「教える技術」はどうして必要なのか――石田淳さんインタビュー(1)

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 部下に仕事を教えるのは上司の役目。しかし、どのように教えればよいのでしょうか。
 石田淳さんが上梓した『教える技術』(かんき出版/刊)は、行動科学の知見から、上司が部下に仕事内容を教える際に何をすべきなのか、何を重要視すべきなのかを教えてくれる一冊。転職が当たり前になった時代に、普遍的に使える「教える技術」は身につけておくと必ず重宝するはずです。
 今回は、石田さんへインタビューを行い、どうして今、「教える技術」が必要となっているのか、「行動科学」とは何かなど様々な質問をぶつけてきました。前編では、「教える」とは何かについて聞いています。

―前編:今、「教える技術」が求められている理由―

―本書の装丁ですが、とてもきれいな青色の表紙ですね。

石田「そうですね。きれいですし、シンプルですよね。実は他の色も候補にあがっていたんですが、この色が一番良かったです」

―書店で並んでいるのを想像すると、この青色が映えそうです。では、質問の方に移っていきたいと思います。石田さんといえばこれまで『「続ける」技術』に代表されるように、「続ける」ということを1つのテーマとして本を執筆されてきたと思いますが、今回、どうして「教える」をテーマとしたのでしょうか。

石田「もともと、僕はビジネスでリーダー向けの教育やマネジメントの研修などを行っていまして、実は今回のテーマである「教える」とか「育成」のほうが本職なんですね。それで、今までさまざまな企業で研修をしてきた中で、よく受講者の方々から「知りたいです」「読みたいです」という声をいただいた内容をこの本にまとめたんです」

―では、これまでのご経験を基に執筆されたわけですね。

石田「そうですね。多くの企業を見てきましたが、やはり、実は、教え方自体が分からないという方が結構いらっしゃいます。自分の経験だけを頼りに部下の育成をしてしまっていて、それにフィットする部下もいますが、全くフィットしない部下もいます。そういう悩みを持っている上司の方が増えてきているというのが実感なんです。なかなか部下が育たない、育てることが分からないと悩んでいる方に向けて、読みやすくシンプルなメッセージで伝えることができればと思っていました。」

―どうして今、私たちは「教え方」を学ぶ必要があるのでしょうか。

石田「今の企業は、部下や新人の育成にかける時間が非常に少なくなっています。少し前の時代でしたら、大学時代は遊んでもらって構わない、会社に入ってから何年もかけてじっくり育てていく、という終身雇用を基盤とした育成システムがありましたが、今はそういう時代ではありません。」

―年功序列の人事も崩壊してしまったと言われていますね。

石田「そうですね。また、マネージャーも短期間に育成して、一人前にするということが求められていますから、その中で『教え方』を学ぶことも必要性を増している。だから教える技術はすごくニーズが高くなっていると思います」

―転職が当たり前になると、教えるほうも教わるほうも、会社を超えて通用するスキルを身につける必要が出てきますよね。

石田「そうなんです。今までの教え方では、他での応用がきかないものが多かったと思います。普遍的な教え方は身に付けたほうがいいと思いますし、これはビジネスだけでなく、学校の先生や親御さん、人に何かを教えるという立場にいる人は、誰しも必要なことだと思います」

―それに、いずれは誰もが教える立場になりますよね。

石田「そう、だからこういった普遍的な教える技術は、どんな人でも身につけておくべきことだと思います」

―「教える」という意味では、ビジネスには「コーチング」がありますが、石田さんの専門分野である「行動科学」はコーチングとどのようなところが違うのでしょうか。

石田「コーチングは行動科学の一部にもあるのですが、これはティーチングの後にすべきものです。
大まかに言うと、コーチングは相手の行動を引き出すということに重点を置くのですが、例えば、そもそも飛行機の運転の仕方を知らない人にコーチングをして、飛行機を飛ばすことはできないですよね。基本的な部分を教えないといけない。僕がこの本で書いている『教える』というのは、ティーチングの部分です。行動に焦点をあてたティーチングがあって、それからコーチングに移るのが教えていく上では、自然な流れだと思いますね。」

―本書では「行動」が重要であるとおっしゃっていますが、石田さんが行動に注目したきっかけはどのようなことだったのでしょうか?

石田「結局、組織は行動の集合なんです。やる気の集まりでもなければ、学歴の集まりでもない。能力の集まりでもありません。そこにいる人たちの行動が集合して成立しているものですから、どんなにやる気を持っていても、素晴らしい学歴があっても、具体的な行動に移さない限りは何も変わりません。ならば、最初から行動にフォーカスして考えた方がいいのではないか、と考えたのがきっかけですね」

―本書の中に「MORSの法則」*1(「具体性の法則」)というものが出てきます。「計測できる」「観察できる」「信頼できる」「明確化されている」という4つの条件を満たしていないと行動とはいえない、と石田さんはおっしゃっていますね。

石田「『教える』ということは、仕事ではリーダーやマネージャーが行うケースが多いと思いますが、一番重要なことは、用件をしっかりと言語化できるかどうかということなんです。教える側が具体的に仕事の内容をしっかりと説明できて、なおかつ具体的に指示を出すことができるか、ということが求められます。
それを表したのが『MORSの原則』で、例えば『ちゃんとやれよ』とか『自分で考えろよ』という言葉は完全にNGですよね(笑)。具体的ではないですし、分からないからできないわけじゃないですか」

―本書の中で、石田さんが「教える」ということについて、『「教える」とは、相手から“望ましい行動”を引き出す行為である』と定義されていて、とても新しく感じました。この定義にはどのようにして辿り着いたのですか?

石田「仕事でも勉強でもそうですが、目標があって、その目標に到達するためにやりますよね。では、どのようにして目標を達成するかというと、具体的な行動の積み重ねでしかないんです。目標を達成するために具体的にどのような行動をすべきか、それを教えてあげて、繰り返しできるようにしてあげれば、少なくともある程度成果を出すことができるようになります」

―この本を読ませていただいて、私も後輩に対しての今までの教え方が悪かったのではないかと反省するところがありました。どうしても言い方が抽象的になってしまうところがあったのですが、どうしてそうなってしまうのでしょうか。

石田「それは単純に、具体的に言葉にするのが面倒くさいからだと思います(笑)。できるリーダーは具体的な言葉に落として説明するということを必ずやっています。
よく、個人ではトップになっても、チームリーダーとして、チームをトップに導けない人がいます。それはなぜかというと、トップセールスマンは感覚的に仕事ができてしまう人が多く、具体的な言葉に落として自分を分析しないんです。だから、部下ができたとき、どうしても指導が下手になってしまう。しっかりと指導できる人というのは、分析をして、具体的な行動として指示を出しているんです」

―スポーツの世界でも、「名選手は名監督にあらず」という言葉がありますね。

石田「そうですね。感覚的に出来てしまうから、どうして部下が出来ないのかなかなか分からないんですよ」

―中編「現代の上司たちの悩みとは?」に続く―

*1…「MORSの法則」
「具体性の法則」ともいう。以下の4つの条件を満たすことで、その行為は「行動」となる。
Measured 計測できる/Observable 観察できる/Reliable 信頼できる/Spesific 明確化されている



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