プロでなくても職場のメンタルケアに取り組める、ウェルビーイングの概念とは (3) - 自己表現の機会を/おおばやし あや
関連記事:プロでなくても職場のメンタルケアに取り組める、ウェルビーイングの概念とは (1) - 人を活かし、組織も活かす / プロでなくても職場のメンタルケアに取り組める、ウェルビーイングの概念とは (2) - 「今、できること」に焦点を当てる
第一回、二回と、ウェルビーイングの概念と、人の強みや「できること」に着目すること、また人を活かし組織を活かすために、組織を変化させてゆくといったことを書かせて頂きました。
GDPに変わる豊かさの指針になるだろうと言われるwell-being。個人の幸福度や健康、生活や仕事の満足度、権利が守られているかなどがその要因となり得ますが、今回は、実際に組織としてどのように実行していけば良いかを提案させて頂きます。
キーワードは以下です。
- 現状把握
- 対話
- 自己表現
- 労働者の権利
- 目標設定
1. 現状把握
ウェルビーイング(より良く生きること)は誰にでも与えられている権利で、問題のあるなしに関わらず常に考えられなくてはならないものです。ただし、目標設定のためには現状を把握することが求められますし、組織の在り方を変える、待遇改善を目指すにあたり、しかるべき人を説得するには、根拠となるデータが必要となることがあると思います。
心の問題が理由とみられる勤怠や離職率、退職者の穴を埋めるための採用コストに注目するのはもちろん、厚生労働省のメンタルケア専門のサイトにある5分でできる職場のストレスチェック を社員の方に行って頂き、結果を送信してもらいまとめる、というのも有効かと思います。
20問程度の質問に答えるだけながら、うつ病チェックに高い精度を持つCES-D(セスデー)という自己評価スケールもあります(日本語版を検索してみてください)。また、うつ症状の中で仕事に影響するとみられるものは以下です。グループリーダーや、個人個人に、以下のようなことはないか対面で尋ねたり、アンケートを取るのも良いかもしれません。
- 単純な仕事をするのにいつもより時間がかかる
- いつもよりミスが多くなる
- 同僚を避ける
- 物事を決められない
- 日常的に遅れて出勤してくる
- 職場で泣き出す
- 締め切りに遅れる
- 職場での居眠り
(ルンドベック・ジャパン 2015年2月26日発表のデータより抜粋)
うつ病の経験者は、うつ病発症後に、上記のように自分の仕事のパフォーマンスが(主に集中力や決断力、記憶力において)低下することを自覚しています。個人の不調が、結果的に成果に大きく影響を及ぼしかねないのは、深刻なリスク要素でしょう。
WHOによると世界では、約3億5,000万人 がうつ病を抱えており、ヨーロッパでのうつ病における経済損失は年間920億ユーロ とも言われています。また日本では、2008年のうつ病性障害の疾病費用は3兆901億円と推定され、このうち2兆円超が就業者の生産性低下による損失と非就業による損失とされています。(ルンドベック・ジャパンの発表データより)
うつと診断されている・いないにかかわらず、症状として自覚があり、成果や生産性に影響しているとわかれば、環境改善を目指すのは必須といえるかと思います。チェックから問題が何も見えない場合でも、別のアプローチの方法があります。(「労働者の権利」「目標設定」参照)
2.対話
コミュニケーションはチームや組織の中の血流のようなもので、滞ればあらゆるところが病みかねません。問題解決や成果向上のため対話は必要であるということ、またそれはメールやチャットで済ませればいいというわけではない、と実感されていらっしゃる方は多いかと思います。現状把握にも、「今、できること」を共に探るにも、対話のほうが力を発揮するのは言うまでもありません。
対話にはたくさんのメリットがあります。文章だけではわからない表情や声色などの視覚的・聴覚的情報を得られるという点もあれば、時間を取って話し合う機会を設けることで「自分は気にかけられている」「自分はこの組織にとって大切なのだ」「この人は自分のために勇気を出してくれている」といったことを感じとってもらうこともできます。
また、心に問題を抱えた人がカウンセリングや対話中心のワークショップに助けを求めるように、「自分のことを話す」「相手に受け容れてもらう」がもたらず効果は大きいです。何も話す相手がプロでなくても、つらいことや問題を抱えている時「親身になって自分の話を聴いてもらう」だけで心が楽になるということは、どなたにでもあるかと思います。人と向き合うのは勇気もエネルギーも要ります。メールのほうがとつい利便性を重視してしまいがちですが、最終的に効果を得られるのが対面でのコミュニケーションであることは想像に難くないでしょう。
良い血流の状態を作るため、対話はいつでもされるべきものですが、その習慣を始めるきっかけとして、前項の現状把握を聞き取った上で「できること」を考えたり、ウェルビーイングを軸に置く場合、次のような質問をベースに対話を進め、個人と組織の「できること」を探っていくのも良いかもしれません。
- 職場で自分が必要とされていると感じるか
- 自分は尊重されていると思うか
- 周囲の人は自分の話を聴いてくれているか
- 自分の力を活かしていると感じるか
- 自分がこの会社に貢献できることは何だと思うか
- 会社が自分のためにできることは何だと思うか
- 良い会社(自分が貢献したくなる会社)とはどんなものか
当然、こういった対話では聞き役に徹するのが前提で、聴く力、傾聴のためのスキルなども検索されば簡単にみつかりますが、一番大切なのは「自分はあなたの味方である」「私たちは仲間である」ということを全身で表しながら問い、全身で聴くことかと思います。
3.自己表現
前項の質問項目にもありますが、人が組織の中で不満や抑圧を感じている時というのは、「自分が認められていない」「自分を活かしきれていない」「評価されていない」と感じていることがとても多いです。ただ給料をもらうだけでは人は満たされず、「組織のために自分にしかできない働きをして、その努力や成果を認めてもらいたい」ものなのです。
人を活かす、個性を表現してもらうにあたり、コミュニケーションは必須であるものの、それは単に言葉や文章によるものだけに限定しません。大人になってからは尚更、「口が達者な人」「とにかくしゃべる人」が目立ってしまったり、場の主導権を握ってしまいがちですが、「しゃべらないからといって何も考えていない、主張がないというわけでは決してない」ということ、「声なき人の個性を無視してはいけない」ということを、私たちは努めて意識しておくべきでしょう。無口でおとなしい人が実はこれがとても上手だった、面白い個性を持っていた、と知られることで評価がガラリと変わるといった物語は現実にもたくさんあります。
たとえば、日本に輸入されて久しく経つNLP(Neuro-Linguistic Programming 神経言語プログラミング)では、新しいことを学んだりコミュニケーションをするにあたって脳で優先される五感的情報が人それぞれ違うため、その特性を見極めれば効率が良くなるということを述べています。
NLPの中のVAKモデルは、人には大きく分けてVisual(視覚) Auditory(聴覚) Kinetic(運動・体感)刺激のタイプがあると示します。視覚系の人であれば色形、イラストやグラフなど見える情報から学びやすく、コミュニケーションにおいても表情や絵などを通じた視覚的なものを好む…といったものです。
転用して、対話において「ただ話すのが苦手な人」のために、例えば聴き手が聴いた情報を図にしながら話を進めるといった気づかいも可能でしょうし、レクリエーションなどで以下のように全ての五感タイプをフォローしたり、それぞれの興味が見つかりそうな催しを行うこともお薦めします。
- 絵や書を製作する
- 写真や動画作品を作る
- 演奏をする
- 曲をプレゼンする
- スポーツをする
- 寸劇や芝居を作る
- ゲームをする
- どこかへ行く
- 部活動を作る(料理、陶芸、映画、絵描き、軽音…などなど)
もちろん、これらはどのようにでもアレンジ可能です。こういったエクササイズを行うことで誰もが自己表現の機会を得られ、「あの人あんなにすごいところがあったんだ!」「自分はこんなことができるんだ」とお互いに認め合い、自信、あらたな関係作りにもつながる絶好の機会になります。
このように、ウェルビーイング目的で芸術や創造(絵、音楽、ドラマ、劇、ゲームなど)を使用し個人やチームのエンパワーメントを図るという方法(クリエイティブメソッズ)は、特に高額の医療費がかかる国々では、心の病気の予防や職場の関係改善として広く発展しています。芸術や創造の力を借り、人の心に深く踏み込むことなくポジティブな自己表現の形で行われるため、敷居が低いわりに効果がある、何より楽しいというのが特徴でしょう。
実際私自身も、フィンランドに単身乗り込んで学び働く中で、ほぼ常に劣等感にまみれて毎日へこんでどうしようもなかったのですが、授業で体験したこれらのエクササイズで自分を表現ができ、それを周囲に認めてもらったことで、大変救われた経験があります。またこちらでは同様に労働者福祉の見地から、会社で年一度以上のwell-being dayを設け、社員のために何らかのレクリエーションを行うことが義務付けられています。
実際、スポーツのレクリエーションや部活動などは、昔から実施されている会社も多くありますね。そこで素敵な一面を見せられる人々がいるのならば、これはちゃんと意味のあることです。本格的に行わなくても、小一時間程度でできるエクササイズのアイデアは検索すればたくさんありますが、この分野は私が特に取り組んで事業にもさせて頂いていることなので、また改めて手法を色々紹介できればと思っています。
4.労働者の権利
社員の心の問題に踏み込む難しさを初回から述べさせてもらっていますが、ではウェルビーイングの理念で社員の健康や幸福、やりがいなどを目指すとき、どういう立場に立ち、会社として関われるところと個人の線引きはどうすればいいのか、という疑問があるかと思います。
ここでは何より「フェアであること」が大切であり、そのために「働いている人の権利を守る」という立ち位置で取り組まれることを強く推奨したいと思います。
精神論や感情論ではなく、「法律のもとに、組織は従業員の権利を最大限保証する」。会社の持つ力に比べると、個人の力は非常にか弱いものです。労働に関する法(労働基準法、労働安全衛生法、労働組合法、労働関係調整法など)は、全ての従業員が組織の犠牲になってしまわないよう、彼らを守るために制定されており、ある意味で会社の義務とは、これらの法律を守り労働者の人権を尊重するということ以上にないように思います。
この記事で触れていることに関する条項が労働安全衛生法にありますので、いくつか抜粋します。
(健康教育等)
第六十九条 事業者は、労働者に対する健康教育及び健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならない。
2 労働者は、前項の事業者が講ずる措置を利用して、その健康の保持増進に努めるものとする。
(体育活動等についての便宜供与等)
第七十条 事業者は、前条第一項に定めるもののほか、労働者の健康の保持増進を図るため、体育活動、レクリエーションその他の活動についての便宜を供与する等必要な措置を講ずるように努めなければならない。
(事業者の講ずる措置)
第七十一条の二 事業者は、事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、次の措置を継続的かつ計画的に講ずることにより、快適な職場環境を形成するように努めなければならない。
一 作業環境を快適な状態に維持管理するための措置
二 労働者の従事する作業について、その方法を改善するための措置
三 作業に従事することによる労働者の疲労を回復するための施設又は設備の設置又は整備
四 前三号に掲げるもののほか、快適な職場環境を形成するため必要な措置
労働基準法や労働安全衛生法等と実情と照らし合わせ、すべきことをする、というのがウェルビーイングにあたって遂行されるべき会社の立ち位置です。同様に、労働者も健康促進につとめ、健康診断の結果を報告するといった様々な義務を守らなければなりません。
その姿勢を見せた上で「あなたはこの会社のために何ができるか」を問うのが、フェアであり、働きやすく、人を活かせる会社の在り方なのではと考えます。そこには共栄共存を目指すまっとうな契約があるだけであって、理不尽な犠牲を強いることも、甘やかしもありません。(ただし日本で働かせてもらっていた時、この「フェアさ」に疑問を感じたことがあり、これもまた別の機会に書かせていただければと思います。)
ともかくこういった法を頼りにすれば、1の現状把握で社員側から問題が見つからなかったとしても、職場環境や健康保持促進などについて改善を考える余地はあるでしょう。オフィスにマッサージチェアや昼寝スペースを設けるというようなアイデアも、上記の事業者の講ずる措置からは理に適っているはずです。あらたに産業医や産業カウンセラーと提携する、プロの力を借りるというのも、もちろん有効な選択肢のひとつです。
私自身、社会問題に(細々ですが)取り組む立場にあるものとして、立ち位置に迷った時に頼りにするのは、「世界人権宣言」や「児童の権利に関する条約」など人権に関する力のあるもので、例えば"すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利と について平等である。"という文言は、人をサポートさせてもらう者としても、いち人間としても、支えられている安心感があります。日本の労働法も、「守らなくてはならない厄介なもの」ではなく「自分を守ってくれるもの」「会社の在り方を支えてくれるもの」として発想転換をしてつきあえば、頼もしい面も多くあるに違いありません。
5.目標設定
状況を把握し、もしくは対話を進め、権利について考察したところで、自分の組織はどうしていけば良いか想像ができたなら、目標を設定できる段階です。離職率、勤怠や採用コストに注目したり、ストレスチェック結果、または集中力や生産性が落ちているといったアンケート回答に着目したり、対話から見えてきた「自分を活かせていない」ということを述べたり、また労働法が満たされていない部分にフォーカスしたりしながら、目指すべきところを決め、自分の組織で現実的に継続して行える中期・長期のプランを立ててゆければ良いのではないでしょうか。
付け加えるならば、この時「ひとりでやる」ということを是非避けて頂きたいと思います。「組織の問題をひとりで抱えすぎて、自分が押しつぶされてしまわない」ためです。
自分がそういうタイプだったのもあり、また仕事上で何人かの方にお会いして思ったのは、「なんとかしなくちゃ!」という意気込みを持つ、能力が高く責任感と思いやりにあふれている人は、上と下の板挟みにある中堅の立場の方が多いのですが、周囲よりもよけい多くのものを抱えて孤立してしまいがちです。組織を変えるのに、こういったやる気と情のある方々の働きは絶対に欠かせませんが、単独で動きすぎると逃げ場のないまま重圧がかかり、結局自分の心身の問題にも関わり、計画を長く実行できなくなってしまいます。
個人ベースで動いているのならまずは、同じような意志を持っている人に相談する、味方をなるべくたくさん見つけていくこと、その上で計画を練って然るべき人を説得するする、といったことをお薦めします。
こういった、変化を起こすアクションには常に反発がつきものです。自分が助けようとしている人に疎まれる、文句を言われる、ということにも常に向き合わなければなりません。(それもあり、介護職や医療関係、ソーシャルワーク関連で働く人がうつにかかる可能性が高いのかもしれません)
一緒に戦ってくれる、何かあったときに話を聴いて愚痴を言い合える、対話相手の存在は、ここでも大変重要です。
まとめ
以上が、メンタルケアを通過点としてウェルビーイングを目指す根拠、「人を活かす」ウェルビーイングの考えとは何か、また会社でどう実行してゆけば良いかという、キーワードを示しての提案でした。
生産性の低下や離職率の上昇など、うつや心の問題が起こす問題は深刻ですが、社員にメンタルケアが必要であるないに関わらず、「社員がより健康で幸福であり、やりがいや満足があることを目指す」のがウェルビーイングです。それは労働者の権利を守り、契約関係にあるものとしてお互いにフェアであるということであり、快適な環境を作り人を活かそうとすることが、最終的にはひとりひとりの健康や自由意志の尊重、そしてより良い働き、全体の成果にもつながってくるはずです。
精神医学などのスペシャリストではなくても、「今できること」にフォーカスし、できることを重ね、失敗や弱さを許容する、人の力を信じる度量があれば、おのずと問題を乗り越えるだけの強さを持てる体になっていくでしょう。
提案をさせて頂いたことは決して簡単ではないとは承知していますが、状況に変化が必要だと思うのであれば、まず「貢献したいと思わせるような会社はどんなものだろう」「週5日、350時間以上を過ごす場所というのはどういうところであるべきだろう」「自分にとっての仕事上の幸福とはどんなものだろう」といった想像をされてみてはいかがでしょうか。
主な提案は以上ですが、次回より数回、会社と就業者におけるフェアさを考えたり、エクササイズのアイデアの提案、補足的説明などをさせて頂ければと思います。
ここまでお読みくださって、誠にありがとうございました。
関連記事:プロでなくても職場のメンタルケアに取り組める、ウェルビーイングの概念とは (1) - 人を活かし、組織も活かす / プロでなくても職場のメンタルケアに取り組める、ウェルビーイングの概念とは (2) - 「今、できること」に焦点を当てる