菊池雄星インタビュー(前編)

――考えることに疲れてしまった?

 今から4年前、菊池雄星にそう聞くと、菊池は観念したように苦笑してこう答えた。

「それはあると思います。まあ、いろいろ考えるのは面倒なんですよ。あいまいでいいから、考え過ぎないで投げようと思うようになりました」


開幕から好調を維持している菊池雄星。防御率1.46は現在、パ・リーグ1位だ 菊池雄星は、いつも考えている投手だった。花巻東高時代は「野球だけで中身のない人間になりたくありません」と言って、厳しい練習の合間を縫って読書にふけっていた。プロ2年目にインタビューしたときには、「投球時に骨盤を立てるにはどうすべきか?」と20歳らしからぬ悩みを打ち明けていた。

 だが、考えても考えても、結果は出なかった。そんな雌伏を越えたプロ4年目、菊池は前半戦だけで9勝を挙げた。話を聞きに行くと、菊池は頻繁に「体の声を聞く」という言葉を使うようになっていた。

「体が今、何を欲しているのか、どうすれば喜んでくれるのかと考えました。自分の場合は何も考えずにリズムに任せて投げるのが、一番スムーズに動くんじゃないかと」

 スポーツ選手にとって「思考」は諸刃の剣である。トレーニングや技術について勉強し、自分にとって何が必要か取捨選択することは大事だろう。だが、時に思考はブレーキにもなる。プレー中に考えることで、かえって動きが鈍くなってしまうこともある。プロの世界でも極力思考を働かせず、本能のままにプレーして成功している選手もいる。

 菊池がはまっていたのも、このパラドックスだった。菊池は4年前にこんなことを言っていた。

「意識するということは、筋肉が働いちゃうということなので。『腕を上げよう』とか『骨盤をこうしよう』と意識することで、本来動かしたい瞬間よりも一瞬早く動いてしまったり、硬くなってしまったりするんです」

 2009年のドラフト会議で6球団が重複1位指名した大物は、こうしてプロ4年目に自分なりの極意をつかみ、いよいよ本格的に開花したように見えた。しかし、菊池の足踏みは緩やかに続いた。2013年は左肩を痛めて後半戦0勝に終わると、2014年以降は5勝11敗、9勝10敗と負け越し。昨季は12勝7敗、防御率2.58と初めて2ケタ勝利を達成したものの、投球回数は規定投球回ギリギリの143回にとどまった。

 その間、高校時代の後輩である大谷翔平(日本ハム)は国民的スターの座にどっしりと君臨していた。菊池に対する大物感はかすれ、今や一般的な認識は「大谷の先輩」になりつつあった。

 そんな菊池が、今季は凄味を増している。6月12日現在、11試合に登板して6勝2敗、防御率1.46。その数字以上の絶対感がある。菊池に何があったのか、4年ぶりにじっくりと話を聞いてみたかった。

「WBCは極力見るようにしていました」

 今春開幕前に開催された第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。菊池は高校時代から、同大会に出場して戦うことを、自身が描く人生設計の大きなトピックとしていた。しかし、菊池が代表に選出されることはなかった。2013年の前回大会にはセンバツ決勝戦で投げ合った今村猛(広島)がメンバー入りし、今大会は同期の筒香嘉智(DeNA)が不動の4番打者となり、岡田俊哉(中日)も選出された。

 悔しくないわけがない。それでも、菊池は今、自分が置かれた状況を客観的に見つめていた。

「『左ピッチャーがいない』と言われたなかで選ばれていないのは、信用がないということですから、悔しさはあります。でも、今年は岸さん(孝之/楽天)が抜けて、僕が本当にやらないとライオンズは勝てない……と思っていたので、すぐに切り替えました。まず、開幕に合わせること。課題はたくさんあるので、正直言って『それどころじゃない』というのが本心でした」

 菊池の課題、それは言うまでもなくコントロールだった。160キロに迫るストレートは、しっかりと指に掛かったら誰もとらえられないようなキレと迫力がある。だが、これまでは試合中に球筋が暴れて制御が効かなくなるシーンも多く見られた。

 気になっていたのは、菊池の類まれな「柔軟性」が制球難の一因になっていたのではないか、ということだ。菊池は手のひらを合わせた状態で、両腕をぐるりと背中から尻まで回すことができる。また、両足を180度開いて力士のように股割りすることもお手の物。この肩甲骨、股関節の柔らかさが菊池の投球に力を与えていることは間違いない。その反面、可動域が広いがゆえに制御するのが難しくなるのだ。

「自分でコントロールできるなかでの柔らかさは大事だと思います。でも、やみくもに可動域を広げても、自分の感覚のなかでコントロールできなければ意味がありません。『ここだ!』というタイミングで筋肉を発火できないといけません」

 自身の肉体をコントロールするには、どうすればいいのか。そこで冒頭に記したような「意識と無意識」のバランスがポイントになってくる。

「自分の体と対話することは今も大事にしています。自分の体を客観視できずに、ブレーキを踏めずにアクセルばかり踏んでしまって、練習量が多くなり過ぎてケガをするパターンが続いているので。それは年々精度を高められているのかなと思います。フォームに関しても、今はほとんど何も考えていません。ただ、1球ごとに『なぜそこに行ったか』ということを説明できないといけないと思っています。今までは調子がよければいくし、悪ければダメ……という感じでしたが、今は『ちょっと突っ込んだからダメだったな』とか、『腕のタイミングが遅れたな』と自分のなかで説明できるようになってきたのかなと。だから練習中や試合中に1球ごとに微修正ができるようになりました。今まではどうすれば修正できるかわからなくて、『なんでここに行かないんだろう』と頭で考えてうまくいきませんでした」

 こうした「肉体との対話」を経て、春季キャンプではある手応えをつかんだ。それは「軸」に対する感覚だ。

「今は局所を意識するのではなく、おおまかに『軸』を考えています。目に見えないものなので説明が難しいんですけど……、一番のポイントは頭ですかね。頭の突っ込みだったり、投げる瞬間に頭を振ってしまったりすることが、軸を崩してしまう原因なのかなと。僕の場合は、そこをすごく意識しています」

 今までも軸の大切さを説かれることはあったが、ようやく自分のメカニズムに合った、確固たる感覚をつかむことができた。その結果、フォームのバランスがよくなり、今まで以上に腕が振れるようになったという。

「軸が取れずに腕を振ろうと思っても、どこにいくかわからないから怖いんですよね。今は軸が取れて、いい意味で力める。その状態になれば、状況に応じて『次はどれくらい力を入れようか』と微調整ができるようになるんです」

 菊池の進化は、今季の開幕戦・日本ハム戦で早くも表れた。菊池は1打席目から後輩・大谷のインコースを何度も続けて突いた。大谷はプロ4年間で1000打席近く立ちながら、死球はわずかに2つしかない。コントロールに自信がなければ、捕手の銀仁朗も立て続けにインコースを要求することはなかったはずだ

「当ててしまったらしょうがないし、紙一重のところを突かないと抑えられないバッターになっているので……。たしかにピッチャーもやって、バッターもやって、球界のナンバーワンの選手ですから、当てたときのリスクも当然あります。でも、そこはやっぱりプロとして怖がらずにギリギリを攻めていかないと」

 1打席目はインコースを立て続けに攻めて追い込むと、外のスライダーで注文通り空振り三振。しかし、2、3打席目はカウントを整えるために投げ込んだインコースのストレートを大谷にうまくさばかれ、2安打を許した。

 チームは8対1で完勝したが、結果だけを見れば菊池が大谷に敗れたようにも映る。だが、これは菊池が今季果たすべき役割をひとつこなしたという意味も有していた。この配球はたった1試合のために組み立てたものではなかったからだ。

「次の試合もありますし、これから長い対戦がありますから。『左ピッチャーでもインコースにくるんだ』と思わせることは大事だと思います。僕の後に投げた武隈さん(祥太)のスライダーに開いて三振していましたし、結果的に次につながったのかなと。銀さん(銀仁朗)からも『打たれるかもしれないけど、カード頭として、エースになるんだったら、そういうところも我慢して攻めていこう』と言われていました」

 意識と無意識のバランスが整い、ようやく8年目にして迎えた大器の開眼。そして、菊池はこれから「エース」と呼ばれるために越えなければならない壁について、静かに語り始めた。

(後編につづく)

■プロ野球記事一覧>>