ドネアに聞いた井上尚弥との再戦の可能性。フィリピンの英雄は最後にリングサイドで叫んだ
WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋ジム)の次戦は5、6月になりそうだという。井上は「少なからずドネアを意識しながらトレーニングを進めています」という言葉を日本メディアに残しており、対戦相手はやはり、WBC同級王者ノニト・ドネア(フィリピン)になる可能性が高そうだ。
リマッチが決まるかどうか注目が集まる井上(左)とドネア
現地時間2月5日、ラスベガス、マンダレイベイ・リゾートのリングサイド。ウェルター級12回戦、キース・サーマン(アメリカ)vsマリオ・バリオス(アメリカ)を観戦に訪れていたドネアに、井上戦の可能性をあらためて尋ねると、39歳になった"軽量級レジェンド"も日本の盟友との再戦に異存はないようだった。
ともに軽量級を代表する名王者であり、「宿敵」と呼んでもいい2人のチャンピオン。これまで、井上が日本で予定するビッグイベントの相手に関してはさまざまな憶測が飛び交ってきたが、実際には「ドネアが大本命」としか考えられなかった。
候補のひとりだったWBO王者ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)は体調を崩し、昨年12月11日に予定されていたポール・バトラー(英国)との指名戦の計量に登場することさえできなかった(試合は中止になり、4月23日に再設定)。意外にもカシメロは王座を保持できることになったが、計量失敗の懸念や薬物使用疑惑もあるため、日本での大イベントに起用するにはリスクが大きすぎる。
井上の統一戦のもうひとりの主役として大々的にプロモーションを行ないながら、直前でキャンセル......イベントの主催者側からすれば、そういった悲惨な事態を避けたいのは当然のこと。アメリカの興行のように、代役の対戦者を事前に用意しておくことも困難。だとすれば、カシメロを日本での大興行の対戦者として考えるのは現実的ではなかった。【最大の懸念材料は?】
また、1階級上のスーパーバンタム級の王者たちも統一戦路線を歩んでおり、指名戦を含めてすでに標的は定まっている。井上本人が言及したことで話題を呼んだ、井岡一翔(志成ジム)との"日本人ドリームマッチ"も、当面はリアリティーのある話ではない。そんな状況で、2019年11月の前戦で"ドラマ・イン・サイタマ"と称されるほどの激闘を演じ、素行的に心配がなく、日本でも人気があるドネアとのリマッチ以上に魅力的なカードはなかった。
中には、ドネアが昨年行なった2試合、ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)戦とレイマート・ガバリョ(フィリピン)戦が『Showtime』で放送されたことを気にするファンもいるかもしれない。Showtimeは、井上の米国内のプロモーターである「トップランク社」が契約する『ESPN』とライバル関係にあるからだ。ただ、これも大きな問題ではない。
ドネアはShowtimeと関係が深い「プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)」のアル・ヘイモン氏の傘下ではなく、プロモーターのリチャード・シェイファー氏が新設した「プロベラム社」の契約選手。プロベラムは「プロモーターの分け隔てなく好ファイトを生み出すこと」を目標としている。
Showtimeのスポーツ部トップであるスティーブン・エスピノーザ氏も、ドネアへの愛着とリスペクトを語りつつ、「現時点でのドネアの目標が、Showtimeとの独占契約じゃないことは理解している。ドネアの統一戦の妨げになるつもりはない」と明言していた。
これらの背景から、本来であれば3年近い時を経ての"ドラマ・イン・サイタマ"の続編は、交渉がそれほど難しいカードではなかったはずだ。通常の世界情勢なら、ほとんど問題なくまとまっていただろう。新型コロナウイルスによるパンデミックさえなければ――。
「現在の日本はまだ入国制限があるので、そこも交渉時の話し合いのひとつになっているということです。すべてプロモーターのシェイファー氏に任せています」
ドネアがそう述べるとおり、最大の懸念材料は日本における「外国人の新規入国の原則禁止」だろう。こればかりはボクサーやプロモーターがどうこうできる問題ではなく、昨年末に予定された村田諒太(帝拳ジム)vsゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、井岡vsジェルウィン・アンカハス(フィリピン)が中止、延期を余儀なくされたのはご存知のとおりだ。
村田vsゴロフキンは4月に再セット予定とのことで、井上の次戦はそのあとになるのだろう。ただ、ここで再び入国が難しくなるか、開催時期が5、6月からさらに遅れるような事態になれば、ドネアが別の路線を模索することは考えられる。
「今年は2、3試合消化したいですね。以前から話しているとおり、階級を下げることもオプションのひとつです。(3月5日に予定されていた)試合をキャンセルしたWBA世界スーパーフライ級王者のファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)は、夏前に戦う対戦相手を探しているはずで、タイミング的に私の試合時期とフィットします。
自身の体のことをしっかり理解しているので、階級をひとつ上げるのも、下げるのも簡単なこと。今の私はスーパーフライ級、バンタム級、スーパーバンタム級で戦うことが可能で、さまざまなオプションがあるんです」
ドネアは、自身のレベレージ(交渉を優位にする材料)を保つためか、井上との対戦がファーストプライオリティであるとは明言しなかった。条件は少し劣るが、ほかにも多くの選択肢があるのは事実。ただ......取材の最後に「2022年に成し遂げたいこと」を尋ねると、ドネアはリングアナウンサーのマネをし、マンダレイベイのリングサイドでこう叫んだ。
「世界バンタム級4団体統一チャンピオン、ノニト・ドネア‼」
統一戦路線を熱望しているのは井上だけではない。これまで多くの勲章を手にしてきたフィリピンの英雄が、「不惑」を前にして何よりも望んでいるものは見えてきている。そのために必要な対戦相手もはっきりしている。
名作の続編は、高確率で名作になる。今はただ、相思相愛の2人が運命の糸に導かれるように、リマッチを実現させることを願いたい。