長が一般ファン向けの発信を小まめに続けている。日本サッカー協会も「コロナウイルスと戦う全ての人々へ感謝と応援メッセージ」「育成年代向けコンディショニングプログラム」などの動画を公開し、過去の代表戦の配信も進めている。

浦和レッズはZoomを活用し、パソコンの画面越しに活動休止期間も選手が取材に応じている。3月1日にこの手法で対応し始めたときは異色の試みという取り上げ方をされたが、今やサッカー界の定番だ。

J2では水戸ホーリーホックが緊急オンライン座談会を行い、好評だったと聞いている。ツエーゲン金沢はヴァンフォーレ甲府、新潟とクラブの垣根を越えて「グッズ担当の女たち」によるトークイベントを行い、公式YouTubeチャンネルにアップした。FC町田ゼルビアは「おうちで #ゼル塾」と称してサッカーと絡めた勉強用コンテンツを配信している。

もちろん新型コロナの影響で、クラブの財務が傷つくことは明らかだ。選手たちが試合で果たせる以上の貢献をWebでやれるわけではない。それでも今この状況下で何ができるかを考え、議論し、行動するプロセスにはきっと価値がある。非常時は当事者の「ぎりぎり」を引き出し、乗り切った人間をきっと逞しくする。

失ったものを取り戻す、次のチャレンジを軽んじるつもりはない。しかし今はまず「目の前の戦い」に全力を尽くすべきで、それがきっと「チーム」の底上げになる。

不要不急の行動を止め、感染の抑止に貢献する。家にいながら楽しめる娯楽、できるトレーニングを提示する。そしてクラブを存続させる環境を用意する。それはサッカーファミリーがこの災厄と戦うためのシンプルな「戦術」だ。Jリーグはこの難敵に対して、悪くない戦いを見せている。

大島和人
1976年11月生まれ。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの「球技」を追い、選手や試合はもちろんクラブ経営、育成システム、ガバナンスにも関心を持っている。
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