【佐藤優の眼光紙背】鳩山新政権の進める新帝国主義外交 - 佐藤優
※この記事は2009年09月29日にBLOGOSで公開されたものです
9月23日、ニューヨークで行われた日米首脳会談が行われた。普天間飛行場移設問題、アフガニスタンにおける対テロ活動支援問題について、具体的議論がなされなかったので、成果があまりなかったという論評もあるが、筆者はそうは思わない。まず、オバマ米大統領と信頼関係を構築し、その後、個別問題を解決していくというアプローチは戦略的に正しい。外務省HPに掲載された概要によると日米関係については、会談の内容は以下の通りだった。<冒頭、鳩山総理より、自分の内閣でも日米同盟を日本外交の基軸として重視していく考えを伝達し、両首脳は日米同盟の一層の強化で一致した。
地域の課題及びグローバルな課題についても、建設的で未来志向の日米関係を築き、従来にも増して協力の幅を広げていくことを確認した。
日米安保に関し、鳩山総理より、日米安保体制はアジア太平洋地域の平和と安定の礎であり、日米安保を巡るいかなる問題も日米同盟の基盤を強化するかたちで、緊密に協力したいと述べ、引き続き緊密に協議していくこととなった。
金融・世界経済に関し、両首脳は世界経済の回復を確実なものとし、またその持続可能な成長を実現するため、緊密に連携していくことで一致した。
オバマ大統領より、11月の訪日を大変楽しみにしており、その機会を含め、今後何度も総理と会談を行っていきたい旨述べた。>(外務省HP)
官僚の報告文書なので、首脳会談の息吹が伝わってこない。しかし、新聞を読むともう少し細かいニュアンスがわかる。
<日米地位協定改定や在日米軍再編計画の見直し、来年1月で期限が切れる海上自衛隊によるインド洋での給油活動の扱いなどについての具体的なやりとりはなかった。大統領は「きょうから長い付き合いになるので、一つ一つ解決していこう」と述べた。首相は「トータルで何ができるか最善のものを考えたい」として、アフガニスタン復興支援
で農業支援や職業訓練など民生支援を行う意向を示した。>(9月24日読売新聞朝刊)
首脳は無駄なことは言わない。オバマ大統領が、「きょうから長い付き合いになる」と述べたのは、民主党政権が長期政権になるという米国の認識を示している。また、「一つ一つ解決していこう」という表現で、オバマ大統領は、普天間飛行場移設問題、アフガン支援問題で、日本側の言い分を聞いた上で、折り合いをつけるという意向を表明しているのだ。また、鳩山総理も「トータルで何ができるか」と述べているが、「トータルで」ということは、米国が日本の要求を呑んでくれたら、日本は別のところで譲歩するという駆け引きに応じる用意があるということを示している。ここには勢力均衡的発想がある。
2008年9月のリーマンショック以降、国際社会は各国が露骨に国家エゴを主張する新帝国主義的な転換をとげている。なぜ帝国主義とせずに「新」をつけるかというと、旧来の帝国主義のように植民地獲得を求めていないからだ。しかし、自国の利益を極大にする場合、新帝国主義国は戦争のシナリオも廃除しない。国家間の力に基づいた勢力均衡が新帝国主義外交の「ゲームのルール」だ。
同じく9月23日、ニューヨークで行われた日露首脳会談においても、鳩山総理は、メドベージェフ露大統領にジャブを打っている。
<総理から、自分の祖父・鳩山一郎元総理が1956年に訪露した際には、二島引き渡しでは領土問題を解決できないということで平和条約を締結できなかった、それから50年以上経ったが、未だに平和条約が締結されていないことは両国にとってマイナス、我々の世代で領土問題を最終的に解決し、平和条約が締結されるよう大統領のリーダーシップに期待する、旨述べた。>(外務省HP)
ロシア側が、「1956年の日ソ共同宣言に基づいて北方領土交渉を行おう」というシグナルを何度か投げてきたのに対し、祖父の鳩山一郎が1956年にソ連に対して要求したのは歯舞群島、色丹島の2島のみでなく、国後島、択捉島を含む4島だったと切り返しているのだ。1956年当時と比べ、日本の国力は強化されているのだから、平和条約締結にあたってロシアはもっと譲歩しろと迫っているのだ。
鳩山総理は、意図的にこのような新帝国主義外交を展開しているのであろうか。筆者はそうとは思わない。外務官僚の説明を聞いた上で、それにちょっとした「政治的ニュアンス」をつけて発言しているのだと思う。この政治的ニュアンスの部分に新帝国主義的発想が隠れているのだ。恐らく、鳩山氏の基礎教育が工学であることとが、このような新帝国主義的発想と関係している。ニュートン力学的な均衡の発想を国際社会に無意識のうちに鳩山氏は適用しようとしているのだ。これから日本外交は政治色を強める。官僚支配の打破は、まず外交で始まるのではないだろうか。(2009年9月28日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「外務省ハレンチ物語」、「獄中記 (岩波現代文庫)」、「インテリジェンス人生相談 [個人編]」、「インテリジェンス人生相談 [社会編]」など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。