値下げすると売り上げが伸びるカラクリ

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平日の昼さがりにもかかわらず、映画館の前が多くの女性で賑わっている。なぜ女性ばかりなのか。その日は水曜日で、女性の入場料を割り引く「レディースデー」だったからだ。レディースデーの入場料は1100円としているところが多く、通常より700円も安く済む。

翻ってみると、ホテルには「レディースプラン」があるし、レストランや居酒屋でもよく女性限定のサービスが用意されている。中年男性の私からしてみると羨ましい限りだが、なぜ女性ばかりが優遇されるのか、その理由を解き明かしておきたい。

映画館では決められたタイムテーブルどおりに上映する。当然、上映すれば電気代などのランニングコストがかかり、観客が多くても少なくてもその額は同じ。だったら入場料を下げても、観客を増やしてコストを回収しようという計算が働く。そこでレディースデーというアイデアが生まれたのだろう。

それに、700円も安くなって得をしたと感じてもらえたら、つい財布の紐も緩むというもの。売店でジュースにポップコーンなどを買ってしまう女性が多いのではないか。結果、入場料の割引分を売店での収入でカバーすることができて、映画館としたら文字通り“損して得取れ”を実践したことになる。

「それなら割引対象を男性に広げてもいいじゃないか。『メンズデー』を設けないのは“逆差別”ではないか」と、腹を立てる中年諸氏が少なくないはず。

でも、現実の世の中は厳しく、そうならないのにはちゃんとした理由がある。経済学でいう「価格弾力性」が関係しているのだ。価格弾力性とは、価格の変化に対して需要がどの程度増減するかを示すもの。計算式は「需要の変化率÷価格の変化率×マイナス1」である。

たとえば価格を10%値下げしても、需要が逆に20%増えれば、「20 ÷(−10)×(−1)」で、価格弾力性は「2」となる。このように「1」より大きい場合は「価格弾力性が高い」といって、価格が下落したときに売り上げが増える。

逆に価格を10%値下げしたにもかかわらず、需要が5%しか伸びないと、「5 ÷(−10)×(−1)」で、価格弾力性は「2分の1」となる。そして「1」より低い場合には、「価格弾力性が低い」とみなされ、値下げしたのにもかかわらず、売り上げは増えないことになる。

そして、女性と男性を比べた場合、女性のほうが総じて価格変化への対応が大きいと思われる。それはデパートのバーゲンや、スーパーの安売りセールに女性のほうが敏感なことを見てもよくわかるだろう。だから、映画館の館主たちは無意識のうちに価格弾力性のグラフを頭の中に描き、メンズデーではなくてレディースデーを設定しているのだ。

それに平日にメンズデーを設けても、仕事で忙しいビジネスマンが多く、大した集客効果は見込めない。それだったらということで、わざわざ休日にメンズデーを設ける必要などないだろう。黙っていても観客が来てくれるからだ。

とくに奥さんや彼女に「あの映画面白かったわ」と聞けば、気になって映画館に足を運ぼうと考える男性諸氏が少なくないはず。カリスマ的に周囲への影響力の大きい人をマーケティングの世界では「インフルエンサー」と呼んでいるが、レディースデーはそのような力を期待したものともいえそうだ。

こう考えてくると、先にも触れたように、世の中に女性を優遇するサービスがなぜ多いのかがわかってくる。消費増税前の駆け込み需要の反動で、消費全体の落ち込みが懸念されているだけに、「逆差別」などと水を差すようなことは慎み、おおらかな目で見ることが大切だと納得しておくことにしよう。

(公認会計士・税理士 柴山政行 構成=高橋晴美 図版作成=ライヴ・アート)