【赤木智弘の眼光紙背】子供に危害を加えるのは悪意だけではない - 赤木智弘
※この記事は2010年07月22日にBLOGOSで公開されたものです
ニュースを探していたら、たまたま同じような事件を目にした。1つが、助産師が「ビタミンKの代わりの錠剤」というものを子供に投与したが、子供がビタミンK欠乏性出血症で無くなった事件。(*1)もう1つが、親が病気の乳児を病院に連れて行かずに、手かざしで治そうとして死亡させた事件である。(*2)
方や、助産師が勝手な判断で乳児にホメオパシーを実施し死亡させた事件。方や、親が勝手な判断で乳児に手かざし療法を実施し死亡させた事件。ホメオパシーと宗教という、いずれも科学的なエビデンスに基づいているとは言えない治療に関わる問題である。
こうした事件における被害者が「乳児」であることは、決して偶然の一致ではない。ホメオパシーにしても、宗教にしても、こうした「自然治癒力を高める」と謳っている代替医療の多くは、出産に関わる親や子供を、積極的にターゲットにしている。「ホメオパシー」という言葉を検索してみれば、子供に対してホメオパシーを実施している親たちの体験談をいくらでも見つける事ができる。
出産や子育てという、人生における大事において、親が不安であるというのは十分に理解できる。そこに「西洋医学のクスリは副作用もあるし怖いですよ。我々の使っている○○は、子供が本来持つ自然治癒力を高めて、病気のしにくい子供にしてくれますよ」と囁きかける人がいれば、それに乗ってしまう親がいるのも、気持ちとしては分からなくもない。上記のような体験談を書く親も、当然子供のためを思っているのだろう。
ただ、いくらそれが親や子供の周囲の人間によって「良いと思える事」であっても、それが実際に子供に害を与えるのであれば、それはやはり遠ざけなければならないだろう。
我々は「子供が殺される」というと、真っ先に「不審者」や「変質者」といった「悪意の犯罪者」の問題ばかりを考えがちである。
不審者から子供を守ろうと、ここ十数年で、町には「安全安心」のなのもとに監視カメラが溢れるようになった。私自身は、監視カメラが町に溢れる事によって、子供の安全安心が確保できるとは、まったく考えていないのだが、子供を悪意から守ろうという意欲が旺盛なことは認めよう。
だが、その一方で、今回触れているような「子供に対する善意が、子供を殺す事件」に対しては、ほとんどの人が、その存在すら意識してないのではないか?
当たり前の話であるが、子供に「ビタミンKの代わりの錠剤」を投与した助産師も、子供に手かざしをしていた親も、決して子供を殺そうとしていたわけではない。しかし、現実の結果として、そのどちらの乳児も死亡してしまった。
乳児は、自分自身が成長し、自分の意見が言えるようになるまで、自分の運命を親や周囲の人間に託すしかない。彼らによって乳児の運命は大きく揺り動かされる。
子供に対して「より良く育って欲しい」と思う気持ちは、親はもちろん、周囲の大人たちも同じだろう。しかしそれが、根拠のない思い込みや、親にとって都合のいい成長を望む気持ちで行われるのならば、子供は心身の危機に晒される。
実際こうして、二人の乳児が、親や助産師の信仰告白の道具にされ、殺されてしまったのだ。
善意であれ、悪意であれ、殺された子供にとって、その結末は同じ事である。
悪意のある犯罪に向ける視線と同じぐらい、こうした善意の犯罪についても、目を向けて欲しい。
*1:「ビタミンK与えず乳児死亡」母親が助産師提訴(読売新聞)http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20100709-OYS1T00214.htm
*2:乳児遺棄致死、手かざしで治ると信じた両親に執行猶予(読売新聞)http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20100717-OYS1T00247.htm
■プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「「当たり前」をひっぱたく」など。