※この記事は2020年04月10日にBLOGOSで公開されたものです

全国で新型コロナウイルスの感染が拡大した2~3月、沖縄県八重山地区の3島(石垣島、竹富島、与那国島)は、東京や大阪などの都市部からやって来た若者たちや家族連れでごった返していた。石垣市の中山義隆市長が4月6日、3島の総意として「観光客は来島を控えて」と自粛を要請したことからも、その深刻さがうかがえる。市長は「南の島は安全」といった根拠のない情報がSNSで拡散されたことが原因と説明した。

島は医療体制が脆弱ということもあり、「コロナ避難」客への異例の呼び掛けとなったわけだが、それにしても、その情報はどんな経緯で生まれたのだろうか。

沖縄県内でコロナ感染者が出なかった「空白の40日」

「#南の島」「#コロナ避難」などのハッシュタグが、Twitterなどで使われるようになったのは2月の前半からと見られている。ちょうど大学が春休みに入った直後のことだ。

2月前半。沖縄県全体で発症した感染者はまだ3名だった。

1人目はクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が2月1日に那覇港に停泊した際、島内を観光する乗客を乗せたタクシー運転手の女性(60代)。次に市中感染の疑いとも言われた本島・豊見城市在住の男性(80代)。そして、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客を乗せたタクシー運転手の男性(60代)が2月11日に発症している(沖縄県保健医療部の発表)。

4人目の感染者はその1ヶ月余り後に判明した。ベルギーから帰国した男性(20代)で、発症したのは3月18日のこと。ちなみに、その3日後の21日には、スペインから帰国し成田空港での検疫で検査を受け、結果が出るまでの待機要請を無視してそのまま家族とともに沖縄へ帰島した10代女性の感染が確定されている。この10代女性の例は確認したのが成田空港検疫所だったため、県内の感染者数には含まれていない。

3人目のタクシー運転手の男性(2月11日発症)から、4人目となるベルギー帰りの男性(3月18日発症) まで、感染者の出なかった空白の40日が、本土から沖縄の離島へコロナ避難客が押し寄せたきっかけになったのではないかーー。 筆者はそう考える。

現在と変わらず当時も全国ニュースでは、新型コロナに関する情報が集中豪雨的に流れていた。例えば、横浜港で検疫中のダイヤモンド・プリンセス号に乗っていた感染者が次々と死亡するなど悲しいニュースは記憶に新しい。

そんななか、「南の島では感染者がゼロ」という情報がインターネット上で駆け巡った。東京など都市部と沖縄の間をはじめとして、いろいろな意味での温度差を察知した若者たちが離島を目指すのは、不謹慎とは言え自然の流れだったのではないか。あるいは、離島ではPCR検査が受けられないことを知らなかったか…。

                    

閑古鳥の那覇とコロナバブルの離島 まったく対照的だった

実は、2月24日から27日まで出張で那覇に滞在していた。ちょうど安倍首相が全国の学校を一斉休校にすると発表した週だった。

1月末に中国政府が海外への団体旅行禁止を決めた影響で、那覇で出会うインバウンド客はほぼ皆無。いつもならクルーズ船を降りて買い物する人たちで埋め尽くされる国際通りも、閑古鳥が鳴く静けさだ。 宿泊した国際通りのホテルには、清掃スタッフが館内を徹底消毒する姿があり、フロントではスタッフ全員がウイルス・ブロックのカードを首から下げて接客している。宿泊客の多くはマスクをして出かけていた。

市内のドラッグストアや、100円ショップでは、マスクや消毒液の棚に、「完売です」との紙札が下がっていた。牧志公設市場(改装中につき現在は仮設舎)を覗くと、当然ながら中国からの個人客は数えるほど。

魚介類を持ち込んでイートインできる2階の食堂もガラーン。前回行った12月に比べると、足を踏み入れる気にもならないほど閑散としていた。

客足もまばらだった那覇市の中心街・国際通り=2月26日、小林ゆうこ撮影

一方、石垣島では、同じ2月末にマスクを着用する人は、あまりいなかったという。石垣市内の飲食店に勤務する女性(33歳)は、電話でこう語った。

「まだ新型コロナへの危機感は全然なくて、街は普段通りに賑わっていましたよ。もともと島ではマスクをする習慣がないし、市から着用のアナウンスもありませんでした。アルコール消毒液を置くお店や施設もなかったと思います」

3月に入ってしばらくすると、「コロナバブル」というトレンドワードが生まれるほど島は活況を呈した。

折しも3月初旬、那覇市で開催された「沖縄観光リカバリープロジェクト委員会」(仮称。沖縄観光コンベンションビューロー主催、県内航空会社、旅行会社、宿泊関連の8団体で構成)からは、新型コロナ感染拡大が沖縄観光に及ぼす影響についての短期予想が発表された。それによると、「対前年比で県内消費額はマイナス1000億円、入域数はマイナス150万人となる見込み」とのことだ。

苦境に立つ観光立県・沖縄にあって、少なくとも3月期、前年度同期の入島観光客数を上回ったという石垣島は群を抜いていた。

「離島に来ないで!」 〝島嫁〟が発した切なるメッセージ

3月末になって、「お願いだから石垣島に来ないで。旅行は自粛してもらいたい理由」と題したブログが、「石垣島ラボ」というサイトで公開された。

記事を書いた管理人の〝島嫁〟さん(30代)は冒頭、次のように訴えた。

新型コロナウィルスが世界中で猛威を奮う最中、海外旅行に行けなくなった人たちが石垣島に押し寄せています。
外出自粛モードのいま、石垣島はコロナバブルと言われているくらいホテルは満室、街中にはレンタカーばかりが走り、居酒屋も満卓、離島も人で溢れかえっています。例年のこの時期に比べても異常な人の多さです。

これがどの様な結果を招くか。
少し考えれば分かることだと思うのですが、目に見えない脅威に関して危機管理能力がない方が殆どなのではないでしょうか。
沖縄県や市も観光収入のダメージがこれ以上ないようにと必死で県外からの人の流入を止めることもしていません。

このままだと石垣島や宮古島のような離島は地獄と化すでしょう。

〝島嫁〟さんの言う「旅行を自粛してもらいたい理由」には3点あった。

まず2点は医療体制について。「石垣島には県立病院がひとつしかなく、コロナ感染者用ベッドは人口5万人に対して3床」「石垣島が感染者ゼロなのは、島内でPCR検査機関がないから」。そして3点目が、「石垣島には3密空間が多いから」。

観光客がよく訪れる市内の量販店には、島民も訪れる。また、竹富島など、石垣島と離島とを行き来する船には、買い物に行く乳幼児連れの母親や通院する高齢者も乗船していると指摘した。そして、記事を次のように締めくくっていた。

数週間後、体調を崩し亡くなる方が増えると思っていますが、PCR検査が島で出来ない事から原因は新型コロナウィルスではなく処理される事もあるのかなとも思っています。

観光振興か感染拡大防止か 分かれた島民の思い

石垣市長は、4月6日以前にも記者会見を行なっている。最初に「自粛要請」をしたのはその一週間前の3月31日。偶然にもその日は、〝島嫁〟さんがくだんの記事を公開した日だったが、一島民の切なる訴えのほうにインパクトがあったのか、全国メディアにも取り上げられ話題となった。

〝島嫁〟さんにメールで質問すると、次のように答えた。

「ブログは諸外国の状況を見て、また島民のあまりの危機感のなさに驚愕して、過激目なタイトルを付けて石垣島の現状を引き合いに出し、島民や観光客に警鐘を鳴らしたまでですが、こちらの真意が伝わらなかったのか、観光業の方たちからは、それは島民の総意なのか? などと非難轟々の声が上がったと聞きました。でも、ブログを見て独自にツイートしてくださった皆さんのお陰で、メディアにも取り上げられ、県や島民や行政もやっと危機感を持って動き始めたな…と思いました」

非難轟々とは穏やかではないが、島内でブログに対する賛否両論が渦巻いた様子について、前出の飲食店勤務の女性はこう話す。

「島では観光業で生計を立てている方も多く、コロナウイルス感染が長引くかもしれないといった不安や、ブログタイトルのせいで客足が途絶え収入がなくなっては困るといったコメントを、SNSで目にしました。

あのブログのメッセージは、みんなが危機感を持って責任ある行動をとろうということだったと、私は受け止めましたけど、反対する人たちの言い分は、来ないで! なんて言って収束後にお客さんが戻って来なかったらどうするんだ、と。でも、その前にコロナ感染者が出たらどうするのっていうのが、若い島民たちの意見なんです」

デニー県知事 「沖縄県民の命と健康を守ることが最優先だ」

4月の新学期前というタイミングでのブログ発信、また何より石垣市長の要請会見が功を奏してか、ここ1週間は若者たちや家族連れのコロナ避難組がグッと減り、島内も静けさを取り戻してきているようだ。

同じ時期、竹富島では、港にあるショップに、「竹富島に観光で訪れた皆様へ」「せめてマスクを着用してください」と書いたPOPを掲示した。竹富島に住む多くの高齢者への新型コロナ感染拡大を恐れてのことだ。

担当した市瀬健治さん(竹富島未来づくり実行委員会)は制作した意図をこう話している。

「4月に入り、石垣島からの船もそれまでの1日16便から4便に減便され、観光客はかなり少なくなりました。でもやっぱりまだ、マスクを着用していない方はいます。おじぃ・おばぁが多いので感染しては困るということがまずありますし、島にひとつの診療所に医師は1名しかいませんから、コロナの疑いのある観光客と接触して何かあれば島の医療はすぐに崩壊してしまいます。感染拡大が収まったとき、島民がひとりも欠けることなく、竹富島らしい風景のなかで皆さんをお迎えできるよう、どうかご協力をお願いしたいという思いであれを作りました」

また、与那国島で人気のダイバー民宿・よしまる荘では、4月5日から28日までの休業を3月末から決めていたが、その理由も宿泊客や島民への拡散防止を願ってのことだった。

「東京での感染拡大状況を見て、営業自粛を早めに判断しました。当店には、スキューバダイビングを目的として、国内外から多くのゲストが来店されますから、ゲストからゲストへ、ゲストから従業員へ、従業員から島民へと、爆発的に増えてしまう可能性があります。いまは多くの人に与那国島の海を案内できる日を信じて、できることを粘り強くできたらいいと考えています。全世界のすべての人が1日も早く、安心して生活できる日が来るといいですよね」 (与那国ダイビングサービス・代表の和泉さん)

8日午前、玉城デニー沖縄県知事は記者会見の席上、次のような言葉で「沖縄県への来県自粛」を要請した。

「観光をリーディング産業とする沖縄県において、渡航自粛要請が本県に及ぼす影響は決して小さいものではないが、何よりも沖縄県民の命と健康を守ることが最優先だ」

「命どぅ宝」。コロナ禍が収束したとき、そのウチナンチューの伝統こそは、観光立県・沖縄の懐かしくて新しいリソースになっていることを願わずにはいられない。