川口 雅裕 / 組織人事コンサルタント

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今シーズンの採用シーズンもほぼ終わりかけの時期となり、人事部では受け入れ準備が始まりつつある頃だと思います。受け入れには、勤務地や配属の決定、入社式の準備、住宅関連の手続きなどがありますが、導入研修も大きなテーマです。

どれくらいの時期まで人事で面倒をみるか、サポーターやメンターと呼ばれる教育係は設けるか、何を教えるかといったことを決めなければなりません。この中で最も議論になるのは「何を教えるか」で、昔から「新人たちの1年後のあるべき姿」といった目標を定めて、それに基づいて「学ばせる内容とその順序」を詳細に設計しようとする会社が多くありますが、このようなアプローチはあまり効果的とは思えません。

理由の一つは、そのような学校の試験対策勉強のような方法では、ビジネスや社会の複雑な現場に対応できると思えないから。学校と同じように、教えたことについて「テストを実施して点数をつけよう」というのであれば構いません。しかし実際のビジネスの現場では、それら学んだことがいつどこで使えるのか、どのようにして使うのが有効なのかを判断するのは新人でなくても非常に難しく、出くわす場面で使えるスキルを自分は持っているのかどうかも分からないし、出くわす場面で使えるスキルなどを網羅的に教えるのも不可能です。つまり、これを教えたらこんな場面でこのように振る舞える、これが出来るようになるという計画は、絵空事に過ぎません。

もう一つは、多様性を重視するという現代的な人材観と矛盾していること。「新人たちの1年後のあるべき姿」を定めるのは、多様性を尊ぶ姿勢と矛盾します。もちろん、基礎的な部分は全員共通で教えるべきだという考え方も分かりますが、多様性を重視するなら、それと同じくらい、独自の興味関心に応じた分野を学ぶように促すべきです。しかし、そんな新人研修を設計しているケースはまずお目にかかりません。

そもそも、人間は非常に複雑なので、機械を組み立てたり修繕したりするように思い通りに作れるようなものではありません。人間が集まった社会もより複雑で、想定通りにものごとが起こり、予定通りに対応できるようなことはありません。大切なのはこのような前提に立って、「社会ではすぐに役に立つような学びはなく、また、どの学びがどこで役に立つかも分からない」と理解させること。「だから、ずっと学び続けなければならないし、山のように学んでそのうちの一部がたまに役に立つくらいのことだ」とメッセージすること。ここに知恵を絞るのが重要で、学ぶ分野も学ぶ順序も些細な話です。