「百貨店のない県」増加のスピードを早めそうな新型コロナ感染 生き残り策はあるか - 南充浩
※この記事は2020年04月16日にBLOGOSで公開されたものです
「百貨店のない県」第1号は山形県
新型コロナウイルスの流行によって、国内の商業施設すべてが突然に苦戦を余儀なくされ始めましたが、百貨店は一層の窮地に立たされたといえます。
もちろん、新型コロナウイルスが終息すれば、売上高もある程度は回復するでしょうが、百貨店、特に都心旗艦店は売上高のインバウンド比率が高いため、商業施設の中でも最もダメージが大きいと考えられます。そのため、新型コロナウイルスという予期せぬアクシデントによって、百貨店の凋落はさらに早まりそうです。
百貨店の凋落によって、百貨店がなくなる県は急速に増える可能性があります。「百貨店のない県」という事案の発端は、そごう西武が発表した2020年8月末での徳島そごうの撤退でした。2020年8月末で徳島そごうが閉店してしまうと、徳島県内に百貨店がなくなってしまうことになるからです。
発表は2019年秋だったため、タイムリミットまでは1年近くあることになり、恐らくは何らかの手立てが講じられるのではないかと思われましたが、2020年1月末に山形県の大沼デパートが破産してそのまま閉店。山形県が「百貨店のない県第1号」になってしまいました。
新型コロナウイルスの流行がなかったとしても、今後、百貨店の地方店や地方百貨店は徐々に減っていくだろうと考えられていましたが、今回の新型コロナウイルスの流行での売り上げ不振によってそのスピードは加速したといえます。
百貨店の”共食い”も…地方の独資百貨店が凋落した理由
BLOGOSの読者のみなさんは、衣料品業界・流通業界に携わっておられない方が多いと思われますので、簡単に百貨店の店舗網について書いておきたいと思います。
地方百貨店には2種類あり、三越伊勢丹や高島屋などの大手による地方店や地方支店と、各地方企業による独資百貨店があります。そごう徳島店はいうまでもなく、そごう西武という大手百貨店の地方支店です。
一方の大沼は、山形県にあった独資百貨店です。中国地方の天満屋や姫路のヤマトヤシキは独資百貨店ですし、三越伊勢丹傘下になる前の岩田屋・丸井今井などは地方の独資百貨店でした。日本の百貨店の店舗網というのはこの2つの柱で支えられてきました。
バブル崩壊以降、百貨店という業態そのものが苦戦に転じ総売上高は縮小し続けてきたのですが、中でも凋落が激しかったのが地方支店・地方独資百貨店でした。
理由はいくつかあります。
1、 地方には大型の郊外ショッピングセンターができた
2、 地方店は小型店舗が多いため品ぞろえやブランドラインナップで見劣りした
3、 地方は自動車生活が主流なので、駐車場の広いショッピングセンターやアウトレットモールに客が流れた
4、 都心にある旗艦百貨店が大型化しブランドの集積を強めた
5、 交通網・道路網の発達によって、地方から都心や大都心への流出客が増えた
という5点が大きいと考えられます。前の3つの前提としてはデフレによる所得の伸び悩みがあることは言うまでもありませんが、残り2つは百貨店内の共食いだといえます。
例えば、そごう徳島の凋落の原因の一つとしては、四国と関西が瀬戸大橋と明石海峡大橋でつながったことが大きく、神戸市や大阪市へ買い物客が流出したという背景もあります。
山形市も高速道路でつながった結果、仙台市に随分と客を取られているといわれています。山形の大沼の破綻にはこれもボディーブローのようにダメージが蓄積されていたのかもしれません。
そして東京、大阪、名古屋の都心百貨店は改装するたびにどんどんと巨大化しており、ブランドラインナップが増えていますから、地方の小店舗でちまちまと服を選ぶよりも、都心の大型店に足を運んで数あるブランドの中から服を選びたいという消費者が増えることに何の不思議もありません。
そんなわけで低価格層はショッピングセンターに取られ、高価格帯は都心大型百貨店に取られたため、地方店の多くはジリ貧状態となりました。
すでに2016年夏の時点で、三越伊勢丹の当時の社長だった大西洋氏は「小規模な地方百貨店はこれからどんどん姿を消す。これまでも苦戦傾向だったが、地方独資百貨店の経営者やオーナーは地元の名士であることが多く、彼らの資産を切り崩せば支えることが可能だったがそれもそろそろ限界に近付いている」と話していましたが、ついにそれが現実化したということになります。
県内に百貨店がなくなるという事態を受けて、業界紙や経済メディアは「地方百貨店の灯を絶やすな」という論調ですし、徳島を始めとする各地方自治体も存続支援や後継施設の誘致に乗り出していますが、個人的には効果がないのではないかと見ています。
なぜなら、小店舗と大型都心旗艦店では勝負になりませんし、大型ショッピングセンターとも勝負にはなりません。無策のままで存続させたり、後継施設を誘致したりしても同じ結果になることは目に見えています。大幅増床させるとか、思い切ったブランドラインナップを揃えるとか、そういう非常手段を講じる必要があります。
しかし、今の自治体や百貨店トップの力量ではそういう非常手段を講じることはほとんど不可能だと個人的には見ています。
ステイタス性を生かした「外商サロン化」という生き残り策
地方百貨手の閉店のたびに、「地方の老年富裕層の買い物先がなくなる」とか「地方百貨店では老年富裕層のための外商部が強かった」という報道がなされます。これは確かに事実でしょう。
この10年間、百貨店で買い物などしたことがない私自身でも、老年の目上の人に何かをお送りする事態が生じたとしたら、例え同じ「キリン一番搾り」のビールの詰め合わせを送るにしたって、イオンやイトーヨーカドーの食品売り場から送るようなことはしません。やっぱり百貨店で買って送るようにします。商品はまったく同じであるにもかかわらずです。
イオンの一番搾りは不味くて、大丸の一番搾りは美味いなんてことはありません。コンビニで買おうが酒屋で買おうが高島屋で買おうが一番搾りは同じです。それでも格式ばった贈り物をする場合は、百貨店で買おうとします。凋落してしまったとはいえ、百貨店というのはいまだそれほどのステイタス性があるということです。
ならばそのステイタス性を生かせばどうでしょうか。地方の小型百貨店の跡地に小型の商業施設を誘致してみても結果はほとんど見えています。よほど斬新な施設にすれば別ですが、現在の日本にそれができる優れたプランナーは皆無ではありませんがほとんど見当たりません。
では、そういう贈答品にターゲットを絞った「外商サロン化」すればよいのではないでしょうか。これなら、広いフロア面積も必要ありません。今の建物の1フロアもあれば十分でしょう。売り場面積が狭いということは従業員数も減らせるということで人件費も削減できます。空いたフロアはオフィスなどとして貸し出せば家賃収入も見込めます。
地方は大型ショッピングセンター、都心には大型旗艦百貨店があり、それらが今後大崩れしにくいことを考えれば、地方百貨店の小さい面積でそれらに品ぞろえやブランドラインナップで対抗することは、運営者や経営者が変わったところで至難の業です。となれば、ステイタス性の高さを生かして、地方富裕層向けの外商サロン化すれば、まだ生き残りが可能なのではないかと思います。
もし、その外商サロンさえ必要とされないようになるのなら、それは地方百貨店という物が必要とされない時代になったということでしかありません。これまでも、百貨店に限らず時代にそぐわない物は姿を消してきましたから、今度はそれが地方百貨店になったということで、諦めるべきでしょう。永遠に存続し続けられる物なんてこの世には何一つとしてありませんから。