一枚の葉っぱに表現された世界に、自分の思いを重ねる人。技術の精巧さに感嘆する人――。『いつでも君のそばにいる 小さなちいさな優しい世界
』(講談社刊)を上梓した、葉っぱ切り絵アーティスト・リトさんの作品は多くの人々を惹きつけてやみません。


リト@葉っぱ切り絵さんの作品

しかし、リトさんは最初から成功したわけではありません。社会人時代は仕事がうまくいかず悩む日々。発達障害の診断を受けたのを機に、サラリーマンを辞めて今の葉っぱアートの道を切り開いてきました。成功の秘訣は、発達障害という“弱点”を“強み”に変えたこと。どのようにして今の道に出会ったのか、軌跡をたどります。

リト@葉っぱ切り絵さんインタビュー。弱点を強みに変えるコツとは?



●ミスの多い自分に悩んできたサラリーマン時代



「幼少時から大学生までは至って普通の、どこにでもいる『抜けたヤツ』でした。今思えばなんでも器用にこなす弟と違って、どこか要領が悪かった。でも、そんな自分自身が嫌で思い悩むことはありませんでした」

でもそれも学生時代まで。新卒で入った会社は寿司店のテイクアウト事業部で、自分の要領の悪さにいやおうなく気づかされるようになったそう。

「たとえば、一度マグロを切って並べる作業に入り込んでしまうと、もう完全に自分の世界しか見えなくなり、周りの状況が見えてこない。いつの間にかお客さんが増えて慌ただしくなっても、周りから見れば、僕はお構いなしで作業している空気の読めないヤツ。『仕込みなんかいいから先にこっちを手伝ってよ』と言われてからハッと気づくありさまです」


リト@葉っぱ切り絵さん

「急に指摘されてわたわたしていると、『いいから早くやれ!』と次なる怒声が飛んできて、さらに委縮。一事が万事この調子なので、同期はどんどん副店長、店長へと昇格していくのに僕だけずっと下っ端のまま。ミスしては怒られることにおびえ、みんなのあとをオロオロついていく…そんな日々でした」

新卒から7年後、テイクアウト事業から回転寿司事業部に異動し、同じ寿司店でも180度仕事内容が違う業務についたリトさん。右のお客さんから注文を受けてつくっていると、不意に左にいるお客さんからも注文を受ける。四方八方から注文や指示が飛び、それに対応するには、二つ、三つの作業を同時並行しなければなりません。

「一つのことにじっくり取り組みたい僕にとっては、同時並行は至難の業。最初の3か月で『もう無理』と思って、退職届けを出しました。部署異動していなければ、仕事に自信が持てないまま、ずるずるとサラリーマンを続けていたかもしれませんね」

複数の違うことを同時進行する仕事には向いていないと悟り、次は、毎日安定したペースで作業できそうな工場勤務を選択。

「夜中まで残業して、黙々と単純作業をする仕事は、思いのほか精神的にきつかった。普段会話もなくコミュニケーションが取れていないだけに、ミスして怒られたときの冷たさも半端ない。3か月ほど働いて退職しました」

その後、和菓子の販売の仕事に就くものの、やはりミスはなくならず、自己嫌悪に陥ります。

「30歳を過ぎても失敗して怒られてばかり。なぜこれほど仕事ができないのか…。ほとほと悩みながらインターネットで調べてみると、自分が『ADHD』という発達障害の特性にすべて該当することが発覚したんですよね。仕事でよく指摘されていた、ケアレスミスを繰り返してしまう注意力不足も、特性の一つ。今までハローワークで仕事を探していましたが、そもそも生き方から考えないといけなかったんだ! そう気づいた瞬間でした」

●発達障害の“お墨つき”を得て、次の道へと



すぐにメンタルクリニックや地元の市民病院に行って、診断をもらったというリトさん。そのときの気持ちは、「ホッとした」そうです。

「仕事ができないのは脳の障害のせいだとわかり、自分の努力不足じゃなかったんだ、とホッとしました。診断をもらえなかったら、自分をさらに追いつめていたと思います。これ以上苦しまないためにも、ADHDの証明が欲しかったんですよね。


辞める決断もつきました。今の仕事を5年10年続けても、脳に欠陥がある状態では伸びていくのは難しい。それよりは、自分に合う仕事をこれから探した方が建設的だし幸せに生きられるだろうと。ようやく踏ん切りがつき、一年間勤め上げた時点で、障害を理由に辞めました」

とはいえ、「自分に合う仕事」はそう簡単に見つかりません。障害者手帳を取り、ハローワークインターネットサービスの求人情報検索で障碍者雇用を検索するも、ヒットする求人情報は僅か3件のみ。それも身体的障害者向けの求人ばかりで、ADHDに配慮された求人は皆無でした。

「絶望的でした。障害者雇用をしていない企業の面接を受けて、自分がADHDだとカミングアウトしたところで採用してもらえる気もしない。自信を持ってPRできることもない。サラリーマンにも向いていなければ、一つの作業に集中していい職人仕事も、ハローワークでは募集していないし、今から職人に弟子入りすることも難しい。つまり、正攻法で就職活動をするのは無理だと気づいたんです」

●誰にでもわかりやすくADHDについてSNSで発信


そこでリトさんは、発達障害をカミングアウトして活動することを決意。Twitterのアカウントを取り、「リト@ADHD」として毎日、ADHDについて発信するようになりました。

「障害にまつわる悩みや専門書に記載された発達障害の解説を小学生でもわかるようにかみ砕いて140文字で投稿しました。発達障害の“あるある”なども含め、毎日発信していきました。多くの人が読んでくれたら、自分や発達障害についての理解も深まり、それが就職活動の助けになると思ったんです。始めてみると、同じ悩みを持っている人が多かったのか、フォロワー数はどんどん増え、気づいたときには1500人になっていました」

ところが、仕事を辞めて家にいる日々は、失敗して怒られることもない。障害の悩みを書こうにも早々にネタが尽きてしまい、早々に方向転換を迫られます。


リト@葉っぱ切り絵さんが描いた初めてのボールペンイラスト

「思案していたある日、たまたま、紙いっぱいにボールペンを使って絵を描きました。僕は昔から絵が得意な方ではないのですが、一度始めたらのめり込んでしまう集中力があるので、一週間かけて細かく色を塗って描き上げてTwitterにUP。すると、『素晴らしい』『これでグッズをつくってほしい』と、思ったより反響がよかったんです」

この道なら食べて行けるかもしれない!

ようやく光明を感じて、2作目、3作目と次々に描いては投稿。ボールペンで描くイラストから、真っ黒なスクラッチ面を削ってイラストを完成するスクラッチアート、粘土、切り絵などそのときに話題のアートなどを調べては次々と投稿していきました。

●プレッシャーの中、出合った「葉っぱ切り絵アート」



評判はいい。だけど、切り絵は1作品をつくるのに1週間、1か月かけても見てもらえるのは僅か数秒程度。さらに、既に切り絵で食べている人は多く、その中で新参者のリトさんが勝負して生き残るには難易度が高いのではないかと考えたそう。

「気がつけば、会社を辞めて半年。実家住まいとはいえ、僕は貯金もない。とにかく失業手当が出ている300日の間で自分が行ける仕事を見つけなければいけなかったんですよね。それがダメなら、諦めて会社員に戻るしか道はない。そんなプレッシャーの中、『切り絵 種類』で検索して出合ったのが、葉っぱ切り絵だったんです」

紆余曲折の末、今の仕事となる葉っぱ切り絵に出合ったリトさん。行き着くまでは、悩みながらも常に前を向いて行動してきました。発達障害の診断を受ける、失業手当の制度を調べる、発達障害の勉強をして発信する、そして自分の弱点となる“集中しすぎる”習性をアートに生かしてみる。


ダメと思ったら潔く次の道へと模索しながら切り替えていく。「諦めないでよかった」とほほ笑むリトさんの傍らには、葉っぱ切り絵の作品集が光っていました。

<撮影/新山貴一(ブロウアップ) 取材・文/桜田容子>

●【リト@葉っぱ切り絵さん】



葉っぱ切り絵アーティスト。Instagram(@lito_leafart
)やTwitter(@lito_leafart
)に毎日のように投稿する葉っぱ切り絵が注目され、国内外のメディアで紹介。また、個展で販売される作品は、即完売する人気。その作品は近著に作品集『葉っぱ切り絵コレクション いつでも君のそばにいる 小さなちいさな優しい世界
』(講談社)がある。