西野監督がトップ下の先発に指名したのは香川。その背番号10が値千金のPK弾を決めたことで、日本は勢いに乗った。(C)Getty Images

写真拡大 (全3枚)

 コロンビア戦が終わって沸き上がってきたのは、なんとも言えない不思議な感情だった。
 
 驚きを多分に含んだその感情は、あまり味わえるものではない。長くサッカー現場の取材をしてきた私にとっても、フットボールの奥深さを痛感させられるゲームだった。
 
 どんなにサムライブルーがこっぴどく国内で批判されていようが、ワールドカップの戦いは最後の2〜3週間の準備がきわめて重要なのだ。いかなる強豪国であっても、そこで失敗すると良い結果は求められない。西野朗監督は、本当に素晴らしいマネジメントをした。こちらが想定していた以上に、すべてが上手くハマったのである。柴崎岳、香川真司、そして吉田麻也と昌子源のCBセットを先発させ、ほんの2週間前とはまるで違うチームになっていた。まさしく勝負師の英断。チームの成長をしっかり見定め、最適な選手と組合せを探り当て、勝利した。お見事である。
 
 奇跡の勝利だと騒がれているが、私はそうは思わない。フットボールのストーリーというものは、言ってみればキャプテン翼のようにガラリと展開が変わることがある。まったく異なる光が生み出されることがある。西野ジャパンの場合は、地味だが黙々と短い時間で積み上げた努力が、結晶となって光り輝いた。それが歴史を動かしたのである。なんと素晴らしいノンフィクションだろうか。

 
 日本のファンは試合前、勝利を期待してはいたものの、どこかに疑心暗鬼はなかったか。それが一夜にして、一変した。世界最高峰の舞台で戦う日本代表選手を誰もが認め、その自信を共有し、途轍もなく大きなリスペクトが芽生えたのだ。国のムード自体が変わった、と換言してもいいだろう。ワールドカップはたった1勝ですべてが変わる、そういう大会なのだ。
 
 ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督を更迭し、ガーナ戦、スイス戦で低調な出来に終始していたは事実だ。日本はFIFAランキングも61位と低く、出場32か国では下から数えて3番目である。パラグアイ戦で良い勝ちっぷりを見せたとはいえ、刷り込まれた先入観というものはなかなか拭いがたく、サポーターはどこか心に不信や不安を抱いていただろう。
 
 そうした意味では、開催国のロシアや同じアジア勢のイランは、日本代表チームにもサポーターにも勇気を与えたのかもしれない。下馬評は決して高くなかったが、前者は開幕戦で見事な攻撃サッカーを披露してサウジアラビアから5点を奪い、後者は強敵モロッコを相手に粘り勝ちした。彼らもまた、最後の2〜3週間に最高の準備ができたのだろう。やかましい外野の雑音にいっさい耳を傾けず、自分たちのスタイル熟成にのみ集中した結果だ。
 
 
 西野監督にとってはやはり、パラグアイ戦で得た収穫が大きかっただろう。
 
 攻守の迅速な切り替えを念頭に置き、中盤のコンビネーションを高めるためにはどんな組み合わせがベストなのか。積極的なテストにパラグアイ戦を費やし、コロンビア戦では乾貴士、香川、柴崎、長谷部誠、原口元気の5人のMFを並べる最適解を見出したのだ。彼ら5人が同時にピッチに立つのは初めてだったはずだが、西野監督にはどう機能するかのイメージができていたのだろう。連携はいたってスムーズだった。
 
 守備の安定も目を見張るばかりだった。高い位置での追い込みも、最後の局面での対応もだ。結果的にFKでの失点を招いた長谷部のファウルは正直言ってアンラッキーで、むしろラダメル・ファルカオの反則だった。最前線の大迫勇也からして守備意識が高かったし、誰もが素早い帰陣と積極的なフォアチェックを意識していたように思う。短い強化期間であれだけの連動性を示せたのは、個々の取り組みと互いへの信頼性に拠るところが大きい。吉田と昌子のコンビも強度が高かった。あのファルカオがGK川島永嗣へのバックパスのようなシュートしか撃てなかったのだから。