「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」は、とりわけ出雲の人たちに愛されている(撮影:松本真由美)

2017年6月17日に運行を開始したJR西日本の豪華列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」は大阪、京都を拠点に山陽、山陰をめぐるコースを走り、約2年が経過した現在でも非常に高い人気を保っている。乗車のためには高倍率の抽選をくぐり抜けなければならない。

風光明媚な車窓を愛でつつ鉄道の旅を楽しみ、沿線の人気観光地では下車して観光するという旅行スタイルは、JR九州の「ななつ星in九州」やJR東日本の「TRAIN SUITE 四季島」も同じである。各社の贅を尽くしたサービスはそれぞれ個性的だが、列車の停車駅や観光地における歓迎ぶりもまた、見比べてみると土地柄がにじみ出ていて面白い。

とくに西日本の人は「人懐こい」といわれており、「瑞風」を迎え入れる土地での歓迎は、とりわけ熱心なように思える。そこには観光振興への思惑もあって当然なのだが、中には「観光客が落としてくれるお金」の域を超えて、地域の活性化のために豪華列車を活用している例もある。松江市宍道町がまさにその好例であろう。

単なる「乗り換え地」に終わらせない

宍道町は「平成の大合併」によって、2005年に松江市の一部となったと所。地名の通り、宍道湖のほとりの町ではあるが、松江城や出雲大社のような全国的に著名な観光地があるわけではない。町はJR宍道駅を中心に広がる。


出雲平野を走る「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」。この平野の一角で、独特な歓迎を受けている(撮影:松本真由美)

宍道駅は山陰本線と木次線の分岐駅で、特急「やくも」なども停車する、出雲地方の主要駅の1つではあるが、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の停車駅となったのは、奥出雲地方への玄関口に当たるため。「立ち寄り観光地」の1つに奥出雲の「たたら製鉄」の遺構である菅谷たたら山内や須賀神社などが取り上げられ、バスへの乗り換え地点として、10両もの編成が停まれる長いホームを持つ宍道が選ばれたのだ。

2019年4月現在、いくつかあるコースのうち2泊3日の「山陽・山陰コース」の2日目。月3回程度、木曜日の朝8時22分に、「瑞風」は宍道に到着する。乗客は駅前で待機している専用バス(瑞風バス)に乗り換えて奥出雲へ向かう。列車は松江へ回送され、夕方、戻ってくる乗客を待つ。


地元の高校生が、記念撮影のボランティアを行っている(写真:松江市宍道支所提供)

言ってしまえば宍道は、交通の便がいいなど諸条件に恵まれたことから、たまたま「乗り換え地」となったにすぎない。宍道町自体は目的地ではない。

しかし、今では「瑞風」の停車日が町の人たちに心待ちにされている。保育園児から年配の方々までが集まり、定番ともいえる小旗を振っての歓迎はもちろんだが、武者や神話の登場人物に扮しての出迎えや、地元の宍道高校の生徒による「撮りますボランティア」(シャッターを押すサービス)なども、乗り換えが終わりバスが出発するまでの、わずか十数分の間に展開される。

停車日は住民交流の機会に

すごいのはそこからで、バスが出発し列車が回送されて去っても、集まった人たちは解散しない。宍道駅前には、2016年に新築完成した松江市宍道支所・宍道公民館の複合施設があるが、そこへ移動し茶話会が始まる。施設を利用したカフェが「瑞風」の停車日には開かれ、住民交流の機会が提供されているのだ。


「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」を見送った人々は、そのまま茶話会を開く(写真:松江市宍道支所提供)

つまり、宍道にやってくる「瑞風」を受け身の立場で歓迎するだけではなく、むしろ積極的に活用し、自分たちの地域を盛り上げるためのチャンスとして利用している。それまでになかった豪華列車が地元の町に停車するようになったという大きな出来事を契機に、観光客のおもてなしだけに終わらず、町としての一体感の醸成に役立てられているのだ。

いつも来る人の姿が見えないと「体調を崩したのではないかねえ?」と、お互い声を掛け合っているそうだ。「『瑞風』が来る日に駅へ行けば、地域の人たちに会える」との意識が生まれたのである。

こうした活動にも、最初はやはり”上からの働きかけ”があったという。「せっかく『TWILIGHT EXPRESS 瑞風』が走り始めるのだから」という意識であり、JR西日本サイドも乗客をもてなしてくれるのなら歓迎という姿勢だった。それが今では「自分たちの楽しみ」として、もっと運行(停車)回数を増やしてほしいとの要望まで寄せられるようにすらなったと、JR西日本は言う。


宍道駅前に掲げられている横断幕(筆者撮影)

JR宍道駅自体は、1909年の開業時から残る駅舎を「瑞風」停車を機にリニューアルした。110年の歴史を感じさせる貴重な木造駅舎であるが、設備など基本的な構造は現在も変わりなく、装飾なども、他の停車駅と比べて格別、豪華というわけではない。しかしそこから、当初の思惑など大きく越えた現在のような地域交流へと独自の発展を遂げたのは、ちょうどタイミングよく、新しい宍道支所の建物が完成し、交流の場が駅前にできたことも大きいと、同支所の地域振興課で聞いた。

この支所の前にはコミュニティバスのターミナルも設けられており、町の核として育てようという松江市の方針もうかがえる。それと「瑞風」がうまく合致したのだが、やはり駅前にあればこそであった。これが駅から離れた場所だと、うまくはいかなかっただろう。

クルーと町民の「交流会」に発展

さらに、町の側の歓迎ぶりは、JR西日本の「感謝」を呼んだという。乗客は運行ごとに変わるが、「瑞風」を運行するクルーは、ある程度、固定されたメンバーが毎回やってくる。回送として宍道を発車する時、最後尾の展望デッキにクルーが集まって、町の人たちと手を振り合うことが恒例行事となっているが、それだけにとどまらない交流も生まれている。


列車が回送で出発する時は、クルーと手を振り合うのが「定番」のお見送りになっている(写真:松江市宍道支所提供)

最初はJR西日本から「何か、お礼をしたい」と松江市へ意向が示されたとのことだ。そこから自然発生的に進歩。今はクルーが乗務の合間に宍道町を訪れて、町民との「交流会」がしばしば行われている。

2019年1月29日に開催された交流会では、宍道公民館に運転士、車掌や客室クルーと町の人が集まり、宍道高校生の活動報告や、クルーからの列車の紹介、質疑応答タイム、車内演奏家による演奏などが行われた。その後、クルーは宍道小学校やしんじ幼保園も訪問。同じく子どもたちとの交流を深めている。

「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」のコンセプトとして、地域の観光資源を活性化し、鉄道会社としての実利だけではなく、地域の振興にも資するということが、最初からうたわれている。これは各社の豪華列車(クルーズトレイン)に共通するが、とりわけJR西日本にその傾向が強いことは、観光地ではない宍道町との交流を見て感じるところである。


町の人とクルーとの交流会。「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の紹介も行われ、子どもたちの夢をかきたてている(写真:松江市宍道支所提供)

もちろん、地域にとっても観光資源をアピールし、観光振興を図ることによって、実利を得ることも重要だ。宍道支所の地域振興課も、もちろん行政の当然の方針として、地元の産品の売り込みを図っていきたいとしている。しかし、あからさまに「お金を落としてほしい」という姿勢を見せるだけでは、これまでの、ほかの観光地と何ら変わるところはない。

この町の姿勢は、意図された”仕掛け”としてではなく、ナチュラルに「瑞風」の乗客に宍道町、出雲地方を好きになってほしいというものだ。ある意味、乗客の代表であるクルーとの交流が、それを示している。

そして同時に、町の人々も「瑞風」が大好きだという姿勢を示し、この列車を町の誇りとしている。地域のプロスポーツなどがわかりやすい例かと思うが、お互いがお互いのファンであることが「盛り上がり」につながるものだと思う。

「列車」ならではの効用

1本の豪華列車が停車するだけで、地域の人々が老若男女関係なく、定期的に駅に集い、楽しむ場が出来上がっている。


「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」停車日には、老若男女が駅に集まって歓迎する(写真:松江市宍道支所提供)

宍道駅前には旗振り役はとくにいない。現在の集まりは、あくまで自然発生的なもので、地域に存在する公的私的さまざまな組織がそれに参加している。しかも、列車は決まった日、決まった時刻にやってくる。ダイヤや周遊コースの変更がない限り、「その日限りの、一時的なイベント」には終わらない。公共交通機関でもある、鉄道の効用の1つだろう。

少なくとも宍道町では、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」は「近寄りがたい、自分たちの生活とは関係ない列車であり、乗客たち」では決してない。もちろん、ただの”金づる”とも思っていない。単純なことだが、素直な「ああ、素敵だな」という気持ちが、相手も自らも奮い立たせるものだと、この町では強く感じる。