道を穿つ、その視線をともに【Moto2ライダー小椋藍 特別インタビュー】(ピックアップ)
2021年シーズン、Moto2クラスにステップアップした小椋藍はMoto2の1年目を終え、顔つきも少し変わったように見えた。ライダー小椋藍は、今後さらなる結果を追い求めるために、2021年というシーズンを通して何を見て、何を感じていたのだろうか。
期待したよりも「よかった」Moto2での1年目小椋藍というライダーは、己を俯瞰しながら、常に貪欲に、すべての経験を積み重ねて確実に歩んでいくライダーではないだろうか。Moto3クラスからMoto2クラスにステップアップを果たした2021年シーズンは第11戦オーストリアGPで2位表彰台を獲得し、スティリアGPとオーストリアGPの2戦でフロントロウに並んだ。チャンピオンシップのランキングは8位。完走したレースでは、開幕戦のカタールGPを除いてすべてトップ10圏内でフィニッシュしている。Moto2クラスのルーキーイヤーであることを考えれば、堂々たる成績だと言っていいだろう。
けれど、小椋はその結果をどこまでも現実的に見ていた。そのものごとを見据える視線は、最上の結果を飽くことなく追求するアスリートのスピリットをまとっている。そして、その言葉も。
今季は目標としていたところと比較してどうだったのか、と尋ねれば「(考えていた)目標よりも高いところで終われたので、(全体的な総括としては)よかったんじゃないかなと思います」と、いつもの淡々とした口調で答えた。
「ライディング面としては、Moto3から上がった時点で自分ができるところをやってみて、そこから見えてくるものがあります。その見えたところから少しずつ改善していく。ずっとそういうことをしていたシーズンでした」
Moto2デビューレースとなったカタールGPでは17位。その翌週のドーハGPでは5位にまでポジションを上げてフィニッシュした
2021年シーズンの安定した成績が、「全体的によかった」という小椋の言葉を裏付けている。とは言え、Moto3の単気筒250ccバイクからMoto2のトライアンフ製ワンメイク、3気筒765ccエンジンのバイクへの乗り換えはそう簡単ではなかったのではないか。しかし小椋はやはり「やっていることはMoto3時代と一緒ですね。少しバイクが大きいのでちょっとした違いはあるのかなとは思いますが、(走らせるバイクに合わせていく作業は)どのカテゴリーでも同じですから」と言うのだ。
あくまでも自分がやるべきことを見失わずに照準を合わせ、実行しているにすぎない。何か特別なことをしているわけでもない。そんな口ぶりである。けれど、それがどれほど難しいことだろうか。
この日はスーツ姿でインタビューに応じてくれた。いつものように淡々と、そして質問をしっかり咀嚼してから答えるリズムは独特のものだ
オーストリアGPでの表彰台とシーズン後半戦今季は上述のように、オーストリアGPで2位表彰台を獲得。常にクールな表情の小椋も、ポディウムの上で破顔していた。
「Moto2の初年度を振り返るときに、表彰台獲得のレースが1回あったと言えるし、自分でも『表彰台に1回上がれてよかったな』と思えますから、ポジティブなポイントになったレースだったと思います」
オーストリアGPでは3番グリッドからスタートし、Moto2クラスにおける初表彰台を獲得
しかし、その後に続けた言葉が小椋らしい。「それ(表彰台)を経験した上でのその後のレースが伸び悩んだかなと思います」
オーストリアGP以降、イギリスGPでは9位、アラゴンGPではシーズンを通して初めてグリッドよりも後退したポジションとなる8位でレースを終えるなど、やや足踏みをしてシーズンを締めくくっていた。最終戦バレンシアGPは、アルガルベGP決勝レースでの転倒により負った左足の負傷を理由に欠場している。
「イギリスGPのシルバーストーン・サーキットは2019年に1度経験しただけで、コース自体も難しい。Moto2経験者との差はあると思っていました。ですから、(イギリスGPの結果は)そこまで驚いていないんです。でも、そのあとのアラゴン(第13戦アラゴンGP)とミサノでの2戦(第14戦サンマリノGP、第16戦エミリア・ロマーニャGP)という走り慣れたサーキットでもそういう位置(7位から9位)になってしまったのが大きいですね。もう1回くらい、表彰台などいい結果で終われるレースがあれば、後半戦はよかったのかなと思います」
アラゴンGPは一時3番手を走行するもタイヤに問題が発生し、8位でのフィニッシュ。「トップのライダーはペースが落ちていないから、タイヤや路面温度を理由にできない」と小椋
シーズン後半戦は、レースウイーク全体としてみれば雨のセッションが何度かあった。決勝レースでドライコンディションが想定される場合、セッションがウエットになればその1回のセッションがまるごとなくなってしまうのと同じだ。そうしたコンディションも影響した。
「すべてのセッションをドライで走れるレースウイークであっても、僕は上げていくのがゆっくりな方です。ウエットのセッションを挟むと、決勝は周りよりも準備不足で挑むことになってしまいます。僕はいつも、決勝レースで差を詰めていけることが多いんですが、そこに到達するまでのセッションが一つ減ってしまいますからね。今年の後半戦は、そのあたりも少しは影響してしまったのかなと思います」
レースウイークを通してウエットならともかく、決勝レースだけドライとなると、組み立てがさらに難しくなる
シーズン全体のみならず、レースウイークを通しても着実に歩を進めるのは小椋の強みだが、同時にコンディション次第では難しいレースを強いられることもある、というわけだ。レースウイークは短い。初日に40分のフリー走行が2回、予選日はフリー走行が1回、15分の予選、そして決勝日の午前中に20分間のウオームアップ・セッションがあり、決勝レースを迎える。限られた時間のなかで、決勝レースに向けて準備をしなければならない。初日からタイムを上げていくこと、それが現状の課題の一つだと言う。
「半分以上は癖みたいなものなんですが、全力だと思っていても、全力で走れていないところもあると思っています。状況などをすべて把握できるまで、安全の範囲で走るんです。限られた時間でそうしていると、たまに時間不足、という感じでレースウイークが終わってしまうこともあります。だから、完全に行ける、という状況ではなくても少しチャレンジしてみることも必要かもしれない。無駄にリスクは負いたくはないですけどね。そういう走りばかりしていたら、リスクを負って、その結果、良かったライダーには勝てません。そのバランスですね」
小椋は昨年のインタビューでも「限界を超えて走ったことがない」と言っていたが、今季はそうした部分において少しずつ挑戦を重ねていた。それは転倒回数にも表れている。2021年、小椋はシーズンを通じて11回の転倒を喫している。これは、Moto3デビューイヤーの2019年の9回を超えるものだった。
もちろんMoto3とMoto2では走らせているバイクが異なるために単純な比較はできないし、また、転倒は少ないに越したことはない。けれど、小椋が少しずつ課題を克服していこうとしていることは確かだ。ちなみにMoto2バイクはワンメイクで供給されるダンロップタイヤの特性上、Moto3よりも転びやすいと感じているのだとか。「リヤがフロントを押して、フロントがちょっときついな、という感じでずっと乗るバイクですね。限界ぎりぎりで3周も走ったら、Moto2の方が(転倒する)リスクが高いんじゃないかな」。
こうして話を聞いていると、あらためて、バイクもタイヤもレース展開もサーキットの攻略も異なる、新しいカテゴリーに挑戦する難しさを感じるのだが……。小椋の口調はどこまでも、そこにあったはずの、乗り越えてきた壁の存在を感じさせないのだった。
オフシーズンはジムに行くよりも、たくさんバイクで走りたい長いシーズンを終え、今はオフシーズンに入っている小椋に、その期間の過ごし方を尋ねると、その回答もまた、彼のレースに対する一途な姿勢の印象を色濃くするものだった。
日本で過ごす間にフィジカルトレーニングのため、ジムに行ったりする? と聞けば「ジムはあまり行きたくないんです」と言う。どうしてなのだろう。
「オフシーズンは、レースの映像をたくさん見ます。Moto2のレースが多いですね。だいたいトップを走るライダーたちを見て、考えて、日本にいればそういうのを覚えている間に乗りにいきます。映像を見て、感覚的に合わせて、覚えているうちに実際に(バイクに乗って)やってみる感じです」
「だから、そういうこと(バイクに乗ることを優先)をやっていると、ジムに行く時間がないんです」
誤解を避けるために付け加えれば、小椋がフィジカルトレーニングをおろそかにしているというわけではない。もちろん、確固たる理由があるのだ。
「いくら体が強くても、バイクに乗るのが下手なら遅い。バイクに乗るのがうまければ疲れません。僕は上手にバイクに乗れて初めて、(フィジカル面を)少し追加したらいいんじゃないか、という考え方なんです。これは、たくさんのライダーを見て(考えた)。ヨーロッパのライダーの方がバイクに乗っているし、乗るのが上手ですからね」
そういえば小椋は「セッティングはあまり考えない」とも語っていた。もちろん、これも周りのMoto2ライダーを観察した上での考えだ。バイクやフィジカルに大きな理由を求めるのではなく、小椋は現状で、自分自身のライディングに向き合うことが最も重要だと考えているということなのだろう。そして、そのために必要なことをする。小椋のスタイルはオフシーズンであっても変わらない。
「フィジカルだけというわけじゃないけれど、ライディングにもつながるので、下半身、体幹で乗れればとは思っていますね」と、オフシーズンで追加したいと考える取り組みについてもやはり、ライディングを重視したものだ。
「Moto2でバイクが大きくなっても、上手に乗ることができれば力は必要ありません。レース中に疲れることもなかったし、筋肉、パワーをつけなきゃ、ということはないです。バランスの問題ですね」
それから「あとね、体を柔らかくしようと頑張っているんですよ」とも強調する。これももちろん、ライディングのためだ。「体が硬いとバイクに乗っていて疲れるので。柔軟を今、一番頑張っているんです。ヨガ? 興味はあるんですけど……、今のところはやっていないですね……」そう言って苦笑いするように表情を緩めていた。
「ヨガね……興味はあるんですけど……」。レッスンに通う時間が惜しい、というのが本音、といったところかも?
常にレースのことを考え続けているという小椋だが、たまにお父さんと一緒に釣りにも行くという。元々お父さんに誘われて釣りに行き始めたのだそうだ。
「ほぼ川や池での釣りですね。そんなに詳しいわけじゃないんですけど、リラックスできるじゃないですか。適当な時間が流れているから。それはそれで、いいなと思います」
そこで過ごす「適当な時間」と表現した時間は彼にとって、小椋にとって大事な時間なのかもしれない。彼が背負っているもの、挑もうとしているもの、歩み続けている道、そんな重さが、相反するようにその一言に含まれている気がした。そう考えるのは深読みのしすぎだろうか?
さらなる結果が期待される2022年、ライバルと目するのは……小椋は2022年シーズンもMoto2にIDEMITSU Honda Team Asiaから継続参戦することが決まっている。2年目となるMoto2への挑戦に、「すでに1シーズン、Moto2を知ったうえでのシーズンとなります。今季の上位ランキング4人のライダーも(MotoGPに昇格して)いなくなりますから、求められるものも上がるかなと思います。自分の限界を出せたというシーズンになればいいかなと思っています」と変わらず謙虚なコメントだ。
「アウグスト・フェルナンデスと(アロン・)カネト、その二人が強いライダーではないかなと思います。チームも変わりますし。それから、(チェレスティーノ・)ビエッティですね。ビエッティは僕よりもじわじわ上げてくるタイプで、今季も後半戦、速かった。出来上がったら、確実に強いです。(アレックス・)ローズももちろん速いし、(ホルヘ・)ナバーロもカレックスに乗り替えます。Moto3からは(2021年チャンピオンのペドロ・)アコスタも来るし……」
チャンピオン争いがターゲットの一つと考えても? と水を向ければ「はい、そう考えてもらっても」と答えるあたりが、小椋らしかった。
2022年シーズン、小椋はどんな活躍を見せるのだろう。注目度は高くなるに違いない。そして、こうも思う。何があっても小椋は己のスタイルを貫きながら戦っていくのだろうと。1レース1レース、すべてのセッション、いや、過ごしているすべての時間を積み重ね、自分が思い描く最高の場所へたどり着くために。