※この記事は2010年01月12日にBLOGOSで公開されたものです

 民主党の小沢一郎幹事長と「鬼の特捜」(東京地方検察庁特別捜査部)の戦争が山場を迎えている。1月18日に国会が始まる。そうなると国会議員は、当該国会議員が所属する院の同意なくして逮捕できなくなる。現在、小沢氏の秘書をつとめた石川知裕衆議院議員(民主党、北海道11区)の取り扱いが最大の焦点になっている。特捜としては、石川氏を突破口にして、小沢幹事長につながる事件を念力でも眼力でも摘発したいと考えている。そこで、石川氏に関するさまざまなリークがなされ、国民の怒りをかき立て、捜査がやりやすい環境を一部の検察官僚がつくりだそうとしているのだと筆者は見ている。現在、民主党が過半数をはるかに超える議席を擁する衆議院の状況を考えると、石川氏の逮捕許諾を衆議院が認める可能性はない。従って、18日までに石川氏の身柄が拘束されるか否かが最大の焦点になる。現時点で、石川氏は在宅起訴されるという報道が新聞紙上で踊っているが、筆者は国会が始まるまでならば、何があってもおかしくないと見ている。

 本件は、基本的に「国家を支配するのは誰か」という問題をめぐり官僚と民主党の間で展開されている権力闘争だ。国民とは関係のない「彼らの喧嘩」である(本件に関する筆者の見方については2009年11月24日佐藤優の眼光紙背第63回「特捜検察と小沢一郎」に記したので参照願いたい)。この戦いに検察が勝利すると、国家を支配するのは、自民党政権時代と同じく官僚であるということが確認される。当然、世の中は暗くなる。

 ここで、小沢幹事長が勝利するとどうなるか? 小沢チルドレンをはじめとして、民主党の衆議院議員には、要領だけよく、権力欲が強い偏差値秀才がたくさんいる。こういった連中が「俺たちが国家の支配者だ」と威張り散らす。それに検察が擦り寄る。検察は組織だ。仮に今回、特捜が小沢幹事長に敗れても、この事案に関与した検察官をパージし、新体制の特捜をつくる。その特捜が、小沢民主党の意向を忖度(そんたく)しながら、あらたな権力基盤をつくろうとする。この場合も世の中は暗くなる。

 もっとも小沢氏や、同氏と同じ政治理念をもつ政治家を選挙で落選させることはできる。しかし、検察官を含め官僚は十全な身分保障をされているので、国民の意思でこれらの官僚を排除することはできない。それだから、検察・小沢戦争では、小沢氏が勝利した方が、「より小さな悪」なのだと思う。小沢氏が勝利した場合、国民による民主党に対する監視を強め、民主党と検察が癒着することを防ぐ必要がある。

 そこで重要になるのがマスメディアの機能だ。石川氏に関する疑惑情報が新聞、雑誌にあふれている。逮捕されたわけでもないのに、石川氏は犯罪者扱いされ、政治家としての権威も人間としての信用も失墜している。メディアスクラムが組まれてバッシングを受ける辛さは、それを受けた者にしかわからない。それだから、筆者は石川氏と緊密に連絡をとるようにしている。メディアによるバッシングで、石川氏が死に追い込まれることがないようにというのが、筆者の率直な思いである。

 ところで、昨年12月8日の閣議で、興味深い答弁書が了承された。鈴木宗男衆議院議員(外務委員長)が石川知裕衆議院議員(民主党)に関する捜査情報を検察がリーク(漏洩)しているのでないかと質したのに対し、この答弁書において鳩山由紀夫首相の名で、「検察当局においては、従来から、捜査上の秘密の保持について格別の配慮を払ってきたものであり、捜査情報や捜査方針を外部に漏らすことはないものと承知している」という回答がなされた。

 閣議了解を得た答弁書の内容はきわめて思い。正義の味方である検察が、嘘をつくことはないという前提で考えると、連日、新聞をにぎわしている石川氏や小沢幹事長に関する疑惑はどのような情報源に基づくのだろうか。新聞を見ると情報源は「関係者」となっている。検察がリークしていないならば、もう一方の関係者は石川氏しかいない。そこで筆者は石川氏に電話をして「あなたかあなたの弁護士がリークをしているのか」と尋ねてみた。「そんなこと絶対にありません。それにしても僕が検事に供述した内容がそのまま引用されている記事もあるんです不思議で仕方ありません」というのが石川氏の答えだった。

 マスメディアは、リークを批判することはできない。なぜなら、リークよって、国家機関の内部情報をとることが、記者の職業的良心にかなっているからだ。問題は、リークが当局の思惑に基づいてなされ、「国民の知る権利」に奉仕していないことだ。鈴木宗男氏に関しても、北方領土からみで総合商社から賄賂をとったというリークにもとづく報道がなされ、「北方領土を食い物にする腐敗政治家を叩き潰せ」という世論が起きた。しかし、鈴木氏は、北方領土やロシアとからむ事案は摘発されなかった。国民は不正確な情報で苛立ちを強め、北方領土交渉は停滞した。リークによる過熱報道で国益(国民益と国家益の双方)が失われた。

 リークによる国民益と国家益に毀損に対抗する術はあるのだろうか? もちろんある。検察は、記者が独自取材で検察に都合が悪いニュースを報じると、その記者が所属するメディアを「出入り禁止」にして、情報を与えない。この「出入り禁止」に法的根拠はない。「出入り禁止」に怯えるから、司法記者の報道が検察寄りになってしまう。

 この状況は、千葉景子法務大臣が腹を括ればすぐに改善できる。法務大臣として、検察に対して、「出入り禁止」措置をやめ、特定の報道機関を排除してはならないと適切に指導すればよいだけのことだ。そうすれば、千葉法相に対するマスメディアの評価も飛躍的に向上する。(2010年1月10日脱稿)

プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「はじめての宗教論 右巻~見えない世界の逆襲 (生活人新書) (生活人新書 308)」、「日本国家の真髄」など。

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。