パセラの提供する全6業態が詰め込まれているカラオケ パセラ AKIBAマルチエンターテインメント(編集部撮影)

「KARAOKE」として世界に通用する日本発祥のアミューズメント、カラオケ。実際の国内のカラオケ市場を見ると、1996年をピークに、カラオケルーム数、カラオケ参加者ともに、ほぼ横ばいあるいは微減が続いている(全国カラオケ事業者協会『カラオケ白書2019』)。市場は成熟状態にあり、かつ今後は人口減少の影響を受けて市場が縮小していくと考えられる。

そんな中、全12事業という多角化の戦略で差別化を図っているのが、パセラを運営するニュートン・サンザグループだ。売上高はグループで283億円(2018年8月期)と、前年より3億円のアップを遂げている。

ここでざっと、同社の歴史をおさらいしておこう。

「汚い」「まずい」「不親切」を払拭

創業者の荻野勝朗氏は学生時代、ゼロから「日本一安いスキー専門店ヴィクトリア」を立ち上げた根っからの経営者である。なお、現在のニュートン・サンザグループはヴィクトリアの経営からは離れており、ヴィクトリアはゼビオホールディングス傘下に入っている。

アミューズメント産業に参入したのが、パチンコ店「グリンピース」を立ち上げた1988年だ。カラオケパセラは、1992年、池袋西口店でスタート。

当時のカラオケ産業は、「汚い」「まずい」「不親切」というイメージが定着していたが、パセラはその正反対のサービスを提供し、業界内で一定の地位を確保してきている。例えば最も力を入れているのが料理で、カラオケボックスの食事と言えば、レンジで温めたスナック程度のものが定番だったが、パセラでは店舗ごとに厨房を設置し、出来たてのものを提供している。

1999年に、バリをコンセプトとしたホテル「バリアン」をオープン、そして2005年にはウェディング事業に乗り出す。

広報を担当している斎藤睦美氏によると、こうした多業種展開は単に市場変動への対応というだけでなく、同社の方針と密接に関わる、特徴と強みなのだそうだ。


ニュートン・サンザグループ広報課の斎藤睦美氏(編集部撮影)

「例えばウェディングなら生涯一度きりですし、ホテルも一度利用したらそれっきりということも多いですよね。当社が目指しているのは、各種のサービスを提供し、人生のさまざまなシーンで利用してもらえる『生涯顧客』をつくっていくことです。

例えば当社のホテルやカラオケ施設を利用してくださったカップルが、次にはウェディングで、次には家族旅行で、といった具合に、一生のお付き合いをいただく、そのようなサービスをご提供するのが当社の理想です」(斎藤氏)

市場をパイに例えるならば、1つを取り合うのではなく、いくつものパイを少しずつかじっていくイメージだろうか。実際のリピート率は、同グループの共通ポイント会員システム「オアシス倶楽部」のデータからも見て取れるそうだ。

事業数の多さによる「強み」を象徴する秋葉原店

では、事業数の多さによる強みとはどのようなものだろうか。1つは繁閑期の人数調整。カラオケなどエンターテインメント系の繁忙期である冬期には、リゾートホテルは逆に閑散期といった具合に、繁閑は業種によってばらばらだ。人手が不足しているところに、余った人材を投入するというのが人数調整だ。

また、他業種を経験することで、仕事の質が向上することも多い。例えばホテルのサービス品質を経験し、本来の業務であるエンタメのサービスに生かすといった具合だ。同社ではグループ内での横軸異動を奨励する意味で「チャレンジ制度」を設けているそうだ。


「安心お宿」のカプセルホテル。自社開発の国産マットを用い、寝心地のよさを確保。京都・名古屋には女性も利用できるカプセルホテルも運営している(編集部撮影)

このように複合的な事業を展開する同社の、象徴とも言える場所が東京・秋葉原にある。カラオケ パセラAKIBAマルチエンターテインメントだ。

1階から9階までのフロアには、カラオケのほか「ハニトーカフェ」や、人気ゲームやアニメなどをテーマとするコラボカフェ、パーティールーム、ライブスペース、レストランなど全6業態がそろっている。

またはす向かいには、同社の新業態である<人工温泉大浴場付き豪華カプセルホテル「安心お宿」>もある。

ちなみに「ハニトーカフェ」とは、カラオケパセラのシンボルともいえる「ハニートースト」を提供するカフェだ。


今年も注文ランキングでは1位だったという、不動のハニトー「完熟チョコバナナハニトー」890円(写真:ニュートン・サンザグループ)

ハニトーは1斤丸ごとの食パンをくり抜いて、バターや蜂蜜を塗り、さらにクリーム、アイスクリーム、チョコレートなどを詰め込んだ、カロリーのるつぼのようなスイーツだ。

日頃はダイエットを気にする女性も、パセラに行ったら食べずにはいられない。それほどクセになる味のようで、1つを1人で平らげる人も少なくないという。グループのレストランや施設ならどこでも食べることができ、月間約1万3000個の注文があるそうだ。

その中でも、AKIBAマルチエンターテインメントと大阪天王寺店の2店舗では、ハニトーカフェで焼いたできたてのパンでハニトーが食べられるとあって、ハニトーファンやインバウンドに人気とのこと。

「ママ会」の利用が増えている

カラオケルームは全40室あり、それぞれコンセプトごとに、特別な内装が設えられている。これには大きな理由がある。斎藤氏によると、最近のカラオケ利用の大きな特徴が「歌わない」ことなのだそうだ。


ボードゲームを無料で貸し出している(編集部撮影)

パセラでは近年、『歌わない』プランを充実させており、全利用のうち、6割が『歌わない』プランでのご利用です」(斎藤氏)

同店では歌わない利用のために、ボードゲームを無料で貸し出している。また、DVDなどの持ち込みもOKだそうだ。そして歌わない利用の増加とともに、利用時間帯も夜間から昼間へと移動してきているようだ。

とくに増えているのがママ会の利用で、月間約6000組が利用しているという。ママ会向けには、子どもが遊んだり昼寝したりできるよう、座敷やフラットシートに仕立てられているママ向けルームのほか、おむつ、お湯、おもちゃや子ども用食器など、かゆいところに手の届くサービスを備えている。

もっともシンプルなワンドリンクプランは1人当たり30分300円だが、そのほか料理や飲み放題付きのコースプランも用意されており、人気なのは平日昼間、5時間3280円のコースだそうだ。


ママ会向けには、子どもが思いきり飛び回っても安心のキッズスペース付きのルームも(編集部撮影)

カラオケをしないで何をしているかというと、おしゃべりです。子育てでは吐き出せないものがたまっていきますよね。ママ同士でグチを言い合いたいのですが、子どもが騒いで人に迷惑をかけるのではということで、集まる場所がなかなかないんです。

その点、周囲を気にしなくていいカラオケルームは最適なわけです。時間が5時間と長いのも、食べさせたり、寝かしたりの世話をしながらなので、どうしても時間がかかるからです」(斎藤氏)

このママ会ニーズはまだまだ発掘の余地があると同社では見ているようだ。

2019年7月にオープンしたホテルパセラリビング東新宿でも5時間1万8000円などのママ会プランを用意している。リビング付きで、自宅のようにくつろげるというのが同ホテルのコンセプト。

ホテルが稼働しない昼間の時間帯を活用した時間貸しで、いわば1つの施設でホテル、レンタルスペースの2業態を展開するわけだ。周辺に「バリアン」などのホテルを有し、清掃業者のルートを活用できるなど、多角経営する同社だからこそ利益を見込むことができる事業といえるだろう。

「サムライ・ロック・レストラン」とは?

さて、今回訪ねたAKIBAマルチエンターテインメントにおいて、最近もっとも熱いスポットとなっているのが、7階のイベント・ライブスペース「パームス」だ。貸し切り運営するほか、現在は2つの団体の定期公演に貸し出している。


サムライ・ロック・レストランの公演。息づかいが感じられるほど間近で、トップアスリートの技を楽しめる(編集部撮影)

そのうちの1つが、毎週水曜日の夜に公演を行う「サムライ・ロック・レストラン」だ。

ここでは、元体操選手で跳び箱世界記録保持者である池谷直樹氏が率いるアクロバット・ミュージカル集団「サムライ・ロック・オーケストラ」(SRO)との、コラボ公演を開催。体操、バトンワーリング、ダンスなど各ジャンルのトップアスリートによる妙技を食事とともに楽しむことができる。

池谷氏がSROを立ち上げたのは、1つにはアスリートのセカンドキャリアの支援。また東日本震災を経験した日本を、パフォーマンスを通じて元気にしたいという強い思いがあった。定期的に公演を開催するサムライ・ロック・レストランにも期待をかけているという。


「海外ではシルク・ドゥ・ソレイユのようなアスリートのセカンドキャリアを応援するシステムがあるが、日本にはない。サムライ・ロック・レストランを通じてそうした文化を広げていきたい」と池谷氏(編集部撮影)

サムライ・ロック・レストランのために池谷氏が組み立てたプログラムは、もともとインバウンドを意識しているだけに、大太鼓の演奏や着物、殺陣をイメージしたパフォーマンスなど、和が強く感じられるものだ。

しかし、観客が参加できるゲームもあり、日本人にとっても新鮮な目で和を楽しめる公演となっている。何より、オリンピック選手級の技を、息づかいが感じられるほどの距離で味わうことができる。

取材日にはたまたま、ある企業による貸し切り公演が開催されていた。金融系の企業による、成績優秀者に対する報償食事会だとのこと。主催企業の担当者は「本当に元気が出るようなパフォーマンスで、社員も『もっと頑張ろう』という気持ちになれたと思う」と感想を述べていた。

価格はフード・ドリンク用のチケット付きで6500〜8000円。公演後にキャストがお姫様だっこをしてくれるプランも受け付けている。

同社はメイン事業であるカラオケが国内16店舗と、決して大手とは言えない。ビジネスモデルも突き詰めれば「顧客目線」と、いたって普通だ。しかし「女子会」「ママ会」などの新しいサービスで知名度を確保し、その知名度にふさわしいサービス品質を維持しているのが強みとなっている。多角運営企業ならでの柔軟性、人材育成制度にその秘密がありそうだ。