ファンタジスタ×監督(4)
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 アルゼンチン人マルセロ・ガジャルド(45歳)は、すでにファンタジスタとしてより、監督としての名声のほうが広まっているかもしれない。

 リーベルプレートを率いて2018、2019年と、2年連続で南米年間最優秀監督賞を受賞。リベルタドーレス杯で2度の優勝タイトルも燦然と輝くが、特筆すべきはプレースタイルだろう。ボールをどんどん動かし、スペースを作って、鮮やかに相手の裏を取り、意気盛んにゴールへ迫る戦い方には、サッカーの本質的な美しさがある。ファンタジーを作り出せる手腕は本物だ。

「不調のレアル・マドリード。(フロレンティーノ・)ペレス会長は(ジネディーヌ・)ジダンの後任として、ガジャルドをリストに入れた」

 今年1月、そんな記事が世界を駆け巡った。いまだ欧州に渡っていない最後の南米の名将として、引く手あまただ。

 2月には、ある事実も明るみに出た。

「バルサはガジャルドにラブコールを送っていた!」

 2020年1月、バルサのスポーツディレクターだったエリック・アビダルは、フランス代表時代からガジャルドと友人で、エルネスト・バルベルデ監督(当時)の後任としてオファーを送っていた。この時はガジャルドが「すでにプレシーズンが始まっている。リーベルの監督を離れられない」と断って、後任にはキケ・セティエンが就任することになったという。

 ガジャルドは、<ファンタジスタ×監督>を最も雄弁に体現できているひとりだ。


欧州で最も注目されている南米の監督、マルセロ・ガジャルド(リーベルプレート)

 90年代、ガジャルドはファンタジスタとして頭角を現している。リーベルのエースとしていくつもタイトルを勝ち取り、96年にはリベルタドーレス杯でも優勝。アルゼンチン国内でその名声は高まった。

 当時、アルゼンチン代表は「ポスト・ディエゴ・マラドーナ」の過渡期に入っていた。

 ガジャルドはアリエル・オルテガ、フアン・セバスチャン・ベロンと"跡目を争い"、あるいは共闘した。95年、97年の2度のコパ・アメリカに出場。97年はエースとして出場し、チーム最多の3得点を挙げるが、ベスト8で敗退している。98年フランスワールドカップのメンバーにも選ばれ、日本戦の出場はなかったが、クロアチア、ジャマイカ、イングランド戦などに出場した。

 そして1999−2000シーズンに入団したモナコで、ガジャルドはファンタジスタとして「世界デビュー」した。後にバルサに移籍するリュドヴィク・ジュリとのコンビネーションは抜群で、ダビド・トレゼゲ、マルコ・シモーネというワールドクラスのストライカーを操り、得点を量産させている。チームをリーグアン優勝に導いて、リーグ年間最優秀選手にも選ばれている。

 ラインの間を漂って巧妙にパスを受け、呼吸するように自然にスルーパスを送る。そのキック精度は高く、回転をつけ、足元に収まるボールを蹴ることができた。その姿は優雅だった。

 ガジャルドはその後、ファンタジスタにありがちな衝突も起こしている。新たにモナコの監督に就任したディディエ・デシャンは自由な気風を好まず、スター選手を容赦なく切り捨てていった。そして2003年には、ガジャルドも退団を余儀なくされた。

 26歳になったガジャルドは古巣リーベルに戻ってタイトルを取った後、フランスのパリ・サンジェルマンへ、さらにMLSでファンタジスタとして好待遇で迎えられるも、移籍するたびに下降線を辿っていった。代表でもフアン・ロマン・リケルメ、パブロ・アイマールなどが台頭し、2003年を最後に選ばれていない。

 リーベルで3度目の在籍を経験した後、最後は2011年にウルグアイのナシオナルでプレーし、引退と同時に指導者に転身した。

◆たぶんメッシよりすごかった。マラドーナにあった猛烈なエネルギー>>

「自分は選手時代、サッカーに情熱を感じてきた。はっきり言って感覚的なプレーヤーだった。でも、29、30歳から、なぜこうなるのか、と自問自答して生きるようになった」

 ガジャルドはサッカー観の変化を語っている。キャリアの終盤は、監督となるための素地づくりになっていたのかもしれない。

「監督はいつだって、自らに疑問を投げかける。四六時中、物事を分析し、答えを探そうとする。そういう性分で、それができるのが資質と言えるかもしれない。下した決断が、正しいか、正しくないか。後者ならなぜそうなったのか。延々と思考し続ける。そこで大事なのは真実だ。そこに少しでも嘘が混じっていたら、絶対に答えは導き出せない」

 執拗なほどの探究心は、名将の萌芽と言えるか。

 その気配を感じたのは、南米を代表するファンタジスタだったエンツォ・フランチェスコリだった。自身は監督への就任要請を固辞し続けたが、OBとしてリーベルのGMを引き受け、2014年6月、ラモン・ディアスの後釜としてガジャルドに白羽の矢を立てた。かつてのファンタジスタは、ファンタジーを作り出せる監督の資質を見抜いていたのだ。

 それ以来、ガジャルドは今もリーベルで指揮を取る。欧州での戦いを挑む時は来るのか。契約は2021年12月末までだ。
(つづく)