「漢字」、一文字一文字には、先人たちのどんな想いが込められているのか。時空を超えて、その成り立ちを探るTOKYO FMの「感じて、漢字の世界」。今日の漢字は「菜」。「菜の花」「菜っ葉」の「ナ」、「野菜」の「サイ」。野原やあぜ道に顔をのぞかせた若菜たちが、春の始まりを告げています。今回は「菜」に込められた物語を紹介します。



「菜」という字はくさかんむりに「喝采」「風采」の「采」と書きます。

「采」は「爪」という字と「木」とを組み合わせたもので、爪、つまりは手で木の実を摘み取ることを表しています。

くさかんむりは植物を表す部首。

そこで、このふたつをあわせ、野山に自生する草や、栽培した野菜を意味する漢字になりました。

君がため 春の野に出でて 若菜摘む

我が衣手に 雪は降りつつ

名残りの雪がちらつく、いにしえの野原。

愛するひとのために野に出かけ、若菜を摘んでいると、衣に雪が次々舞い降りる……。

若菜の緑と白い雪との対比が美しいこの歌は、第五十八代・光孝天皇が皇子だった頃に作られたといわれています。

菜を摘む、と書いて「菜摘み」と呼ばれるこの風習は、芽生えたばかりの植物の霊力を身につけるためのもの。

萌え出づる若菜のたくましい生命力にあやかって、一年を健やかに過ごせるように、との願いがこめられています。

謙虚でつつしみ深い趣味人だった光孝天皇は、高貴な身には珍しく、自炊を楽しんだという逸話も残されています。

愛しい人に、自ら摘んだ若菜を使った手料理をふるまった皇子。

ほろ苦くもやさしいその味わいは、このうえもなく幸福な春を届けたことでしょう。

ではここで、もう一度「菜」という字を感じてみてください。

冴え返る早春の日、菜を摘みに出かけたいにしえの人たち。

彼らは春の訪れを、からだいっぱいで感じたことでしょう。

手を差し入れてみれば、ふっくらと温まった土。

目に鮮やかな緑、溶け出す雪が放つ銀色のきらめき。

そっと取り出した若菜からは、ほんのり甘い香りがたちのぼります。

やわらかな葉についた土をやさしく払いのけながら、厳しい冬をともに乗り越えた喜びを分かち合うひとときです。

指先から始まった春は、やがて舌の先へ。

勢いあふれる旬の命をいただけば、こころもからだも若返る。

どこまでだって歩いて行けそうな、軽やかな春の訪れです。

漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。

その想いを受けとって、感じてみたら……、

ほら、今日一日が違って見えるはず。

*参考文献

『常用字解(第二版)』(白川静/平凡社)

『卑弥呼は何を食べていたか』(廣野卓/新潮新書)

3月19日の放送では「声」に込められた物語を紹介します。お楽しみに。

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<番組概要>

番組名:「感じて、漢字の世界」

放送エリア:TOKYO FMをはじめとする、JFN全国38局ネット

放送日時 :TOKYO FMは毎週土曜7:20〜7:30(JFN各局の放送時間は番組Webサイトでご確認ください)

パーソナリティ:山根基世

番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/kanji/