ラオス国内に到着した「中国ラオス鉄道」の車両CR200J(写真:新華社/共同通信イメージズ)

中国が推し進めている巨大経済圏構想「一帯一路」計画の下で建設された中国ラオス鉄道(中老鉄路)。ついに2021年10月16日、ラオスの首都・ビエンチャンに中国製車両が姿を現した。

ラオスの建国記念日である12月2日に運行を開始する同鉄道。これまで同国にはタイからわずか数km乗り入れる路線があるのみで、国内に本格的な鉄道はなかった。ASEAN(東南アジア諸国連合)の一角を占めるラオスが、中国と鉄道で直接繋がることはいったいどんな意味を持つのか。開業を前に、その状況を探った。

触れ込みは「中国初の国際鉄道」

中国ラオス鉄道は、ラオスの首都ビエンチャンと中国国境のボーテンを結ぶ417kmの路線で、全線電化・標準軌(軌間1435mm)の単線鉄道。国境の中国側の街、磨憨(モハン)で雲南省の省都昆明までの路線(596km)に接続し、国際鉄道を形成する。


ラオス国内の全区間と、中国側のうち既設区間だった昆明―玉渓間(88km)を除く508kmはどちらも2016年に着工した。中国の高速新線はほぼ旅客列車専用を前提としているが、中国ラオス鉄道は当初から貨物列車の運行も前提としている。

中国ラオス鉄道(ラオス国内区間)の建設には、374億元(約6670億円)が投じられた。全長417kmのうち、橋梁が167カ所、トンネルが75本あり、それぞれ路線全体の15%、47%を占める。駅は旅客、貨物を合わせて32カ所を設けている。

中国はラオス区間をすべて「中国規格」の鉄道として建設、国境を越えて自国の車両が自由に行き来できるようになることから、中国メディアは「中国初の国際鉄道」と伝えている。

国際的プレゼンスの拡大に余念がない中国は、さまざまな国際輸送ルートを確保しようとしている。歴史的に社会主義国との連携が強い中国はロシア、モンゴル、北朝鮮への国際鉄道ルートを持っているが、これに加えて2011年には中国と欧州を結ぶ鉄道貨物輸送サービス「中欧班列」が運行を開始、今では主にカザフスタン経由のルートで年間1万本もの国際貨物列車が走っている。

今回の中国ラオス鉄道も、「中国とインドシナの小国間の鉄道リンク」と考えるのはいささか軽率で、ASEANでも経済規模が大きいタイへの直結をうかがうルートとして今後の動きを見るべきだろう。ビエンチャンはラオス・タイ国境の目と鼻の先に位置する街だ。


ビエンチャン近郊のタナレーン駅。線路はタイにつながっている(写真:ひで@のんかい)

タイ国鉄は、同国東部のノンカイとラオス側のタナレーン駅(ビエンチャン近郊)間のわずか5kmを走る短距離の国際列車を運行している。今でこそ、ラオス―タイ間は旅客列車しか走っていないが、メーターゲージ(軌間1m)の線路はタナレーンからタイ、マレーシアを通ってシンガポールまで繋がっている。ノンカイに住む日本人男性は「中国からの貨物をラオスまで運び、タナレーンでタイ行き貨車に載せ替えてASEAN各国に運べるようになるポテンシャルは大きい」と語る。

ラオス国旗色の中国製電車

中国ラオス鉄道の運行に当たり、車両は中国が開発した電車「CR200J」が2編成導入された。動力車1両と客車8両を連結した構造で定員は720人。中国国内で走るCR200J「復興号」は強めの緑色に塗装されているが、ラオス向けは白を基調に同国の国旗に使われる赤と青のラインが入っている。

編成にはそれぞれ愛称が付けられ、1編成目は中国語でメコン川、あるいはラオスの古代での呼び名を表す「瀾滄号」、2編成目はラオスの管楽器の名をそのまま取って「老挝(ラオスの意味)芦笙号」と呼ばれる。


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現時点で中国ラオス鉄道の運行予定は具体的に発表されていないが、列車が昆明からビエンチャンまで直行するとしたら、全長1000kmを表定速度120km前後で走ったとして、全線の所要時間は8時間強といったところだろうか。

ただ、両国ともにコロナ対策で厳しい国境管理を行っているため、本格的な運行はまだ先になりそうだ。むしろ、中国区間の途中にある西双版納(シーサンパンナ)傣族自治州が中国きっての観光都市の一つであることから、当面は中国国内旅客の観光需要が主体となる可能性が高い。

「一帯一路」を旗印に各国でインフラ開発を進める中国だが、中国ラオス鉄道についても「ラオス側への債務が過大になっていないか」と心配する声も大きい。建設費は中国とラオスが70%・30%の割合で負担する形となっているが、今後の旅客・貨物収入で賄うことができるかどうかが課題となりそうだ。


メコン川に建設中の中国ラオス鉄道橋梁=2018年(写真:raclro/iStock)

ラオスの産業構造からして、人々は地元での農林業や観光業などを軸に生業を立ててきただけあって、長距離移動の需要は高くない。鉄道の運賃水準にもよるが、既存の長距離バスが低廉なこともあり、鉄道が「ラオス国民の足」としてどこまで浸透するかは未知数といえよう。

また、ラオスは水力発電所の建設でも中国の支援を受けているが、目下のところ中国への対外債務は国内総生産(GDP)の45%に達しており、債務返済による重負担が目に見えている。これまでも中国の融資を受けた途上国が返済困難となり、完成したインフラ施設を中国に明け渡すという「債務の罠」に陥る例が少なからずみられる。ラオスもそうした例になりはしないかという懸念もある。

観光客殺到の恐れも

さらに心配すべき問題として、ラオス各地への「オーバーツーリズム」がある。ラオスはこれまで「交通が不便」「行きにくい」という事情もあって、古くからの文化や環境が守られてきた。


古都ルアンパバーンの街並み(写真:kirikabu_johnny/PIXTA)

とくに、ユネスコの世界文化遺産に登録されているルアンパバーンは「アジア最後の桃源郷」ともいわれる古都だが、ここにも中国ラオス鉄道が乗り入れることになる。

ワットシェントーンをはじめとする小乗仏教の寺院が立ち並ぶこの街では、今でも早朝には僧侶の托鉢の様子がみられる。

【2021年11月16日6時35分 追記】記事初出時、寺院についての記述に誤りがあったため上記のように修正しました。

フランス植民地だった歴史から、街には本格的なフランス料理レストランやカフェも集まっており、欧州の旅行者の間で「秘境ながらグルメの街」として知られてきた。ここへ中国からの観光客が鉄道を使って大量に押し寄せてくるとなると、果たしてどんなことが起こるだろうか。

一方、中国ラオス鉄道の開業というタイミングを受け、タイ側の動きも進んでいるようだ。

前述のノンカイ在住の男性によると、最近になって「タイ―ラオス間の国際列車はもともとの気動車列車から貨車・客車の混合列車に種別変更された」という。中国ラオス鉄道との貨物の積み替え拠点となるタナレーン駅までのCTC(列車集中制御装置)化も近いとされ、列車の増発に備えた動きが進んでいることを物語っているようだ。


タイ―ラオス間を走っていたタイ国鉄の気動車(写真:ひで@のんかい)

現地の経済振興についても「ノンカイ駅周辺に国境検査場のための用地がすでに確保されている」といい、「中国からの列車がビエンチャンに乗り入れることで、ノンカイ乗り換えでバンコクと昆明を行き来する時代が来る。そうなるとノンカイにトランジットついでに立ち寄る人も増え、観光地としての地位が上がるのではないか」と、開業特需にも期待が集まっているようだ。

この先東南アジアを目指すのか

中国の公式メディアでは、中国ラオス鉄道への期待がさまざまな文言で語られている。例えば、「中国・ASEAN自由貿易地域の建設がさらに促進される」「中国主導の協力プロジェクトであるこの鉄道の開通で、東南アジアの経済発展に新たな風を吹き込むことができる」といったような内容だ。


大量・高速の輸送手段がなかったラオスにとって、鉄道の開通が同国の経済・社会の発展に寄与することは間違いないだろう。ただ、ラオスがいわゆる「人民元経済」に過度な形で取り込まれることが、ASEAN10カ国が考える未来と合致するのかどうか気になるところだ。

中国が打ち出す「一帯一路」計画には、鉄道をさらに南方へ延伸してタイ、マレーシア、シンガポールを結ぶ考えもある。「中国ラオス鉄道はその第一歩」という論調も多いが、マレーシアの首都クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道については2020年末、マレーシア政府が財政難を理由として正式に断念した。

コロナ禍の中、「中国初の国際鉄道」が開通しても、持てる機能を全面発揮するまでにはまだ時間がかかりそうだ。だが、中国が東南アジアの「より中枢」へと勢力を伸ばそうとする動きは引き続き注視すべきだろう。