保釈に関する審理の様子。左端がファーウェイCFOの孟晩舟容疑者。今回の逮捕の背後にあるものとは?(法廷イラスト:Jane Wolsak / REUTERS)

12月1日、中国の大手通信機器メーカー、ファーウェイの孟晩舟CFOがカナダ・バンクーバーで逮捕された。アメリカ政府の要請によるものだという。米中首脳会談で一定の進捗があったと思われた矢先の出来事だ。これはいったいどう理解すればいいのだろうか。

筆者は、この背景には西側諸国の対中戦略の大転換の動きが存在すると考えている。

ケナンのX論文

1947年、ロシア通のアメリカ外交官ジョージ・ケナンは「X」というペンネームで、スターリン下のソ連の膨張主義を指摘し、論壇に強い警鐘を鳴らした。これは、いわゆるX論文と呼ばれるもので『Foreign Affairs』の1947年7月号に掲載されている。

当時のソ連は、アメリカなど西側民主主義国にとって、第2次世界大戦を共に戦った同盟国。フランクリン・ルーズベルト大統領は、大戦中にすでに始まっていた戦後の国際秩序の検討の中で、ソ連を不可欠のパートナーとして構想し、その遺志は国際連合として実現されていた(Georg Schild 1995 “Bretton Woods and Dumbarton Oaks”)。

それに対し、ケナンのX論文はソ連を長期にわたって厳しく監視し(「封じ込め」)、その自壊を待つべきと指摘した。

このX論文は指導者たちに大きな衝撃を与えたが、半世紀続く冷戦時代の西側の政治経済の大戦略の嚆矢(こうし)となり、歴史に名を残した。ケナン自身は封じ込めの手段として外交を重視し、その後の米ソの核戦力競争などには終始批判的だった(Nicholas Thompson 2009 “The Hawk and the Dove”)が、事態はケナンの指摘どおりに動いた。「冷戦戦略」は1991年に結実し、ソ連は崩壊した。長年のライバルの消滅により、西側の大戦略自体も不要となった。


10月4日にペンス副大統領がハドソン研究所で行った「中国批判演説」が持つ大きな意味とは?(写真:Edgar Su / REUTERS)

その後30年、世界の構図は再び大きく変わろうとしている。2001年にWTOに加盟した中国が世界2位の経済規模に成長し、技術、外交、軍事各面でグローバルな覇権をうかがう地位に躍進してきた。

最近、アメリカは中国の政治経済の運営全般に対して、これまでにない強烈な警告を発した。ペンス副大統領の10月4日にハドソン研究所で行った演説だ。政治色は割り引くとしても、この演説は注目に値するものだ。筆者は、かつてのX論文のように西側の大戦略転換の契機になる可能性があると考える。

「ペンス演説」は何よりも事例の具体性が注目される。バイオやロボットなどの産業で中国が首位を目指すビジョン「中国製造2025」を、アメリカの知的財産を官民総動員で奪取する試みだと非難した。デジタル技術で市民生活を監視する社会信用スコア制度や、南シナ海をはじめとする軍事外交的な攻勢、アメリカ国内の大学運営への浸透介入、対中批判勢力へのサイバー攻撃など、アメリカが批判する中国の行動は広範囲にわたる。

こうした特徴からも、演説は個人の見解というよりも、ワシントンの外交、安全保障、通商など各分野の政策の専門家の総意だという見方が強い。『Foreign Affairs』など専門誌でも、従来の認識の転換を迫る論文が最近増えている。たとえばKurt Campbell and Ely Ratner “The China Reckoning”(2018年3・4月号)などだ。

「国家」対「自由」の溝は深い

また、欧米の自由主義のオピニオンリーダーともいえるイギリスの週刊経済新聞「The Economist」も本年4月、中国が経済発展につれ政治もしだいに民主化されるだろうという西側の「賭け」は完全に失敗したと断じた(“How the West got China wrong”)。

アメリカの産業界も中国への不満を蓄積してきた。対立する共和・民主両党ではあるが、対中国ではアメリカ企業への投資の監視強化などの厳しい対応で足並みをそろえる。欧州でも、最近では中国による企業買収や小国への政治介入などへの懸念が強まっている。

中国といち早く自由貿易協定(FTA)を締結したオーストラリアでは国内政治への中国の影響に不安が強まり、本年8月には次世代通信(5G)インフラの機器調達先候補から中国企業を除外する方針が打ち出された。党派を超え、また西側各国で中国への警戒感は急速に強まっている。

ある意味で中国の産業政策は見事である。開放路線によってアメリカはじめ先進国のサプライチェーンを誘致したうえで、国家の強い交渉力で技術ノウハウを吸収し、集積の利益でコストを下げる。巨大な国内市場を活用してデジタル世界でもアメリカを追撃する。重厚長大産業では世界市場を供給過剰にするのもいとわない。

この国家主導の運営は、西側が拠って立つ自由主義的な価値観とは大きな隔たりがある。自由経済の「自由」とは、消費者、投資家や事業家などの個人がおのおのの幸福を追求する自由だ。これに対し、中国では、資源配分に最終権限を有する政府が、指導者層によって定義された「偉大な国家」の実現を図る。

しかし、それが中国人を含む地球上の個々人の幸福と一致する保証はない。蓄積された富、技術、人材は、国家が対外的な攻勢や国内の統治にフルに活用する。西側からすれば、放置しておくと世界的に自由社会が侵食されていく不安が強まる。

政治的にせよ経済的にせよ、「自由」は、権力の自己抑制によって実現されるが、中国には選挙による統治者の国民選択、権力間のチェック・アンド・バランスの仕組みはない。したがって経済活動への国家の介入を制限するルールも手段も民間にはない。

これに加えて、アメリカには半導体やAIなどの戦略的な先端技術分野で中国に主導権を握られるという危機感も強い。そうなれば経済面のみならず軍事・外交面でも優位を掘り崩されかねない。

同じようなことは日本も経験済み

こうした危機感がアメリカに強い反応をもたらすことは、日本では経験済みだ。1980年代前半、レーガン政権の大幅減税により、アメリカの対日貿易赤字は拡大した。自動車、エレクトロニクス、半導体などの花形産業が日本企業に圧迫され、議会でも対日批判が渦巻いた。協議に終わらず、日本からの具体的成果を求める「結果志向型政策」が声高に提唱された。

ワシントンの政策専門家たちの中でもジェームズ・ファローズやクライド・プレストウィッツなど「4人組」と呼ばれた論者がリードする「日本異質論」が台頭した。自由貿易の原則を逸脱して輸出自主規制(日本車)や、輸入数値目標(アメリカ製半導体)を日本政府に要求した(こうした過程はJohn Kunkel 2003 “America’s Trade Policy Towards Japan”に詳しい)。

ブッシュ(父)政権では、それまで政府内で「抑え役」に回っていたアメリカ財務省などが今度は中心となり、「日米構造協議」を迫った。公共投資の拡大や流通規制の緩和、独禁法強化など、要求は日本の国内改革にまで及んだ。1993年に発足したクリントン政権では日本異質論者が政策中枢に座った。

1980年代初めに筆者が入省した通産省(当時)は、アメリカとの紛争の真っただ中にいた。対日制裁を求めてアメリカ企業が訴えを起こしたため、過去の政策を徹夜で調べた記憶もある。訪れたアメリカの学者が産業政策を徹底的に調査するのにも付き合った。系列関係をはじめとするあらゆる市場慣行が批判の的となり、テクノポリスなどの地域振興策でさえ、不公正な産業補助ではないかと疑われた。

政府だけではない。日立製作所など民間企業もアメリカIBMの機密情報を違法に入手したとして社員が逮捕される事件があった。経済停滞により緊張が緩和されるまでの約20年間、日本はアメリカの政治、産業、政策コミュニティーの多面的かつ執拗な攻撃にさらされた。

現在の中国の立ち位置もかつての日本と似ているが、アメリカの戦略的な危機感は一層深いだろう。当時日本政府は、市場を歪曲する産業補助はしないと何度もアメリカに約束したものだ。

今の中国政府は自由貿易の基軸であるWTOに加盟していながら、国家主導の産業育成ビジョンを堂々と掲げている。ワシントンがこれをどう見ているのか、想像に余りある。また、経済・技術の競争相手とはいえ、今も昔も日本は安全保障上の最重要同盟国だ。他方中国は、アメリカの地政学的な正面のライバルである。

対中大戦略構築への流れが始まった

国民が自由を享受する西側が歩み寄ることは想像しにくいが、かといって中国にとっても一党独裁体制の国家のあり方に直接関わる問題だ。しかも旧冷戦時のソ連と異なり、今の中国は既存路線の「成功」に自信を深めている。西側と中国の関係は今後亀裂が深まるのは避けられそうにない。

もちろん、多くの紆余曲折も予想される。中国に対抗するためには、アメリカは日本や欧州と共同して経済、技術、情報、人的な関係を一定程度管理していかざるをえない。しかし、トランプ大統領はNATOやWTOなどの多国的な協力関係を軽視しがちだ。同盟国との貿易紛争も絶えない。当然中国は西側諸国間の分断を図るだろう。

トランプ大統領が政治的な早期の妥協を図る可能性もある。欧米で反自由主義的な政治勢力が台頭しているのも不安材料だ。また、中国との経済関係を縮小すれば、西側は安価な製品の輸入や巨大な市場でのビジネスを失い、苦痛は不可避だ。

しかし、どの国も国家戦略の選択は避けて通れない。かつて歴史家ポール・ケネディは、政治、経済、軍事を統合した国家の戦略(優先順位づけ)を「大戦略」と位置づけ、数々の歴史事例の研究に基づき、平時における大戦略の重要性を指摘した(“Grand Strategies in War and Peace” 1991)。

時間はかかってもアメリカを中心とする西側諸国は、中国に対する「大戦略」の再構築に向かうと考えられる。それはやはりアメリカがリードし、戦略策源地の中心はワシントンD.C.になると予想される。ペンス演説が前述のように政策専門家のコンセンサスを告げるものだとすれば、その流れが始まったとみることができる。日本の政治・政策コミュニティーや経済界も問題を正面から受け止め、大戦略転換に備えるべきだろう。