東京実業高等学校(東京)「『走塁改革』で生まれた『代走スペシャリスト』」【後編】

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 後編では「走塁改革」へ必要なトレーニングと「走塁改革」によって生まれた「代走スペシャリスト」に話を聞く。そして東京実が考える正しい走り方も映像で解説します!

「走塁改革」に結び付く「正しいトレーニング」

高橋 智浩選手(東京実業高等学校)

 前編でその一端が明かされた東京実の「走塁改革」。ただし、東京実の選手で入学時から俊足だった選手は片手にも満たない。入学時から50メートル走を5秒台で走っていたリードオフマン・高橋 智浩(2年・二塁手)は例外中の例外。主将・捕手の平良 大介(2年)は8秒台。秋の都大会3回戦・都立日野戦で二盗塁の7番・坂井 将紀(2年・中堅手)は6秒5。2番の藁谷 大海(2年・遊撃手)は6秒7。3番の松田 虎哲(2年・三塁手)も6秒7〜8。決してはじめから速かったわけではない。

「東京実に入学する子は足が遅い子、走り方を知らない子というのが圧倒的に多い。そこから強豪校に対抗できるスピードを身に付けるには、量をこなす中で質であったり、フォームに目を向けていかなければなりません」(高見 直樹コーチ)

 だからこそ東京実では、そこを支える正しい姿勢に目を向ける。具体的にはデッドリフト、スクワットで正しいフォームをできる筋力を鍛えて、走力・中短距離タイムを上げていく。高野コーチの解説も加えよう。

「正しいフォームになっていると、地面をけり上げる時の力も強くなりますし、お尻をぐっと力を入れる感覚で持ち上げているので、かなり強い力が入っています。蹴り上げの力とお尻にぐっと力を入れることができると、スピードを身に付けることができます。ただ間違ってほしくないのは、スクワット100キロ以上持ち上げられるからといって、足が速くなるわけではありません。正しくないフォームで重いものを持ち上げてもけがにつながりますし、野球に結びつくわけではありません。うちはオフ期間になると週3回のウエイトトレーニングを行いますが、選手たちに伝えているのは『野球のパフォーマンスに結び付くトレーニング』を行うということです」

 高野コーチは「設備的にデッドリフトができないチーム、またチームの方針状、ウエイトをやらないチームもあると思いますので、そういう場合は正しい姿勢で走ることを意識したランニングメニューをこなしてください」と、学校環境に配慮したアドバイスも加えてくれた。

 現在の50メートル走は平良7秒1。坂井6秒0。藁谷は6秒3。そして松田が6秒3。多くの選手がスピードアップを実感している。また、体のラインを真っすぐにして走る意識は、他の野球動作にも活きている。181センチ75キロの長身右腕エース・栗田 航暉(2年)は「走塁改革」の波及効果をこう話す。「体のラインが真っすぐになったことで、左足を上げたとき、軸足にしっかりと体重が乗った感覚になりますし、スムーズに体重移動ができます。あとはバント処理のときにも体が前のめりにならないので、速く打球処理に入ることができますね」 

 能力が高い選手がさほどいなくても、正しい知識、練習法で追いつき、追い越す。秋季都大会1回戦・成立学園の「2対1」、2回戦・修徳戦の「10対9」で勝った1点は、この積み上げなくしてありえなかった。

「代走スペシャリスト」渡部 拓海による走り方講座

渡部 拓海選手(東京実業高等学校)

 ここまで記してきた東京実の「走塁改革」は、新たな役割でチームに貢献する選手も生んでいる。背番号「18」・163センチ53キロの渡部 拓海(2年・外野手)。彼の役割は今季、惜しまれつつ引退を決意した鈴木 尚広(巨人・関連記事)と同じく「代走スペシャリスト」である。

 では「僕は決して足が速くなかったですし、ここに入るまで走塁に対する意識が低かったですね」と振り返る渡部はどんな意識を持って走塁に取り組んでいるのだろうか?彼はカメラの前で理路整然とポイントを解説しはじめた。

1.走塁のスタンスまず足を肩幅に広げたとき、両足が一塁ベースと二塁ベースを直線に結んでいるイメージで揃える、スタートしたとき、左足がそのライン上に入るようにすることが大事。*それができるためのポイント!1)右足を少し引くこと。2)走塁姿勢に入ったときに、腰を折ったり、前かがみになるのではなく、しっかりと体幹を意識して、楽な姿勢で真っすぐ立つことをイメージして準備する。3)このとき、構えた時に低すぎず、高すぎないことにも気を付ける。

2.スタートを切ったとき体から足までのラインが一直線になるようにする。走る時に右足をさらに引いて走ってしまいがちですが、右足を一歩出して走る。

 では、渡部選手に「良い例」と「悪い例」に分けて走って頂こう。

「良い例」:右足を一歩前に出して走る。こうすると真っすぐ走ることができる。またこの姿勢を採ると帰塁も速くできるようになり、リードも大きくなる。

「悪い例」:足を一歩引いてから走る。では悪い例はどうだろうか。斜めスタートになってしまい、真っすぐスタートが切れない。これでは、ロスが生まれ、コンマ0.1秒の差が生まれてしまう。野球において0.1秒は大きな差。かなりロスのあるスタートになっている。この2つを映像で見比べてみると一目瞭然。ぜひ実践してみよう。

 渡部は「多分、普通の走者よりは2倍も大きいと思います」と胸を張る。渡部だけではない。他の選手たちにリードをしてもらっても、本当にリードが大きい。新チーム当初は、大きすぎて牽制死になることが多かったものの、帰塁の感覚を掴んで、盗塁数が非常に多くなった東京実。これもこの秋、相手チームに脅威を与える一因となった。

「走塁改革」から「機動力野球」に進化し、東京頂点へ

走塁について確認しあうナイン(東京実業高等学校)

 ここまで見て頂いた読者の方はもうお分かりだろう。真っすぐ走るためには「姿勢とフォームが大事」だということを。その違いを東京実の選手たちは理解しているからこそ、普段のベースランニング練習から、フォームについて指摘する声が飛ぶのである。

 かくしてこの秋「走塁改革」で東京を席巻した東京実は冬を超えてどのような進化を狙っているのであろうか?山下 秀徳監督が掲げるのはズバリ「機動力野球」である。

「足が速い選手が多くなってきたのは本当にうちの強みとするところであると思います。また盗塁は最初は失敗ばかりだったんですけど、だんだん良くなってきています。あとは課題である投手陣。エースの栗田の他に左投手が3人伸びてきて、練習試合でも結果を残しています。実戦で力を発揮できるかですね」

 秋3回戦で序盤の失点が響き、2対4と競り負けた都立日野は都大会ベスト4。改善すべき点は明確である。そこに加えて確かな取り組みと正しい努力で、積み上げた機動力を、さらにこの春までに絶対的な武器に仕上げる。それが実現した暁には……。学校の所在地を舞台にした往年のヒット映画「蒲田行進曲」のごとく、東京実の都大会快進撃が2017年春、見られるはずだ。

(取材=河嶋 宗一)

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