某時計ブランドのCEOがF1マシンを購入したという。それは、かなり昔のロータスなのだが、その話をする際の彼の目は、新作時計の話をするときより輝いていたかもしれない。それくらい、F1マシンを所有するということは、モータースポーツファンにとって特別なことなのだ。

 しかし当然のことながら、F1マシンを所有することは並大抵のことではない。まずは莫大な資産が必要で、さらにF1業界に強力なコネを持っていなければ実現できない。しかも、それだけの力をもってしても、購入できるのは中堅チーム以下のマシンのみ。名ドライバーが乗った名車を所有することなど夢のまた夢である。

 唯一の例外は、スクーデリア・フェラーリの「F1クリエンティ」というプログラム。これなら実際にレースで使用したクルマを個人所有できる。といっても、フェラーリの厳選なる審査をクリアする必要があるし、そのコストは非公開のため不明だが、莫大な金額になるはずだ。しかも、F1は一人では動かせないので、専用のメカニック、専用の保管所、専用の運搬車をすべてフェラーリが用意し、走行できるのはサーキットのみという特殊なプログラムなので、自宅ガレージに飾って"俺のF1!"と自慢はできない。こうなると少々モノ足りないのも事実である。

 ところが"F1マシンを所有する"という究極の夢を、時計で実現する方法がある。

 イタリアンブランド「メカニケ・ヴェローチ」は、エンジンピストンの形状を時計のケースに引用するというユニークなスタイルで、モータースポーツ好きには知られた存在。彼らが提案する「オンリーワンコレクション」は、実際のレースに出走したF1マシンのパーツをウォータージェットカッターで切り抜いてダイヤルに使用している。

 F1にはフェラーリレッド×シェル石油のイエローのように、ファンにはおなじみの特徴的な配色があるので、たとえほんの一部分であっても、しっかりF1であることを主張できる。しかも繰り抜く場所によって絵柄が異なるので、世界に1本しかない時計になるのも面白い。

 また、「オンリーワンコレクション」は、名門チームのマシンのパーツを使っているのも特徴。契約の関係でチーム名は出せないが、ミハエル・シューマッハが連覇を続けていた2003年の跳ね馬や、デビッド・クルサードがドライブした英国の名門チーム、あるいはジャン・アレジが駆ったブルー×イエローのファッショナブルなマシンなど、トップチーム×トップドライバーの組み合わせが用意されており、マニア心をくすぐるのだ。

 ちなみに、昨シーズンの王者・レッドブルのマシンパーツは、カーボン素材の上に施した特殊なコーティングが剥離(はくり)するので、ダイヤルには使用できなかったという。こういう裏話が出てくるのも、本物のパーツを使っている証拠である。

 さまざまなスポーツに"プロ選手"は存在するが、F1の場合、レギュラードライバーが約20名(2014年は22名)しかいない、選ばれし天才たちだけの世界である。さらにメカニックやエンジニアも、その道の最高峰が結集しているので、おいそれと足を踏み入れることができない。

 だからこそ、ハイテクの塊であるF1マシンの一部を腕に着けることができることは、モータースポーツファンにとってはたまらない魅力になる。世界最高峰のドライビングテクニックとエンジニアリングが集まる世界に、少しだけでも近づくことができるのだから。

篠田哲生●文 text by Shinoda Tetsuo