【F1】小林可夢偉に小さな手応え。「やっとマトモに走り出した」
バーレーンGPのレースが終わり、マシンを降りたドライバーたちが次々と表彰台裏のミックスゾーンに姿を見せ、世界各国のテレビレポーターたちが向けるマイクに向かって喋り始める。レースを終えたばかりの熱気とともに英語だけでなくさまざまな言語が飛び交う喧噪(けんそう)の中で、小林可夢偉は辺りをぐるりと見回し、誰からも声をかけられることなくその場を立ち去った。
「15位完走」。その"結果"だけを見れば、海外メディアたちのそれは当然の反応と言えた。
しかし、可夢偉にとってのバーレーンGPの"内容"は十分に賞賛に値するものだった。
「今週はトラブルフリーで週末を過ごすことが目標です」
開幕から一歩ずつ前進しているとは言え、ここまでケータハムの週末には何かとトラブルがつきまとってきた。フリー走行でマシンを煮詰め、タイヤを確認し、予選・決勝で今の実力を出し切ること。可夢偉は開幕からの2戦でそれができたとは思っていない。
"今の実力"でどこまで戦えるのか、まずはそれを確かめたかった。
「まだ、やっとマトモに走り出したっていうクルマですからね。馬が産まれてやっと歩き出したくらいのレベル(笑)。そんなときに何を言うてもしょうがないでしょ?」
金曜午前のフリー走行で、可夢偉は自身のシートをリザーブドライバーのロビン・フラインスに譲った。彼が持ち込む多額の資金がチームの助けになるのなら、可夢偉は喜んでシートを譲る。初回フリー走行など、可夢偉にとってはたいしたことではない。今の可夢偉にはそう言い切って笑い飛ばす余裕がある。セッション中にガレージでメカニックと一緒になって床磨きをして笑いを取る余裕すらあった。
「ゆっくりお昼ゴハンも食べられたし、良かったですよ(笑)。いっそのこと、今年はフリー走行を走らないでもいいかなっていうくらいです。壊れてイライラするんやったらね。とりあえず(市街地サーキットの)モナコとシンガポールでは(コースが狭いため)クルマを壊されたら困るし、鈴鹿で(自分以外のドライバーが)走ったら、ツイッターが炎上するから、それだけはやめとけっていうのが僕からの忠告(笑)。それ以外はご自由に」
そして、可夢偉の願いが通じたようにケータハムのマシンはトラブルなく走り続け、可夢偉はマルシア勢を上回る19位で予選を終えた。ザウバーやロータスから0.5秒以内のポジションは、決して悪くない。
「今のクルマの状態を考えれば、これが現実的な線でしょう」
予選を終えて、可夢偉は素っ気なく答えた。
実は、開幕戦から実戦投入した新型のフロントウイングはあと一つしか残されていない。スペアも含めて3つあったそのウイングは、開幕戦決勝の可夢偉のクラッシュと、マレーシアGP予選のマーカス・エリクソンのクラッシュで、残り一つになってしまっていたのだ。
バーレーンGPではエースの可夢偉車には新型が装着され、エリクソン車とスペアのウイングは全て旧型。噂されていたTMG(元トヨタF1の活動拠点)の風洞で開発された新パーツは、この週末に間に合ってはいない。今のケータハムは、それほど綱渡りの状態なのだ。
「初めてグランプリ週末をスムーズにいけているんで、いらんこと考えずに自分たちのクルマのパフォーマンスを引き出すことだけを考えたいし、今日のところはそれがやれたんで良かったかなと思います」
このとき可夢偉の胸中には、ひとつの期待があった。「自分たちがマルシアより速いのは明らか。決勝のペースでいえば、ザウバーやロータスと戦うことだってできるかもしれない」。
今の自分たちのポテンシャルがどの辺りにあるのか。開幕戦では「周りと戦うことは考えずに」走らなければならなかった可夢偉とケータハムが、ここでようやくライバルと戦う段階までやってきたのだ。
しかし決勝は、好スタートを切ったものの、目の前で混乱が起きた余波を受けてチームメイトとマルシアの1台に先行を許してしまった。
「スタートは普通にいったんですけど、ターン8で目の前でロータスとかトロロッソが暴れてくれて、ちょうどその後ろにおったからグジャグジャっとなって......」
だが、マルシア勢より明らかに可夢偉のペースが上で、相手にする必要はなさそうだった。それよりも可夢偉が気にしていたのは、ザウバーとロータスだった。
ケータハムはタイヤの性能低下が小さく、ライバルたちが3回のタイヤ交換を必要とするところを2回のピットストップで走り切る作戦。可夢偉はそこに勝機を見出そうとしていた。巡航ペースが多少遅くとも、ピットストップ1回分の差をつけられなければ、最終的に自分たちが前に出ることができる。ポイント争いではないかもしれないが、下位集団でひとつでもポジションを上げてフィニッシュすることが、今の可夢偉とケータハムにとっての戦いなのだ。
「序盤のペースは悪くなかったんですよ。全然問題なくて、狙いどおりザウバーと戦えていた。ロータスはちょっと速かったけど、マルシアは眼中になかった。そういう意味では、作戦どおり戦えていたんです」
しかし41周目、その作戦に狂いが生じた。ザウバーのエステバン・グティエレスが他車に追突された弾みで宙を舞って横転。コース上に破片をまき散らし、その事故処理のために導入されたセーフティカーは、可夢偉にとってまさに招かれざる客だった。
事故処理が終わり、残り11周でレースが再開されたが、その直後から可夢偉のマシンは目に見えてペースが落ちた。それまで圧倒していたマルシア勢と比べても1周で2秒から3秒は遅い。
その原因はトラブルではなく、燃料にあった。
「燃料が1周分足りなかったんです。(トップ集団に抜かれて周回遅れになると予測して)1周遅れでフィニッシュする予定だったから、最初から56周分しか積んでなくて、セーフティカーが出(てラップダウンを挽回させられ)た瞬間に終わり、みたいな」
セーフティカーが出動した場合、隊列を整理するために周回遅れは首位のマシンを抜いて隊列の最後尾に周ることになっている。つまり、ここでラップダウンを挽回したことで57周を走らなければならなくなったのだ。
残り11周を走りきるため、燃料をセーブしながら走行しなければならなくなった可夢偉は、ペースダウンを余儀なくされたのだ。
「あれ(セーフティカー)がなければ、最後までザウバーと戦えていたと思うんやけど。完全に戦略ミスですね。まぁしょうがないし、運が悪いとしか言いようがないけどね。しかもマクラーレンが突然止まるし......」
レース終盤、マクラーレンの1台(マグヌッセン)がリタイアしたことで、マルシアの1台(チルトン)が13位で完走。可夢偉がマレーシアで得た11位完走もむなしく、マルシアが再びコンストラクターズランキングでケータハムを上回る結果となった。
※コンストラクターズランキングは、10位以下の獲得ポイントがない場合は、完走順位によって決まり、同位の場合はその回数が多い方が上位となる。
実は可夢偉とケータハムが、燃料でここまで攻めの姿勢になった背景には、1週間前の苦い経験があった。
「マレーシアGPでは、決勝後に燃料が残っていたんです。あと2周走れるくらい(約6kg)はあったから、相当な量ですよ。(重量増による)タイム差は1周で0.2秒くらい。とすれば、1レースのトータルで10秒でしょ? それはデカいでしょ?」
だが、1周分の燃料を削って臨んだ戦いは、決して意味のないものではなかった。マルシアだけでなく、ザウバーとも十分戦えるという手応えをつかんだ。マルシアよりも後ろの15位完走という"結果"だけを見れば、それは取るに足らないものかもしれない。しかし、そこには間違いなく"意味"があった。
「はぁ〜、疲れたぁ......」
レース後に可夢偉のもとを訪ねると、彼は珍しく素の感情をさらけ出すようにため息を吐いた。目の前に好結果が見えていたがゆえに、落胆は決して小さくなかった。しかしそれにも増して、やれることはやり切ったという思いがあるからこそ、そして、このチームを引っ張っているという自信があるからこそ言えることがある。
「ザウバーとちゃんと戦えているっていうのは良いニュースやし、今回のデータを元にセットアップの煮詰めもして、次はアップデートのパーツも来るし、期待しましょう!」
シーズン序盤のフライアウェイシリーズ最後のレースとなる中国GPには、待望の新パーツが投入される。バーレーンで得たこの手応えを、次はいかに結果へと結びつけるか。可夢偉とケータハムは着実に前へと進んでいる。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki