アップルの成功は「意識低い系マーケティング」にあった? 写真は2017年9月、故スティーブ・ジョブズ氏の映像を背景に講演するティム・クック最高経営責任者(写真:時事通信フォト)

ヒット商品はどうしたら作れるのでしょうか――。大企業ほどマーケティングを重視しお金をかけていますが、そのすべてが当たるわけではありません。約25年間、情報誌やトレンド雑誌の記者をしてきた小口覺氏が著書『ちょいバカ戦略』より、ヒット商品の共通点について解説します。

ヒット商品に共通するのは「意識低い系」

私は、これまで約25年間、情報誌やトレンド雑誌の記者をしてきました。若者を中心とした街の流行から、目覚ましい速度で移り変わるITの世界を追ってきて、「これはすごい」「絶対にくる」と期待されつつも撃沈していった商品や企業も数知れず見てきました。

横目でトレンドを眺め続けていると、なんとなく業界や専門家からの評価は高いものの、それほど売れないだろうなと予測できるようになってきました。ヒットは予測できなくても、売れないものは不思議と直感でわかるものです。そして次第に、ヒット商品に共通の要素があることに気づきました。その要素は、いくつかあるのですが、一言でまとめるならば、「意識低い」です。

「君は意識が低いね」と言われれば、たいていの人はバカにされたと感じるでしょう。腹を立てたり、もっと頑張らなくちゃと思ったりするのは、意識が低いことをネガティブにとらえているからです。しかし、データを集めてロジックを組み立て、コンプライアンスを守って社会の役に立つ。そんな意識の高さは、かならずしも売り上げには結びつかず、むしろ「意識低い」と思われる要素が、ヒット商品にはあるのです。

それは、高学歴で見た目や性格も悪くはないのにモテない男性がいる一方で、世間の基準ではダメなのにモテる人がいるのに似ています。もちろん、意識が高いのは悪いことではありません。しかし、自分がスペック的に高いのにモテないとしたら、それは魅力がないということです。製品やサービスにも、「なぜか惹かれてしまう」魅力が必要で、それは往々にして、高尚とは言えない欲望や感性を刺激することだったりします。

ビジネスプランや商品が完璧なのに売れない。それは、ハイスペックだと自分で思っている人がモテないのと同じで、「意識高い系の罠」に陥っているのかもしれません。

iPhoneやMacを作っているアップルには、世界を変えた革新的な企業というイメージがあります。CMやアップルストアがオシャレといった意見もあるでしょう。

アップルのそういったイメージの多くは、創業者のスティーブ・ジョブズによるものです。並外れた美意識を持ち、テクノロジーによって世界を変えたジョブズは、単に優れた経営者以上の存在として、世界中のファンから愛され尊敬されてきました。

ジョブズの仕事に対する姿勢はかなり高く、理想の製品のためにすべてを注ぎ込みました。無理難題を部下に課し、そのため精神を病んで辞める社員も多かったといいます。見ようによってはブラック企業的な感じもします。

厳しかったのは、部下に対してだけではありません。ペプシコーラの社長(ジョン・スカリー)を会社に引き抜こうと説得する際に発した、「このまま砂糖水を一生売り続けたいのか、それとも世界を変えたいのか」というセリフなど、「超上から目線」です。

ジョブズが製品作りで最もこだわったのが、デザインです。一般的に、テクノロジー製品は機能やスペックを優先するあまり、デザインは後回しになりがちですが、ジョブズはデザインでは決して妥協せず、コストやスケジュールを無視することもたびたびでした。

美意識、こだわり、完璧主義。そして、世界を改革しようとする意志。それゆえに周囲を振り回し、時に上から目線にもなる。こうした態度や性格をまとめて表すなら、「意識が高い」ではないでしょうか。では、「意識の高さ」こそがアップルの成功のカギなのでしょうか?

コンピュータを誰でも使えるようにしたアップル

改めて考えてみましょう。本当にそうした「意識の高さ」が、ジョブズやアップルの成功した理由なのでしょうか。

MacやWindowsが登場する以前のコンピュータは、コマンドと呼ばれる文字列を入力して操作する必要がありました。それを画面上のアイコンやボタンを操作するように変えたのが、「マッキントッシュ(今のMac)」などのコンピュータです。マウスやタッチパッドを使う、今のパソコンのスタイルで、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)と呼ばれます。

現在最も一般的なWindowsもこのスタイルをまねたものです。だから、Macユーザーは「アップルこそが元祖だ」と胸を張ります。しかし、実のところ、この仕組みはアップルが発明したものではありません。

ジョブズらアップルの開発スタッフは、GUIを研究していたゼロックス社の研究所を視察し、その技術に触発されてマッキントッシュを作ったのです。パクった、アイデアを盗んだと言ってもいいでしょう。これ、意識高いですか?

当時、コンピュータの専門家からは、アップルの作るコンピュータはオモチャと評されることもあったようです。今と比べるとメモリーやハードディスクの容量は小さく、プロセッサーの処理能力は低かったので、貴重なコンピュータの能力を、見た目などの「わかりやすさ」に使うのは、もったいない、無駄なこととされたのです。

知識やスキルが高い人は、「わかる人にわかればいい」という気持ちになりがちです。ジョブズも早くからコンピュータの面白さに目覚めており、一通りのスキルを持っていました。しかし、彼は上から目線ではなく、誰もが使えるコンピュータを作ろうとしました。コンピュータに通じている人で、その将来性に確信を持っていた人は数多くいたでしょう。しかし、それを誰にでも使えるようにしたい、と考える人は多くありませんでした。

「誰でも使える」を言い換えると、「バカでも使える」です。ひどい言い方ですけどね。熱心なアップル信者からは怒られるかもしれません。コアなアップルファンが惹かれているのは、やはり彼らの革新性やイケてる感じだからです。しかし、今ならスマホの使われ方を見れば一目瞭然でしょう。中学生や高校生が、それどころか幼児でも自在に使っています。

専門家は「スマホのヒット」を予測できなかった

スマホの話が出たので、こちらも過去を振り返ってみましょう

iPhone」が日本で発売されたのは今から10年ほど前の2008年ですが、その当時、専門家の間では「日本でスマートフォンははやらない」という意見が多数派でした。

その理由とされていたのは、従来型の携帯電話「ガラケー」の存在です。おサイフケータイやワンセグ、防水など、初期のスマートフォンにはない機能が搭載されていたため、その地位は簡単には揺るがないと考えられていました。

しかし、iPhoneはヒットし、以後Androidを含むスマートフォンはまたたく間に普及しました。日本向けのモデルは、おサイフケータイや防水の機能を取り込み、逆にほとんどのスマートフォンが採用しなかったワンセグは、テレビ離れと相まって、ほとんど使われないサービスになったほどです。

このように、未来予測は専門家でも難しいものです。インターネット(Web)がパソコンから使えるようになった1994年頃、筆者のまわりでは一部のPCの専門家が、「インターネットなんてはやらない」と言っていました。恐ろしいですね。

実は、最もシンプルな理由でiPhoneを買っているのは、女子高生をはじめとする若い女性です。スマホは彼女たちにとって欠かせないアイテムですが、中でもiPhoneの人気が飛び抜けています。うちの娘が高校に進学するときも、「中古でもいいからiPhoneがいい」と言われました。

彼女たちは、かつてのMacファンのように、ジョブズの思想に共鳴してアップル製品を支持しているわけではありません。なぜiPhoneなのか、調査してみたところ、最も大きな理由は、「友達がみんなiPhoneだから」でした。

「みんなと一緒がいい」は、自分の主体性がありませんから、かなり意識の低い理由です。きちんとした親や学校の先生なら、「自分の頭で考えなさい」と諭すはずです。大きな話をするなら、自分で考えずみんなと一緒でいい、では民主主義が正常に機能しません。

とはいえ、人気の商品を購入するのは、本能的な安心感がそうさせているのでしょう。人気なのはそれだけいいモノだという推測も成り立ちますし、万が一失敗だったとしても自分だけ損することが避けられます。「人と同じ」は、あまり頭を使わなくても失敗しないための生存戦略なのです。

友達と同じ機種では、個性が出ないではないか。そう思われるかもしれませんが、女子高生はスマホのOSや機種で人と差別化する気などありません。どのスマホも見た目はほとんど変わらなくなってきていますし。しかも、皮肉なことに出荷台数が多いiPhoneのほうが、ケースなどの周辺機器が豊富で、細かな個性が出しやすくなっているのです。

行列ができるラーメン屋と聞くと食べてみたくなるように、人気を演出することの効果はここにあります。広くモノを売るには、この安心感を与えることが重要です。

さらにiPhoneが日本で大きなシェアを獲得したのは、ドコモやKDDI、ソフトバンクといったキャリア(通信事業者)がiPhoneを安く提供したからです。アップルは、iPhoneを取り扱いたいキャリアに対して、端末や料金をAndroidの端末よりも安くすることを契約の条件としていました。工業製品で数が出ることは、生産コストを下げ利益率が高まることを意味します。安いので売れる、売れるから安くできるという好循環です。

そして、安さこそ誰にでもわかるメリットです。安ければ、手元に残るお金も増えますし、商品に満足できなかったとしても、安かったからと納得しやすい。「安さ」も「みんなと同じ」と同様に安心感をもたらす要素です。

「安さ」以外の意識低いポイントが必要

日本メーカーで、「安さ」を重視して成功したのは、かつてのパナソニック(松下電器産業)です。儲かるかわからないうちは様子見で、儲かるとわかったら参入するスタイルをかつてはとっていました。テープレコーダー、トランジスタラジオ、テレビ、ビデオデッキなど、ソニーが開発したジャンルに後から参入し、シェアを奪っていったのです。

「マネシタ電器」と揶揄されようとも、これが通用したのは、他社よりも圧倒的に安い価格で製品を売ったからです。価格の設定から商品の開発を行うのですが、他社よりも3割、5割安い価格が設定されることもあったといいます。


安さを突き詰めると、無料です。「ただより高いものはない」と昔の人はそのリスクを戒めていましたが、インターネットが普及してからは、フリーミアムのサービスが当たり前になってきました。フリーミアムとは、基本的なサービスを無料とすることでユーザーを集め、一部の機能を有料で提供することで収益を得るビジネスモデルです。

ただ、価格競争は圧倒的な市場シェアを持っている企業はともかく、多くの企業には利益をもたらしません。松下電器が急成長していた時代は、家電の市場自体が拡大していたために、価格競争をしても利益が出ました。フリーミアムのビジネスは利益が出るまでに多くの資金を要しますし、シェアの上位に立たなければまったく儲かりません。

大多数の企業にとっては、「安い」以外で普通の人に刺さる「意識の低い」ポイントを探り当てる必要がありそうです。