一人の正義が他人の人生を狂わすこともある――鈴木おさむさんインタビュー(1)
人気クイズ番組「クイズ!ミステリースパイ」のプロデューサーとして多忙を極める神田達也が、ある日帰宅すると、自宅のリビングで高校生の息子である和也が磔にされ、玉虫色のスカーフを巻いた男が立っていた。
玉虫色のスカーフの男は6枚の名刺を取り出し、和也を人質にとって神田にクイズを出題する。白いパジャマを着た男女5人が登場し、名刺の持ち主を5人の中から探し出して返していけ、というのだ。その名も「The Name」。
数々の人気番組を手掛ける放送作家・鈴木おさむさんが執筆した『名刺ゲーム』(扶桑社/刊)は、テレビ業界のリアルな闇と欲望を描いた小説だ。しかし、ここで書かれている“問題”は、テレビ業界だけに限ったことではなく、仕事をしているあまねくビジネスマンに突き刺さるものになっている。
これは鈴木おさむさんの“暴露”なのか? それとも、“告白”なのか? 新刊JPは鈴木おさむさんに真意を聞いてきた。その前編をお伝えする。
(新刊JP編集部/金井元貴)
■テレビ業界の裏側を描いた問題作が登場!
――この『名刺ゲーム』はテレビ業界の暗部をえぐる衝撃作でありながら、ミステリーの要素が加わった非常に読み応えのある小説でした。もともとは同名の舞台が原作になりますが、小説化の経緯から教えていただけますか?
鈴木おさむさん(以下敬称略):今年はじめに角川書店から出版した『美幸』も同じように小説を出す前に舞台をやったのですが、この作品については舞台だけにしようと思っていて、全く小説化を考えていなかったんです。でも、公演を観に来られた扶桑社の田中さん(編集者)に「この作品をぜひ小説にしてほしい」とお願いをされて、0から作り直すことになりました。
テレビプロデューサーの神田達也に恨みを持っている白いパジャマを着た5人の男女たちが出てきますが、実は舞台では彼らの独り語りはなかったんです。だから、小説として書き直すときにはじめて、彼らはどのような感情なのか、どう思っているのかなどを作り込む必要が出てきて、意外と大変でした。
――主人公の神田達也という人物は、この作品では非常に際立った存在です。人気クイズ番組のプロデューサーですが、まるで振る舞いは独裁者そのもの。絵にかいたような「上司になってほしくない人物」ですが、この人物のモデルはいらっしゃるんですか?
鈴木:ある特定の個人をモデルにしているということはもちろんありません。ただ、僕自身がテレビ業界で仕事をしてきた中で、怒りや違和感などを抱くことはたくさんありました。そういった要素を、この神田達也という人物に収めたんです。ただ、この神田って、ただの悪い奴ではないですよね。ヒット番組を生み出せない時代も長く経験していたから、その分、仕事に一生懸命になりすぎるが故に傍若無人な振る舞いをしてしまっているところもある。
――最初はものすごく性格が悪いように思えるのですが、読み進めていくと、すごく弱い人物だということが分かってきます。
鈴木:先日、たまたま番組でSEKAI NO OWARIの「Dragon Night」という新曲を聞いたのですが、まさにあの曲の歌詞の通りで、自分が自分なりの正義をかざして戦っていても、相手はまた別の正義を持っていて、それをかざして向かってくる。
神田達也は、面白い番組をつくることが自分の中の正義であり、目的であり、そのために突き進んでいます。けれども、実はそれが誰かを傷つけることになってしまう可能性もある。この『名刺ゲーム』に出てくる5人の登場人物は、まさに神田達也の正義によって被害を受けた人たちですよね。
逆に、被害を受けた人たちが必ずしも正しいかというと、そういうわけでもありません。彼らには彼らなりの正義があるけれど、一方でどこかに駄目な部分や甘えている部分があるはずです。
――この『名刺ゲーム』では、これまでテレビ業界で問題になってきた事件がモチーフとしてあらわれます。例えば、クイズ番組でのヤラセ実験ですとか…。テレビ業界の裏側をある意味、暴露するような内容になっています。
鈴木:暴露をしようと思って書いたわけではありません。クイズ番組の作り方や会議の仕方等は、かなりリアルに書いています。これまでもテレビ業界を扱った小説はありましたが、それらよりもリアリティのあるものになっていると思います。
ヤラセ実験のくだりについては、「こういったことはよく聞くな」というところから組み立てていったのですが、ここで本当に描きたかったことは、ヤラセについてではなく、テレビ局と制作会社の主従関係なんですね。プロデューサーなどの力のある人間が「この画を撮ってこい」と言えば、制作会社はそれに従うほかない。でも、その画を撮るには、ある程度の「ヤラセ」が必要不可避に思えるものもある。じゃあ、そのときにどうするのか。
プロデューサーが欲しいのはその画ですから、もし撮れても「よく撮ってきた」とは言うかもしれないけれど、どう撮ってきたかは問わないんです。
――何か問題が起きたら制作会社の責任にする、と。そのケースは往々にして一般的なビジネスの現場でもある光景です。
鈴木:そうですよね。上は「売上をのばせ!」と言うけれど、結果的にのびたとき、どうやって上げたかはわざと聞かないとか、その不自然さを感じることはあります。
――この『名刺ゲーム』はテレビ業界以外のビジネスマンが読んでも、すごく身に覚えのある話が詰まっていると思います。
鈴木:この物語に出てくる弁当屋の女主人のエピソードも、普通にある話なんです。例えば、大量注文していたお弁当屋の弁当が原因で、数人が体調不良になった。全員が食中毒になったわけではなく、本当にたまたま、事故みたいな出来事だった。そして、そのお弁当屋と取引をやめたら、お弁当屋はつぶれてしまったんですね。
テレビ局からの弁当の注文って、毎週400個とかの規模なんですよ。売上の柱がなくなってしまうわけですから、つぶれてしまう。会社が一社つぶれるということは、経営者やその会社にいる人たちの人生も変わるわけです。さらにそれが、一個の弁当、一人の言葉がきっかけによって引き起こされることもある。もしかしたら自分自身も加害者になっているかもしれないんです。
つまり、知らない間に他人の人生を変えてしまっているかもしれない。でも、神田達也は気づかなかったんです。数字を取らないといけないし、なりふり構っていられなかった。すると、今度は忙しくなってなかなか家に帰れなくなるわけですから、家庭と仕事のバランスが壊れていって、子どもの人生にも影響を与えていく。
――囚われの身である息子の和也が「パパの作った番組は初恋を終わらせ、彼女の人生も変えた。色んな人の人生を変えていく運命にあるのかもね、パパは」(P136より)と独白するシーンはとても印象的でした。
鈴木:実は父親の仕事が子どもに与える影響は大きいですよね。僕の実家は自転車屋だったから、「おい、自転車屋!」といじられましたし、たまたま父親が小学校のPTA会長になったことがあって、もちろんそれでもいじられていました。なぜなら、PTA会長って事あるごとに児童たちの前で挨拶をするんですね。いじられるのは当然なんですが、親のちょっとした変化が子どもの立場を変えたり、影響を与えたりすることに気づいていない大人はたくさんいるんです。
特にテレビ局に勤務する人等、テレビ業界の仕事をしていると噂になりやすいと思います。エンドロールとかで名前が出ますからね。先日、知り合いのディレクターともその話になって、彼の6歳の子どもが小学校の休み時間ひとりで空を見上げているという話を聞いて、もしかしたら親がテレビ業界にいるということでいじられているんじゃないか、と。特に家族がいる身ですと、自分の人生だと思ってやっていたことが、子どもの人生を巻き込んでいたことに気づかないというケースも意外にあるように思うんです。
(後編へ続く)
玉虫色のスカーフの男は6枚の名刺を取り出し、和也を人質にとって神田にクイズを出題する。白いパジャマを着た男女5人が登場し、名刺の持ち主を5人の中から探し出して返していけ、というのだ。その名も「The Name」。
これは鈴木おさむさんの“暴露”なのか? それとも、“告白”なのか? 新刊JPは鈴木おさむさんに真意を聞いてきた。その前編をお伝えする。
(新刊JP編集部/金井元貴)
■テレビ業界の裏側を描いた問題作が登場!
――この『名刺ゲーム』はテレビ業界の暗部をえぐる衝撃作でありながら、ミステリーの要素が加わった非常に読み応えのある小説でした。もともとは同名の舞台が原作になりますが、小説化の経緯から教えていただけますか?
鈴木おさむさん(以下敬称略):今年はじめに角川書店から出版した『美幸』も同じように小説を出す前に舞台をやったのですが、この作品については舞台だけにしようと思っていて、全く小説化を考えていなかったんです。でも、公演を観に来られた扶桑社の田中さん(編集者)に「この作品をぜひ小説にしてほしい」とお願いをされて、0から作り直すことになりました。
テレビプロデューサーの神田達也に恨みを持っている白いパジャマを着た5人の男女たちが出てきますが、実は舞台では彼らの独り語りはなかったんです。だから、小説として書き直すときにはじめて、彼らはどのような感情なのか、どう思っているのかなどを作り込む必要が出てきて、意外と大変でした。
――主人公の神田達也という人物は、この作品では非常に際立った存在です。人気クイズ番組のプロデューサーですが、まるで振る舞いは独裁者そのもの。絵にかいたような「上司になってほしくない人物」ですが、この人物のモデルはいらっしゃるんですか?
鈴木:ある特定の個人をモデルにしているということはもちろんありません。ただ、僕自身がテレビ業界で仕事をしてきた中で、怒りや違和感などを抱くことはたくさんありました。そういった要素を、この神田達也という人物に収めたんです。ただ、この神田って、ただの悪い奴ではないですよね。ヒット番組を生み出せない時代も長く経験していたから、その分、仕事に一生懸命になりすぎるが故に傍若無人な振る舞いをしてしまっているところもある。
――最初はものすごく性格が悪いように思えるのですが、読み進めていくと、すごく弱い人物だということが分かってきます。
鈴木:先日、たまたま番組でSEKAI NO OWARIの「Dragon Night」という新曲を聞いたのですが、まさにあの曲の歌詞の通りで、自分が自分なりの正義をかざして戦っていても、相手はまた別の正義を持っていて、それをかざして向かってくる。
神田達也は、面白い番組をつくることが自分の中の正義であり、目的であり、そのために突き進んでいます。けれども、実はそれが誰かを傷つけることになってしまう可能性もある。この『名刺ゲーム』に出てくる5人の登場人物は、まさに神田達也の正義によって被害を受けた人たちですよね。
逆に、被害を受けた人たちが必ずしも正しいかというと、そういうわけでもありません。彼らには彼らなりの正義があるけれど、一方でどこかに駄目な部分や甘えている部分があるはずです。
――この『名刺ゲーム』では、これまでテレビ業界で問題になってきた事件がモチーフとしてあらわれます。例えば、クイズ番組でのヤラセ実験ですとか…。テレビ業界の裏側をある意味、暴露するような内容になっています。
鈴木:暴露をしようと思って書いたわけではありません。クイズ番組の作り方や会議の仕方等は、かなりリアルに書いています。これまでもテレビ業界を扱った小説はありましたが、それらよりもリアリティのあるものになっていると思います。
ヤラセ実験のくだりについては、「こういったことはよく聞くな」というところから組み立てていったのですが、ここで本当に描きたかったことは、ヤラセについてではなく、テレビ局と制作会社の主従関係なんですね。プロデューサーなどの力のある人間が「この画を撮ってこい」と言えば、制作会社はそれに従うほかない。でも、その画を撮るには、ある程度の「ヤラセ」が必要不可避に思えるものもある。じゃあ、そのときにどうするのか。
プロデューサーが欲しいのはその画ですから、もし撮れても「よく撮ってきた」とは言うかもしれないけれど、どう撮ってきたかは問わないんです。
――何か問題が起きたら制作会社の責任にする、と。そのケースは往々にして一般的なビジネスの現場でもある光景です。
鈴木:そうですよね。上は「売上をのばせ!」と言うけれど、結果的にのびたとき、どうやって上げたかはわざと聞かないとか、その不自然さを感じることはあります。
――この『名刺ゲーム』はテレビ業界以外のビジネスマンが読んでも、すごく身に覚えのある話が詰まっていると思います。
鈴木:この物語に出てくる弁当屋の女主人のエピソードも、普通にある話なんです。例えば、大量注文していたお弁当屋の弁当が原因で、数人が体調不良になった。全員が食中毒になったわけではなく、本当にたまたま、事故みたいな出来事だった。そして、そのお弁当屋と取引をやめたら、お弁当屋はつぶれてしまったんですね。
テレビ局からの弁当の注文って、毎週400個とかの規模なんですよ。売上の柱がなくなってしまうわけですから、つぶれてしまう。会社が一社つぶれるということは、経営者やその会社にいる人たちの人生も変わるわけです。さらにそれが、一個の弁当、一人の言葉がきっかけによって引き起こされることもある。もしかしたら自分自身も加害者になっているかもしれないんです。
つまり、知らない間に他人の人生を変えてしまっているかもしれない。でも、神田達也は気づかなかったんです。数字を取らないといけないし、なりふり構っていられなかった。すると、今度は忙しくなってなかなか家に帰れなくなるわけですから、家庭と仕事のバランスが壊れていって、子どもの人生にも影響を与えていく。
――囚われの身である息子の和也が「パパの作った番組は初恋を終わらせ、彼女の人生も変えた。色んな人の人生を変えていく運命にあるのかもね、パパは」(P136より)と独白するシーンはとても印象的でした。
鈴木:実は父親の仕事が子どもに与える影響は大きいですよね。僕の実家は自転車屋だったから、「おい、自転車屋!」といじられましたし、たまたま父親が小学校のPTA会長になったことがあって、もちろんそれでもいじられていました。なぜなら、PTA会長って事あるごとに児童たちの前で挨拶をするんですね。いじられるのは当然なんですが、親のちょっとした変化が子どもの立場を変えたり、影響を与えたりすることに気づいていない大人はたくさんいるんです。
特にテレビ局に勤務する人等、テレビ業界の仕事をしていると噂になりやすいと思います。エンドロールとかで名前が出ますからね。先日、知り合いのディレクターともその話になって、彼の6歳の子どもが小学校の休み時間ひとりで空を見上げているという話を聞いて、もしかしたら親がテレビ業界にいるということでいじられているんじゃないか、と。特に家族がいる身ですと、自分の人生だと思ってやっていたことが、子どもの人生を巻き込んでいたことに気づかないというケースも意外にあるように思うんです。
(後編へ続く)