東京五輪&パラリンピック
注目アスリート「覚醒の時」
第23回 サッカー・久保建英
王者を翻弄したJリーグ開幕戦(2019年)

 アスリートの「覚醒の時」――。

 それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。

 ただ、その選手に注目し、取材してきた者だからこそ「この時、持っている才能が大きく花開いた」と言える試合や場面に遭遇することがある。

 東京五輪での活躍が期待されるアスリートたちにとって、そのタイミングは果たしていつだったのか……。筆者が思う「その時」を紹介していく――。

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2019年Jリーグ開幕戦、1年前とは別人のようだった久保建英(左)

 2019年2月23日、等々力競技場。川崎フロンターレは、前年度覇者の威厳で、乗り込んできたFC東京を苦しめていた。圧倒的なボール回し。最前線では、小林悠がきわどいシュートを放った。

 だが、FC東京も「15番」を背負った小柄な選手がボールを持つと、空気が変わる。彼がタメを作って、劣勢を挽回。右サイドだけは輝いて見えた。

 久保建英、17歳。覚醒の瞬間だった。

 2019年1月の時点で、久保はサイドアタッカーとして5番手だった。ベンチにすら入らない。FC東京U−23要員だ。

 2018年シーズン、久保は長谷川健太監督の「堅守カウンター」に適応できなかった。そこで、出場機会を求め、アンジェ・ポステコグルー監督が率いる横浜F・マリノスに期限付き移籍。攻撃重視のチームで、デビュー戦のヴィッセル神戸戦でいきなりゴールする運の強さも見せている。しかしながら、実状はほとんどボールに触れられず、コンタクトプレーでは脆(もろ)さを見せていた。

「プロでは通用しない」

 厳しい評価で、案の定、わずか5試合出場に終わっている。

 ところが、2019年開幕戦の久保は別人のようだった。持ち前のパーソナリティで、王者・川崎に怯まないのは変わらなかったが、”戦闘力”が格段に上がっていた。ボールを受け、弾き、運ぶ。そこでの力強さを見せた。今までは体を当てられ、ひしゃげていたが、それを跳ね返し、外す余裕があった。うまいだけではなく、怖い選手に変貌を遂げていたのだ。

「キャンプに合流した時から、雰囲気は違っていました。メンタルだけでなく、体も強くなっていて。それで、技術も生きてきたというか。(久保)建英だからつけられるパスもあって、いないと違うチームですよ」

 同じ日本代表のMF橋本拳人(FC東京)も、チームメイトの変化に驚きを隠せなかった。

 課題とされていた守備面も、久保は改善させていた。規律正しく帰陣し、相手の進路を妨害し、パスコースを消す、という仕事を丹念にこなし、球際では強さを見せた。負けない、というのではない。しばしばその場を制し、右サイドを優勢に持っていったのだ。

「時間の経過とともに、建英のところで時間を作れるようになったと思います」

 試合後の会見で、長谷川監督はやや興奮を帯びた口調で言っている。

「建英は、すべての面で成長したと思います。精神的にも外に出た(横浜FMへの移籍)ことで、子どものメンタルから大人のメンタルになった。昨シーズンまでは、ボールを奪われ、倒されていたりしたところで、(今季は)フィジカル的に強さも見せている。あらめて、この年代の1年の成長のすごさを感じているところで。(ガンバ大阪時代に指導した)堂安律がヨーロッパに行く前のレベルには、すでに到達していると思います。これから、ヨーロッパのクラブから声がかかるんじゃないかと」

 それは、予言的だった。ただ、その成長曲線は思った以上だったのではないか。

 同年4月には、久保は首位を行く東京の主力というより、エースに君臨していた。5月には日本代表に選出され、6月にはコパ・アメリカに出場した代表の主軸となり、18歳でレアル・マドリード移籍を決めた。たった、半年で劇的な変化を遂げたのだ。

 17歳から18歳で、これほどの飛躍を遂げた選手は過去にいない。

 久保のすさまじさは、”変異力”だろう。それは、成長という表現を越えている。同種の個体だが、違った形質が表われ、環境に適応し、その力を最大限に発揮できるのだ。

 久保は幼い頃、バルサ仕込みのサッカーを身につけた。ボールプレーが基本で、相手を引き回すためのオートマチズム。そのこだわりはあっただろう。

 しかし川崎との開幕戦、久保は”バルサ流”をかなぐり捨てていた。バルサで身に付けた技術は生きる糧だが、その戦い方はいくら追い求めても、手に入らない。どんなシステム、戦術であっても、ピッチに立ってプレーすることに、彼は挑んでいた。そのために必要な肉体を仕上げ、スピードさえも上がっていたのだ。

「どんなスタイルでも、チームでもプレーできる選手に」

 久保は、周囲にそう洩らしているという。その剛直さは、とても18歳とは思えない。

 2019−20シーズン、期限付き移籍したマジョルカで、久保は主力の座を奪い、エースになりつつある。コロナ禍の中断前、ベティス、エイバル戦では貴重な得点を記録。ボールを持った時には、有無を言わさぬ凄みがあり、格の違いを見せつけつつあった。

 はたして、久保はどのような変身を遂げるのか。

 書き手として、変異する瞬間に立ち会えたことは僥倖(ぎょうこう)だった。