太平洋戦争末期、旧日本軍は片道の燃料だけを積み、生還を期さない航空特攻作戦を組織的に推進した。軍指導部はなぜ「統率の外道」とされた非人間的な作戦を強引に承認し、現場に責任を押しつけたのか?【貴重画像】イケメンすぎる…22歳で戦死した“特攻隊員の慶應生”を写真で見る戦時中の生々しい実態を取材したノンフィクション作家・保阪正康さんの著書『昭和陸軍の研究下』(朝日文庫)より、一部を抜粋。