「犬」と家族の日々をつづっている「inubot回覧板」を連載している写真家の北田瑞絵さんの新連載。北田さんにとってinubotで紹介している犬は、暮らしの中に光を灯してくれるような存在。日々たくさんの歓びを与えてくれますが、同時に犬に纏わる悩みや心配事も生じます。この連載では、動物とともに生きている方からお話を聞いて、動物との日常の中で大切にしている想いを教えていただきます。

スマトラトラとともに過ごす。飼育員石和田さんの日常

第1回は“寅年”にちなんで、よこはま動物園ズーラシアのスマトラトラと飼育員・石和田研二さんにお話を伺いました。

スマトラトラの赤ちゃんにミルクをあげる飼育員の石和田さん<写真>

石和田さんは。飼育員歴33年で2013年からスマトラトラの飼育を担当し、スマトラトラを撮影して園内の展示やブログで更新しています。その写真は自然体且つ貴重な姿が魅力的なものばかり。今回は石和田さんが撮影したすてきなお写真とともにご紹介。

●「変化」がないか確認することから1日が始まる

ズーラシアの開園時間は9時半。飼育員の方々は、動物を開園時間までに獣舎から展示場へと出さなければいけない。石和田さんの1日は、8時半ごろ獣舎に行き、動物の様子などから夜間で変わったことはないかを確認することから始まる。

「大人のトラでいうとオスは朝ゆっくりしてるんですよね。だいたい寝転んでいるので、声をかけたときに返ってくる反応がいつも通りか見ます。逆にメスの一頭は朝からウロウロ動いているので、夕方ゆっくりしているときに観察するようにしています」

「トラを見るときは、歩き方とかを見て些細な変化も見逃さないようにしています。彼らは裸足で歩いているようなものですから、足になにも刺さってないか、ツメがうまくとげなくて食い込んでないかなどをチェック。その個体に合わせたチャンスの時間があって、なにもなければ展示場へ出して、出した獣舎を掃除します」

「展示場とは別にサブ運動場という場所があって、日中をそこで過ごしている個体もいるので、展示場にいる個体より先に獣舎に入れてサブ運動場を掃除しますね。あとは日中に時間が空くと日誌を書いたりブログを更新したり、獣舎に置いている道具の修理などしますね」

石和田さんの仕事は動物の繊細な体調管理から体力仕事にデスクワークと多岐にわたる。動物園に密着したドキュメンタリーなどで知ってはいたが、改めてお話を伺うと飼育員の大変さが身に染みた。私とでは規模が全く違うけれど、犬と暮らす中で“楽しいけれど楽ではない”という出来事はある。

このとき私が「大変ですね…」と言うと、「いえいえこんなものですよ」と石和田さんは朗らかに笑っていて、器の大きさも違う! と心の中でひっくり返った。

●コミュニケーションを取るために些細な変化を感じ取る

動物が健康的に暮らしていくために、大切なことが「体重の管理」。

「体重計が大きくて重いんですよね。獣舎に置いているスノコも40〜50キロあるんですが、スノコを一旦どかし体重計を置いて、その上にスノコを乗せて…。スノコにエサを置いておくと食べにやってくるので体重が量れます。見た目でもなんとなくわかりますが、やはり体重というのは大事です」

太りすぎもやせすぎもよくないのは、人間も同じ。だから管理していくことが大切だ。

「冬と夏とで同じエサをあげても体重は変わっていくんですよね。冬は寒いのでカロリーを消費するから秋口に量を増やしてあげないとやせていってしまう。でもそこで増やした量をそのままにしておくと太っていくので、春先からまた調節していきます」

私は、犬とは言葉でのお喋りや意思疎通ができないから、ほかのコミュニケーションで犬の心身の調子や反応に基づく感情を推し量っている。しかし、それでも実際どうしたいか犬自身の気持ちが分からないもどかしさはある。

「その子に合わせた距離感が大事なんですよね。動物種によっても違いますし、トラとかウンピョウなんか個体によっても反応が違います。人があまり好きではない個体だったら近づくと怒りますし、人に慣れていると喜びます。あとトラ同士の関係もあるので、隣にいる個体とうまくいってなかったら板を張って見えなくするとかもしますね」

●会えない日もふとよぎるトラのこと

石和田さんからは、日々トラをつぶさに観察し、とても大切に手掛けているのが伝わってくる。お休みなどでトラと離れているときも、丸1日頭によぎらない日はないのだとか。

「ふと『あぁ元気にしてるかな』と考えてしまうのは当然ありますし、『あの子は大丈夫かな』という状態で休みに入るときはすごく気になってしまいますね」

動物園でも家庭でも過ごす時間と共に愛情が募っていくのは同じ。離れていても思い出したり、自分の中で大きな存在になっていく。では、お世話している動物たちをどう考えているのだろうか。

「もちろん自分のペットではないのですが、かわいいものはかわいいですよね。愛情っていうのは注ぎすぎも危険ですが、注いでいかないとだめだと思うんです。やはり生き物同士だから、愛情をかけることによって向こうも応えてくれる」

「仕事だからって最低限のことしかやらないというのでは、だめだと思います。人それぞれ考え方があると思いますけども、私はもう30年以上やってますけどなかなかそういう域には達しないので。かわいいし、愛情は注ぐし。割り切れないんですよね」

このときの「割り切れない」という言葉が強く印象に残り、自分の中で何度も復唱した。そんな石和田さんの忘れられない出来事のひとつが「最初の繁殖」である。

「出産にたどり着くまでになかなか交尾が成立しなかったんです。発情期ごとにオスとメスを一緒にしても、喧嘩は起きないですが交尾も成立しない。それから時間が経過したのですが、次の発情期ではうまく交尾が成立したので期待して…2014年8月にデルの最初の子どもが産まれました。とてもうれしかったですね」

デルにとってはこれが初産。

「落ち着ける環境をつくってあげないと、肉食獣は産んでも子を殺してしまったりする場合があるんです。だから自分の考えられる環境をつくってちゃんと育ってくれたので、あぁうまくいったんだな…と。そこで『この環境でも大丈夫だよ』と、動物から合格点をもらえるわけです」

この日、インタビューの中身はもちろん言葉選びから、動物への思いやりを節々に感じた。

●命とかかわるため、避けては通れない出来事

愛情が深ければ別れの場面でも深手を負ってしまう。石和田さんも、2016年に三頭で生まれてきたなかの一頭が死んでしまったときは立ち直れずにいた。

そんなつらい出来事でも丁寧に話してくれ、「今でも涙が出ますね」と言葉を零す表情から痛切な自責を感じた。そして「一生背負っていかなくちゃいけないことです」と話す姿は忘れられない。

「動物を失う悲しみとか色々ありますけど、癒してくれるのも動物なんですよね。やっぱりそこに居るので。今で言えば、ムジュが居る。ズーラシアの来園者にはスマトラトラのファンの方も多くいらっしゃいますが、一頭で生まれてきたムジュは死亡した子の生まれ変わりだなんていう声もあるんです。あぁそういう考え方もあるんだな…と」

●「飼育員」という仕事の魅力

「動物園にいる動物たちは本来野生で命を紡いでいます。野生動物を私たちは飼っているわけですから、動物園で生きている子たちへの責任を負わなければいけない。だからその子たちが退屈しないように、色んなおもちゃを与えてみたり、工夫を凝らします」

「思い通りに食いついてくれるときもあれば、上手くいかないときもあって、じゃあ次はこうしてみようとか考えて…。それもまたおもしろいんですよ。みんなが楽しく生活をしていけるように、考えたり工夫をしていくのは飼育員という仕事の魅力で、醍醐味ですね。まぁトラも基本的にネコですからね」

石和田さんが更新されているブログで、ヘソ天で眠っているトラの姿はやっぱりネコ科なんだなぁと癒される。

「そうなんですよね。きっとこの写真は喜ぶ人がいるかなと思って(笑)」

●これからの目標は「命を紡いでいくこと」

「ズーラシアでスマトラトラは2014年、2016年、2019年、3度と生まれています。そのとき生まれた子たちが親になって、命を紡いでいってほしいです。スマトラトラというのは数が少ないトラですから、繁殖を続けていなくちゃいけない」

「2016年に産まれたミンピとダマイもですし、とくに2019年に産まれたムジュは人工哺育で手を掛けていますので、その子たちがまたお母さんになってくれること。そうやって命が繋がっていくのが夢ですね」

●動物と生きることの難しさ、楽しさを改めて実感した

石和田さんは専門的な知識と30年の経験則を備えながら、いつまでもかげりのない誠実な眼差しを動物に向けている。観察するタイミングや距離感もその子のベストを探していて、動物種やカテゴリーで括らずひとりひとりを尊重している所にも深い敬意を感じた。

そして印象的だった“割り切れない”という言葉。

飼育員を仕事として割り切らず、目一杯の愛情を注いでいる。それゆえ立ち直れないような出来事もあるが、その悲しみも携えながら、今日も明日も動物たちと生きていく。

今回の貴重なお話を和歌山に持ち帰ると、すぐさま母に体重管理の大切さを共有した。異変をキャッチするために日々観察すべしと、朝一番グゥ〜っと身体を前傾にしならせる犬をまじまじと見る。あぁ大きな欠伸だ。