【新車のツボ77】BMW i3試乗レポート
i3は、あのBMWがゼロから新しく専用開発した電気自動車(以下EV)。一部のEV専業メーカーをのぞけば、既存の自動車メーカーが本格的に量産するEV専用車は、わが日本の日産リーフに続いて、世界2例目である。
i3は車体構造もまったく新しい。下半身の土台がアルミで、それより上半身のボディ本体はいわゆる"カーボン"なのである。カーボン=炭素繊維強化樹脂とはゴルフクラブや釣り竿などに使われるアレであり、クルマの車体骨格に本格的に使われた例は、これまでF1などのレーシングカーや一部の少量生産スーパーカーにかぎられる。つまり、i3はEVとしては世界で2番目、そしてカーボンボディ車としては世界初の量産車なのだ。
i3はご覧のようなハイトワゴンスタイルである。全幅こそドーンと広いが、全長は日本でいうコンパクトカーサイズ。前開きの小さなリアドアをもつ4人乗り。動力モーターが後ろにあって後輪駆動となるのが、前輪駆動のリーフともっとも大きく異なる点。EVではエンジン車のような大型ラジエターも不要なので、i3はフロント側にかさばるメカがなにもない。それを活かしたダッシュボードも超スリム。メーターやナビなどの視覚インターフェースがすべて薄型液晶のタブレット端末風となるのも、いかにも新しい。
ほぼ無音に近い静かさなのに、アクセルを踏んだ瞬間からのけぞる強力な加速は、どのEVにも共通する走りのツボ。カーボンボディのi3はリーフより200kg近くも軽いので、瞬間的なダッシュ力は下っ腹がくすぐったくなる(これは男性特有の感覚らしいが)。しかも後輪駆動だから、後ろからドーンと蹴り上げられる加速感がまた独特である。
アクセルをゆるめると今度は回生ブレーキ(従来の表現をすればエンジンブレーキ)がかかるのだが、i3のそれは、エンジン車の感覚で右足をスパッと離すと、身体にシートベルトが食い込むくらいに強力なのだ。i3をなめらかに走らせるには、右足をアクセルから片時も離さず、加速も減速も右足の繊細な操作でおこなう必要がある。かわりに、赤信号などで完全停止するとき以外は、ブレーキペダルに足を移す必要がほとんどない。BMWはこれを"ワンペダルドライブ"と名づけて意図的に押し出している。
フロント側が軽いi3は操縦性も独特で、カーブではきちんと減速してフロントタイヤに荷重をかけないと反応が鈍い。しかし、逆にいうと、積極的に加減速させると、素晴らしく俊敏だ。ここで活きてくるのが前記のワンペダルドライブ。アクセルだけでギュッと減速して、クルッと曲がって、再び加速でドーン!! ......という走行感覚は、とびきり新しく、そして純粋に面白い。
i3より先行したリーフは「だれもがすっと馴染めるように」と、パッケージでも走行感覚でも、EV特有のものをあえて排除した。i3はその正反対で、EVでなければできないことを全面的に大げさに表現する。i3に乗ると最初のうちは違和感だらけなのだが、慣れてくると、エンジン車にはない楽しさがビンビンに伝わってくる。リーフとi3で対照的なクルマづくりの流儀が、最終的にどっちが正しいかはともかく、純粋に好き者のツボを刺激してくれるのは、圧倒的にi3である。
日本でも街中や高速サービスエリア、道の駅などで見かけるようになってきた急速充電器でも、EVの充電には1時間ほどかかり、また1充電あたりの航続距離が150〜300kmである。しかもi3は通常モデルでも500万円もするから、これを気軽に買っていいものかどうかは微妙だ。まあ、i3には普通のEV仕様のほかに、発電用エンジンを積んだ"レンジエクステンダー仕様"も用意されており、そっちを選べば、ガソリンを入れ続けると充電なしでも走ることは可能。ただ、ガソリン容量は9リッターしかなく、増える航続距離は2倍に満たない。いずれにしても、自宅駐車場に充電設備がない人がi3を買うのは現実的ではない。i3はあくまでEVだからだ。
ただ、「どうせ近距離しか乗らないからEVでいい」と本気で割り切れる人、あるいは「セカンドカーとして面白そう」と素直に思える環境の人にとって、i3ほど新しモノ好き、面白いモノ好き、技術好きのマニアのツボを純粋にくすぐってくれるクルマは、現時点ではほかに存在しない。これはそこいらのスーパーカーより、はるかに面白い乗り物だ。
佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune