MBAを取得しても、実務能力や年収のアップにはつながらない理由とは?(写真:jessie/PIXTA)

MBAと中小企業診断士。「社会人が取得したい学位・資格」の定番です。

こうした難関の学位・資格を持っていれば、「ビジネスで成功間違いなし!」と謳う業者も散見しますが、実際はどうなのでしょうか。MBAと中小企業診断士を取得したら、どういう変化が起こるのか。そして真に価値ある学位・資格なのか。最近の事例をもとに、解説していきましょう。

資格取得よりもまず大事なのは「社交性」

先日、私が所属している中小企業診断士の団体が主催する会員向けセミナーに参加したところ、私の座席の斜め後ろに何だか見覚えのある新顔が。

恐る恐る「以前、どこかでご一緒しましたかね?」と尋ねたところ、昔ある大学院のMBAで私の授業を受講していた下山さん(仮名)でした。

名刺交換し、セミナーが始まるまで少し立ち話をしました。下山さんは、東証1部上場のシステム会社に勤務し、50代後半。あと数年で会社を定年になるので、中小企業診断士を取得し、コンサルタントとして独立開業しようと準備中とのことです。

セミナーが終わって、「今後もよろしく」と挨拶しようと後ろを振り返ったところ、すでに姿はありませんでした。私は久しぶりに下山さんとご一緒できて嬉しかったのですが、彼にとって私は「二度と顔を合わせたくなかった先生」、あるいは「さして興味を抱かせない先生」だったのでしょうか。

それはともかく、彼の将来が心配です。下山さんは、業務多忙な中2年間、夜間大学院に通ってMBAを取り、さらに中小企業診断士を取るくらいなので、たいへんな努力家ですし、能力が高いに違いありません。

ただ、能力が高ければ成功するとは限らないのが、ビジネスの難しいところ。黙っていても仕事を与えられる大企業と違って、独立開業すると自分で仕事を受注する必要があります。そして、多くの場合、成否は「能力以外」の要因で決まります。

やはり大切なのが人間関係。能力が第一とはいえ、「大学院ではお世話になりました」「またお目にかかれて嬉しいです」「今後もよろしくお願いします」と挨拶やお世辞の一つも言えない社会性に欠けるコンサルタントとは、あまりお付き合いしたくありません。

やってみなければわからないものの、社会性・積極性に欠けるタイプがいきなり独立開業して成功するのは困難でしょう。

自分の「能力」を過信してはいけない

もちろん、中には能力だけでなく、社会性・積極性もあり、「これはスゴイ」「将来が楽しみ」というMBA・中小企業診断士もたくさんいます。最近、私が相談を受けた事例を2つ紹介しましょう。

ケース1:前田さん(仮名)
現在コンサルティング会社に勤めている前田さんは、MBAで私の「新規事業のマネジメント」という授業を受けました。先日、前田さんから、小売店のDX化を支援する新ビジネスを展開したいので、ビジネスモデルの検証と顧客開拓についてのアドバイスをしてほしい、という相談を受けました。

ケース2:大西さん(仮名)
中小企業診断士の大西さんは、公的機関で診断指導を担当し、2年前に独立開業しました。先日、大西さんから、ビジネスを広げるために公的機関での経験をまとめてビジネス書を出版したいので、企画書についてアドバイスし、出版社を紹介してほしい、という相談を受けました。

こういう、率直に「アドバイスしてください!」と言える積極的で謙虚な人は、人脈とサポートの輪が広がり、成功する確率が高まります(運や根性も必要なので、絶対に成功するとは言い切れませんが)。

ただ数で言うと、冒頭の下山さんタイプのMBA・中小企業診断士のほうが圧倒的に多い印象です。学位・資格の力や自分の能力を過信し、「MBA・中小企業診断士を取った優秀な俺なら成功するはず」「なんとかなるだろう」と安易に考える人が後を絶ちません。

ここまでコンサルタントというやや特殊な職業の事例を紹介しましたが、一般の社会人にとって、MBA・中小企業診断士は意味があるのでしょうか。

私は会社勤務時代にMBAと中小企業診断士を取得し、独立開業後は、産業能率大学大学院でMBAの、中小企業大学校で中小企業診断士の育成に携わってきました。その経験から次のように考えます。

MBA・中小企業診断士に学習面の効果はほとんどなく、収支的には大赤字。ただ、学ぶことは楽しいし、人脈形成には有効」であると。

「実務には役立たない資格」である

まず、MBA・中小企業診断士の学習をしても、マネジメント能力はほとんど高まりません。よくMBAでは最先端の経営技法や経営の秘伝を習得できると信じている方がいますが、古いケースを使ってワイワイ議論しているだけです。

中小企業診断士の学習も、マネジメントの基本をなぞる程度。いずれもビジネス書を読めば学べる内容で、実践の役には立ちません。

以前はMBAの希少価値が高かったので、「MBAを取って転職し、年収が大幅アップ」ということがよくありました。しかし日本国内にMBAが増えて大衆化し、こうした成功例はめっきり減りました(海外のランキング上位校なら話は別)。中小企業診断士が転職に役立つことは、ほぼありません。

一方、MBAを取るには大学院に通うため数百万円の費用かかります。中小企業診断士を取るには受験予備校に数十万円を払いますし、資格維持にも年数万円かかります。したがって、MBAも中小企業診断士も、収支的にはあまり旨味がありません。

ただ、金銭面以外の価値があります。一つは、学ぶことの楽しさです。内容的にはビジネス書を読めばわかることでも、いろいろなバックグラウンドを持つ仲間とディスカッションするのは、知的な刺激があります。仲間と切磋琢磨して成長するというのは、それ自体がかけがえのない体験です。

もう一つは、人脈形成です。社会人大学院や中小企業診断士の研究会には、能力・意欲の高いさまざまなバックグラウンドの社会人が集まります。同じ人脈形成でも、SNSや異業種交流会とは、参加している人の質とつながりの深さがまったく違います。

では、こうしたプラス・マイナスを勘案した場合、社会人はMBAや中小企業診断士を取得すべきでしょうか。

MBAを取ったほうがいい人とは?

近年は、経営戦略の大家ヘンリー・ミンツバーグ『MBAが会社を滅ぼす』や早稲田ビジネススクール・元教授遠藤功『結論を言おう、日本人にMBAはいらない』などMBA批判が盛んです(中小企業診断士も「役に立たない」とよく言われますが、MBAほど批判はありません)。

しかし、私は「リーダーとして活躍したいなら、取得したほうがいい」と考えます。先ほどのメリットの中で、人脈形成の効果が大きいからです。

どんなに優秀な人でも、自分一人でできることには限りがあります。リーダーとして大きな仕事を成し遂げるには、誰がどういう知識・スキルを持っているかという情報(transactive memory、交換記憶と言います)を蓄え、適切な人材を有機的に組み合わせて活用する必要があります。MBAや中小企業診断士での質の高い人脈は、ダイナミックに仕事をするための大きな武器になるのです。

もちろん、下山さんのようにMBA・中小企業診断士を取るだけでは、何の変化も起きません。取った後も、人脈を維持・発展させるための継続的な取り組みが欠かせません。

とかくイメージで良い・悪いと語られることが多いMBA・中小企業診断士。紹介した事例を参考に、リーダーを目指す方にはぜひ挑戦してほしいものです。