2021年シーズン、ホンダはMotoGPで再び厳しい戦いを強いられた。
なぜホンダは苦戦したのか。
2021年型RC213V、そして来るシーズンを戦う2022年型マシンの開発コンセプトとは。
1月12日にオンラインで開催された取材会で、ホンダ・レーシング取締役 レース運営室長の耼田哲宏氏、同じく開発室 2021年型RC213V開発責任者の程 毓梁(チェン・ユーリャン)氏に話を聞いた。

テストの消化不足が響いたシーズン前半戦

2021年シーズンMotoGPのホンダの戦いについて、その成績が如実に物語っている。ライダーとしてはマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が3勝と1度の2位表彰台を獲得し、ランキング7位で終えた。ライダーズランキングとしては、このM.マルケスの7位が最上位だ。また、コンストラクターズランキングとしては4位、チームランキングとしては、ファクトリーチームのレプソル・ホンダ・チームが5位、サテライトチームのLCRホンダが7位だった。

特に前半戦では、厳しい戦いを強いられていた。エースのM.マルケスは2020年の初戦スペインGPで負った右腕の骨折からついに復帰したものの、それでも万全ではなく、M.マルケスのチームメイト、ポル・エスパルガロは2021年に移籍してきたばかり……などといった状況はあったにせよ、サテライトチームの中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)やアレックス・マルケス(LCRホンダ・カストロール)を含めてホンダ全体として、難しい時間だった。なぜ、ホンダは2020年シーズンから引き続き2021年も苦戦したのか。

耼田さんは2021年シーズンをこう振り返っている。

「非常に厳しいシーズンだったと考えています。やはり厳しいシーズンだった2020年を踏まえて2021年は飛躍の1年にしようとしましたが、コロナの影響で開幕前の(2月にマレーシアで行われる)セパンでの公式テストが中止となり、カタールのみでのテストになったことに加え、カタールテストでの天候によるコンディションの悪さもあり、用意していたアイテムをテストで評価しきれなかったのです。そのテストから(3月下旬の)開幕戦カタールGPまでの期間が非常に短かったこともあって、結果的に開幕してからそうしたアイテムを投入、評価していくことになりました。それが2021年シーズンの前半戦です」

「前半戦ではシャシーを含め、2020年の反省を踏まえて用意していた様々なアイテムを投入しました。しかし、ライバルに対する競争力が十分ではない、とわかったんです」

程さんは「前半戦に特に苦しんだ理由は、自分たちが2020年を踏まえて定めた開発目標に対し、ライバルの進化が大きかった、ということがあります。後半戦でアップデートしていったのです」と説明する。

このため、ホンダは競争力を上げるべく、後半戦に向けて2022年型マシンのコンセプトを一部、取り入れていった。それが行われたのは、具体的には第10戦スティリアGPからだ。ここでM.マルケスのマシンに新しいシャシーが投入されている。それが「2022年型マシンのエッセンスを反映したもの」だったという。

そこからシーズンが終盤に向かうにつれ、ホンダは少しずつ成績を上げていった。第13戦アラゴンGP以降、M.マルケスは2勝と1度の2位表彰台を獲得。エスパルガロは第16戦エミリア・ロマーニャGPでホンダに移籍後、初の2位表彰台を獲得した。このエミリア・ロマーニャGPではM.マルケスが優勝を飾っており、ホンダとしては2019年第17戦オーストラリアGP以来のワン・ツーフィニッシュとなった。

「(耼田さん)後半戦に成績が上り調子になったので、2022年に向けたコンセプトが間違いではなかった、ということが確認できました。その点はポジティブでした。2022年に向けたスタートポイントができたシーズンだったと考えています」

後半戦が進むにつれ、調子を取り戻していった。エミリア・ロマーニャGPでは実に2年ぶりのワン・ツーフィニッシュ

前半戦で判明した2021年型RC213Vの競争力

では、2021年型RC213Vのコンセプトはどこに置かれていたのだろうか。まず前提として、2020年から2021年にかけてエンジンをアップデートすることはできなかった。新型コロナウイルス感染症の影響により技術規則が変更されたためだ。耼田さんと程さんによれば、2021年型マシンは「タイヤをうまく使うこと」、「扱いやすいマシン」、主にこの二つに焦点を当てて取り組んでいたという。これらは、ライダーたちからの共通したフィードバックだった。

タイヤ、特にリヤタイヤのグリップについては2020年からの課題だったものである。この年に刷新されたミシュランのリヤタイヤへの適合がうまくいかずに苦戦したからだ。ただ、2021年シーズンが始まっても、ライダーたちはリヤタイヤのグリップ不足を訴えていた。

「(程さん)タイヤ自体は2020年から2021年にかけて変わったわけではありません。2020年で取り組んできたタイヤの使い方について、2021年も引き続き目標を掲げて進めてきましたが、前半戦で、我々が取り組んできた目標に対してライバルに不足し、苦戦したことは事実です。開発もそれを真摯に受け止め、さらにタイヤについて理解を深めました。その結果として、後半戦に入れたハードウエアのアップデートが、結果につながったと思います。方向性は確認されたと考えています」

つまり、タイヤのグリップという点について、ホンダが2020年から2021年にかけて改善したが、ライバルメーカーのそれはホンダが想定していたものよりも大きかった。ホンダライダーたちは、「ライバルと争うために必要な」リヤタイヤのグリップが不足している、と指摘し続けていた、ということになるだろう。

一方、扱いやすいマシンという点については、一つにM.マルケスの怪我が影響している。

「(耼田さん)ライダーたちからは、常にホンダのマシンが体力的にとても厳しいという声が上がっていました。また、マルクが復帰したときには身体が完全な状態ではないために結果に影響する場面もありました。そのため、ライダーが乗りやすい、体力的にも少し余裕が持てるマシンをつくってきたんですね」

「(耼田さん)(これまでと)少し違ったのは、マルクが完全な状態ではなかったということです。彼が万全なときなら『これくらいのマシンなら扱えるよ』と受け止められていた部分が、より課題として顕在化しやすい状況になっていたわけです。我々としても、そういう課題は根本的にあったのだと考えています。体力的に厳しいマシンということはわかっていましたが、2021年はそれがさらに切実なものとなりました。開発においてプライオリティを上げる一つのきっかけになったのかなと思います」

M.マルケスは特に復帰したばかりの前半戦、右腕の怪我の影響を残して戦っていた。これが一つ、開発において「マシンの扱いやすさ」を推し進めるきっかけになったという

ホンダが挑む“ブレイクスルー”

では、新しいシーズンを戦うための2022年型RC213Vは、どんなコンセプトを内奥しているのだろう。

「(程さん)2022年は、2021年に具現化しようとしていた扱いやすさ、どのライダーでも扱えるマシンという部分についてさらに取り組んでいきます。今まで、我々が自分たちを枠にはめていた部分を取り外し始めたのが2021年の後半戦です。常識や枠を変えて大きく変更しようと取り組んできたのが2022年の仕込みであって、それを加速させるべく今、開発を進めています。リヤタイヤのグリップ、加速性能について、2021年後半にテコ入れした以上のステップを踏まなければ、ライバルには太刀打ちできません。そこに対して全力で取り組んでいます。目指すところは、初戦から勝っていくことです」

すでに2022年型マシンのプロトタイプは、2021年シーズン最終戦バレンシアGP後のヘレス公式テストで走らせている。ここで、そのときの感触についてライダーのコメントを加えたい。これは、この取材会の二日後に行われたMotoGPライダー取材会で各ライダーが語ったものだ。

なお、2022年もホンダのライダーラインナップは変わらない。ファクトリーチームであるレプソル・ホンダ・チームはM.マルケスとエスパルガロ、サテライトチームのLCRホンダは中上とA.マルケスを擁する。M.マルケスは2021年シーズン終盤、オフロードトレーニング中のアクシデントが原因で複視を発症したためにこのテストには不参加だったが、レギュラーライダー3人は新型マシンにおおむね好印象を抱いたようだった。

「(エスパルガロ)バイクはよくなっているよ。でも、どのくらいよくなっているのか、ということを話すには時期尚早だ。ほかのバイクとともにサーキットで走ってどうなのかを確認しないとね。参戦しているのは僕たちだけじゃないし、僕たちだけがニューバイクというわけでもない。どのメーカーだって進化しているわけだから。だから、マレーシアのテストでほかのメーカーのバイクと走って確認しよう」

「(中上)昨年、僕たちは明らかにリヤタイヤのグリップに悩まされていました。僕たちは多くのものを試しましたが、残念ながらメインの問題は取り除けませんでした。僕たちは予選やレースディスタンスで大いに苦戦していました。なので、僕はいつもよりリスクをとらなければならなかったのです。レースでも予選でも、セッションでも転倒しました。とてもきつかったです。ただ、新しいバイクは明らかにリヤのグリップが向上しています。それに、エンジンのパフォーマンスもね。多くの部分が改善していますよ」

「(A.マルケス)11月のヘレスでプロトタイプマシンに乗ったけれど、素晴らしいフィーリングだったよ。パーツによるけれど、とてもよかったものがある。特に2021年に苦戦していた、リヤのグリップだね。もちろんまだ改善点はあるけれど、ポテンシャルはあると思っている」

ポル・エスパルガロ

中上貴晶

アレックス・マルケス

2021年最終戦バレンシアGP後、スペインのヘレスで行われた公式テストで、M.マルケスを除くライダーたちが2022年に向けたマシンを走らせた。外観からは少なくとも、エアインテークの形状やウイングレットの形状が2021年型から変わっているのが確認できる。

既報のとおり、2022年、MotoGPをはじめとする二輪レース活動を運営してきたHRC(ホンダ・レーシング)には四輪のレース活動機能が追加される。二輪と四輪の技術交流なども期待されるところだ。ホンダが掲げるのは常にライダー、コンストラクターズ、チームタイトルの「3冠」達成である。今回の取材会の中で、耼田さん、程さんが繰り返していたのは「これまでの枠を取り外す」だった。チャレンジャーの立場としての挑戦を感じさせる言葉だ。「従来の枠を外して取り組む」ホンダが、これまでとは違う強さを見せるシーズンになるだろうか。

耼田哲宏氏(右)、程 毓梁氏(左)

株式会社ホンダ・レーシング
取締役 レース運営室長 耼田哲宏(クワタ テツヒロ)氏
2000年にHRCに入社し、F1のエンジン開発やMotoGPマシンの制御系開発を経て、2016年、現職に就任。MotoGPのみならず、ホンダのレース活動全般を統括する。

株式会社ホンダ・レーシング
開発室 RC213V 21YM開発責任者 程 毓梁(チェン・ユーリャン)氏
2005年本田技研工業に入社。量産の車体開発に配属され、VFR1200などの車体設計を担当。2010年からMSD(モータースポーツデベロップメント)に異動し、それ以来、MotoGPの車体設計に携わる。

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