美空ひばりの声とジャイアンリサイタルの違い
※本稿は、山森隼人『美しい声になる歌がうまくなる奇跡の3ステップmethod』(光文社)の一部を再編集したものです。
■いい声って、どんな声?
ふと耳に入ってきた声が「いい声だな」と感じる経験は、誰にでもあると思います。テレビやステレオから流れてきた歌声だったり、ニュースを読み上げるアナウンサーの声だったり、または、デパートのアナウンスやイベントの司会の声やたまたま喫茶店で隣に座った人たちの話し声など、私たちはいつも耳からたくさんの声を取りいれています。
人が、「いい声だな」と感じるのは、一体どんな声でしょうか。
私は、聞き手に「いい声だな」と感じさせるための条件は3つあると思っています。
一つ目は、「鼻腔が鳴っているか」。つまり、声が喉(のど)ではなく、鼻で響いていること。
二つ目は、「30%ルールで吐けているか」。一瞬で吐き切る強いため息の状態を100%とすると、歌うときは概ね30%の息の量を維持できている状態が理想です。つまり、吐く息の強さと量が常に一定であること。
三つ目は、「テンポにのっているか」。つまり、話し方にリズムがあること。
これらのうち、今回は一つ目の「鼻鳴り」について、お話ししていきましょう。
■「いい声」の人は喉以外の場所を使っている
「いい声だな」と人に感じさせるための3つの条件のうち、最も大事なのは、「どこで声が響いているか」ということです。
「声がどこで響いているか」ということについて、考えたことがありますか。声は口から発せられますから、「口の中や喉が響いているのではないか」と考える人が多いのではないでしょうか。
実際に、人間の発声を分析してみると、多くの人が喉のあたりから声を出しています。もっと正確にいうと、喉を響かせて声を出しています。
でも、喉を響かせて声を出しているうちは、人に「いい声だ」と思ってもらえるのは困難です。喉を使って響かせるのではなく、鼻を使って響かせるようにしなければならないのです。
人の好みはさまざまで、もちろん喉を響かせた表現も魅力的かもしれませんが、もっと効率がよいのは体の構造上、鼻、より正確にいうと、鼻腔という空間を響かせる方が効率的で簡単に魅力的な声になります。
私たちは、喉を使って響かせることを「喉鳴り」、鼻を使って響かせることを「鼻鳴り」と呼びます。
なぜ、喉鳴りよりも鼻鳴りの方が良いのか。それをご説明する前に、まずはわかりやすく、誰でも知っている歌手の歌い方を思い出してみましょう。
■美空ひばりとジャイアンの歌声は何が違うのか
思い出してほしいのは、美空ひばりさんです。DVDでもYouTubeでも、彼女が歌っているシーンをちょっと見てみてください。
彼女の歌声を聞くと、どんなことに気づきますか? 特に、「どこで声が響いているのか」ということに注目して聞いてみると、彼女の鼻のあたりで声がボワ〜ンと響いていることに気づきませんか。
そう、これが「鼻鳴り」です。喉や首のあたりの筋肉の緊張がほとんどなく、安定した響きを生みだしながら歌っていますね。歌だけでなく、彼女がお話しされている時にも注目して下さい。やはり鼻腔が響いていて、口から出ていく呼気の量も一定になっていると感じられると思います。
これに対して、イメージとしてわかりやすいのが、ジャイアンです。アニメ「ドラえもん」に出てくるジャイアンは、いつもリサイタルと称して、がなりたてています。でも、ただ大きな声を出しているだけで耳触りが非常に悪く、のび太やドラえもんは頭を抱えて逃げ回っていますよね。
ジャイアンの歌声こそ、「喉鳴り」の典型です。
■“声がよく通る”人の共通点とは
ちょっと専門的になりますが、ジャイアンの歴代声優の方は歌のシーンで喉鳴りを意図的に行っていらっしゃると思います。私がプロの声優にトレーニングを行うときにも、曲のキャラクターやシーンに応じて、喉や胸を鳴らすことと、鼻腔を響かせることの使い分けができるように指導させて頂いています。
いい声とは、喉で響く「喉鳴り」ではなく、鼻で響く「鼻鳴り」です。では、鼻鳴りとは一体どういうことでしょう。どうやったら、鼻鳴りの声を出すことができるのでしょう。
たとえば、それほど大きな声を出しているわけでもないのに、どんなシーンでも声が響く人っていますよね。声に抜け感や透明感があって、どことなく丸みもある感じがします。
ある程度は、生まれ持った素質が関係しているのかもしれません。しかし、それだけではありません。そういう声の持ち主は、声自体に特徴があるというよりも、声の出し方や響かせ方に特徴があるのです。
■体内にある「からっぽの空間」で声を発している
人間が声を出す時には、ダイレクトに「音」を発しているのではありません。体の中で、自分の声を反響させて、外に伝えています。
自分の体内で声を反響させることを「共鳴」といい、体の中で声が反響する空洞部分のことを「共鳴腔(きょうめいこう)」といいます。つまり、体内の共鳴腔で反響した音が外に伝わっているのです。
わかりやすいたとえとして管楽器を思い浮かべてみて下さい。トランペットでも、フルートでも、クラリネットでも、なんでもいいです。
それらの楽器は、「管楽器」という名の通り、「管」、つまり、「くだ」の状態になっていますよね。トランペットなら金属製、クラリネットやフルートなら木製が一般的ですが、それぞれ、筒の内部はからっぽです。そのからっぽの空間で、音を響かせて演奏します。
歌も楽器のように、どのように効率的に響かせるかということが肝心なのです。
たとえば、両手を叩く時に、適当に手をパシパシ叩くだけなのと、手のひらを少し丸くしてくぼみを作り、パーンと叩き合わせるのとでは、音の響きに違いがありますよね。手の中に空間があった方が、パーンと、気持ちよく響くはずです。つまり、空間がなければどんな音も響かせることができないのです。
人間の体もこれと同じ。体内にあるからっぽの空間(=共鳴腔)で、声を響かせ、外に発しているのです。
■口の周辺にある1番大きな空洞といえば?
人間の声は、声帯が振動を起こすことで作られ、共鳴腔で共鳴することで倍音が生まれ、大きくなります。倍音とは、実際に鳴っている音の2〜4倍、周波数の高い音のこと。倍音が多い声は明るく響き、倍音が少ない声は通りがよくない、こもった声になりがちです。
体の中には、たくさんの共鳴腔があります。通常は、口の中や喉、鼻腔など、からっぽの空間を使って人間は音を響かせています。この共鳴腔にはそれぞれの役割があって、主に次のように分類されています。
1、咽頭腔
声帯の上にある空間。共鳴腔として一番最初に機能する
2、口腔
口のなかにある空間。吐く息が出ていくエリアであり、感覚を育てていけばコントロールしやすい
3、鼻腔
鼻の奥にある空間。特に裏声やナ行、マ行、「ン」など母音の「N」の音、裏声を出す時に共鳴させやすい
図表をみてもわかるように、口の周りには3つの空洞がありますが、このなかで、一番大きなものはなんでしょう?
鼻腔ですよね。つまり、鼻腔が最も大きな空洞であり、力みなどにより空間が狭くなりやすい、咽頭腔や口腔で響きを生み出そうとするより、ここを効果的に使うことで、声はもっとよく響き、いい声になるのです。
■「ん」と「N」をそれぞれ発音してみよう
結論から先にお伝えすると「ん」ではなく、「N」を発音した時の響きを利用していい声を作ります。
「『ん』と『N』の発音は同じじゃないの?」そう思われるかもしれませんが、ひらがなの「ん」を意識して発音すると喉が締まって硬い印象の音になり、英語の「N」を発音してからその音を伸ばして維持してみると、喉がリラックスして温かい印象の音になっていると思います。
先ほど、鼻腔は「ナ行、マ行や裏声の音を使う際に共鳴させやすい」とお話ししました。鼻腔で響かせることの大切さをもっとよく理解して頂くために、ぜひ玉置浩二さんの歌を聞いてみて下さい。
私が歌手のトレーニングを行う際に、よく、課題曲として使うものに、玉置浩二さんの『メロディー』があります。1996年に発売された曲ですが、いまだに多くの人に親しまれている名曲です。
「Nの響き」に注意して、玉置さんの歌を聞いてみてください。声にまったく濁りがなく、低い音程でも丸みがあり、とても響いていることに気づきませんか。試しに、ご自分で「ん」と発音してみてください。その時、喉はぎゅっと閉じて、絞り出すように発音していませんか?
これが「喉鳴り」の「ん」。
■玉置浩二の「ん」はなぜやさしく響くのか
でも、玉置さんは鼻からたっぷり息を出し、鼻腔を上手に使って響かせているので、同じ「ん」でも、平仮名の「ん」ではなく「Nの響き」を感じることができると思います。心地いい響きを作り出すには「ん」から卒業して「Nの響き」を常に利用しながら声を出すと簡単です。
反対に母音の「い」は喉が締まり、鼻腔が使えずに響きを失いやすい音です。特に、プロの歌手でも高音の「い」を発音しづらいという人は少なくありません。
これは、「い」と発音する時には、無意識に口の両端を引っ張り、舌にも力が入ってしまうからで、そうすると喉も連動してキュッと細く閉じてしまうのです。
鼻の奥にある空洞を意識しながら発音してみると、まったく違った響きの音を出せるでしょう。「い」ではなく「Nー」、つまり「んーんに」と「N」で鼻から息を吐きながら「I」へとゆっくり移行してみると、その違いがわかりやすいと思います。
■母音を響かせればいい声、いい歌声になれる
よく、「いい声は自己流では出せない」と言われます。確かに声を出すことは毎日、誰もが無意識のうちに行っていることですから、自分のクセや習性に気づき、それを一つ一つ直していくことは、とても大変です。
でも逆にいえば、ほとんどの人がそうした気づきを持っていないからこそ、声の出し方の意識を少し変えるだけで、「あの人、いい声だね」と言われるようになるのです。
私は普段、プロの方に「Vowel Equalization」という、母音を同一化するトレーニングを指導させて頂いていますが、これができるようになると、常に母音の響きを損なわずに効率的に言葉を発音することができるようになります。
重要なポイントとして、私たちは歌やお話を聞く際に、ほとんどの時間は「あ、い、う、え、お」の母音を聞いています。「か」の時の子音の「K」を発音する時間は非常に短く、ほとんどの時間、「K」よりも「A」の音を聞いているのです。
つまり、母音を常に効率よく響かせることが、安定した発声には不可欠なのです。
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山森 隼人(やまもり・はやと)
ボーカル・ボイストレーナー
ヴィジュアル系ロックバンド「DuelJewel」のボーカルとして約20年間にわたり国内外でのライブを精力的に行うが、声のコントロールが効かなくなる「機能性発声障害」を発症し、2016年解散。その後発声についての研究と独自のリハビリトレーニングを行い、完治。19年にバンドを復活する。発声に関する悩みを抱えるアーティストをサポートするため「Re ボーカルコーチング」を発足。多くのアーティストのステージ復帰を実現している。
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(ボーカル・ボイストレーナー 山森 隼人)