【F1】速すぎるメルセデスにライバル勢は追いつけるのか?
「そんなの僕には分からないよ、だって僕は今年まだオーバーテイクをしたことないんだから」
ルイス・ハミルトンはそう言っていたずらっぽく笑った。
バーレーンGPを目前に控えた木曜日、メディアとの懇談の席で今年のF1マシンはオーバーテイクが難しくなったのかという質問を受けての一場面だ。
4日前のマレーシアGPで独走勝利を飾ったハミルトンと、開幕戦で勝利を収めたニコ・ロズベルグ。今季のメルセデスAMGは、2014年シーズンの開幕からトップを走り続けている。彼らにとっては他車をオーバーテイクする必要などなく、スタートからフィニッシュまで首位を独走するだけのレースが続いているのだ。
それはこの第3戦バーレーンの週末も変わることはなかった。
メルセデスAMG勢がフロントロウを独占した予選の最高速記録を見れば、メルセデスAMG製パワーユニット(PU)を搭載する4チーム(メルセデス、フォースインディア、ウイリアムズ、マクラーレン)8台のマシンがすべてトップ10に入っている。最高速トップのセルジオ・ペレス(フォースインディア)の328.8km/hと予選3位に飛び込んだダニエル・リカルド(レッドブル/ルノー製PU)の数値を比べると、8.5km/hの差がある。
レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表は、この直線主体のバーレーン・インターナショナル・サーキットではPUの最大出力の差がそのままラップタイムに表われたと認めた。
「我々がストレートラインのパフォーマンスでメルセデスAMGユーザー勢に大きく後れを取っていることは明らかだし、それを改善するためにルノーのスタッフも努力している。その直線の不利の大きさを考えれば、このサーキットでこうして表彰台の近くまで来られたこと(4位)は非常に大きな偉業だと言うべきだろう」
決勝のレッドシグナルが消灯した瞬間、フロントロウのメルセデスAMGの2台は後続よりも俊敏な加速を見せた。しかし何より、ERS(エネルギー回生システム)のブーストが許される100km/hを超えてからのスピードの伸びは他を圧倒しており、ターン1にアプローチするまでに後続をさらに大きく引き離した。マレーシアGPでもロズベルグがセバスチャン・ベッテル(レッドブル)をスタート直後に抜き去ったように、PUのパワーは明らかにメルセデスAMGのアドバンテージのひとつになっている。
同時に、メルセデスAMGは同じPUを使う他のユーザーチームに対しても大きな差を付けている。
「我々がPUによる恩恵を受けていることは事実ですし、その恩恵は決して小さくはないと思っています。しかし、メルセデスAMGとの間に大きな差が開いているのは、単純に車体側の差だと判断せざるを得ません。主に空力ですね。我々はもっとダウンフォースが欲しいです」
そう語るのはメルセデスAMG製PUのパワーを生かしてバーレーンGPで3位表彰台を獲得したフォースインディアの松崎淳エンジニアだ。
バーレーンで上位を占めたメルセデスAMGユーザー勢の中で、ウイリアムズやマクラーレンなど他のユーザーチームを下してフォースインディアが表彰台を手にしたが、それは、タイヤをうまく使いこなし、ピットストップ回数を少なくする戦略に成功したからだ。そのタイヤの使い方を担う松崎エンジニアは、こう続ける。
「PUの使い方やタイヤの使い方、レース戦略、そしてなにより車体側の性能。そのすべてが噛み合わなければ、あれだけの速さは実現できません。我々だって、ひとつでもミスがあれば5位や6位、ひょっとすると10位以下に落ちていたかもしれない。そのくらい熾烈な争いでした。でも、マシンが1秒速ければ、決勝では遅く走ってタイヤをいたわることだって簡単なんです」
PUだけで彼らの独走が果たされているのではなく、車体側の性能と戦略もまた優れているからこそ、今季のメルセデスAMGは速い。
バーレーンGPレース序盤のメルセデスAMGは、1周につき1秒速いペースで後続を引き離していった。しかしこれはもちろん、彼らの本気の走りではない。フォースインディアと同じ2回ストップ作戦を成功させるためにタイヤをいたわりながらの走りでしかない。
「ルイス、左フロントタイヤをいたわりながら走れ。ニコよりも少しアンダーステア傾向が強(く曲がりにく)いようだ」
「ニコ、このスティントは長く走る必要がある。だからタイヤをいたわってくれ」
メルセデスAMGのピットウォールからはドライバーたちに対してタイヤをいたわるよう次々と無線で指示が飛ぶ。
メルセデスAMGの本来の速さが披露されたのは、41周目の事故でセーフティカーが導入され、残り11周でレース再開となってからだった。どのマシンも、燃費とタイヤ劣化の心配がほとんどなくなり、ここからチェッカーまでスプリントレースになった。
それに加えて、メルセデスAMGの2台は異なる戦略を選び、異なるタイヤを履いてコース上で本気の優勝争いを繰り広げていた。だから彼らは、フルパワーに近い状態で走った。おそらく、予選以外で彼らの本気の走りを見ることができたのは今季これが初めてのことだ。
「ニコの履いていたソフトタイヤの方が1周あたり0.65秒は速かったはずだから、ニコを抑えるのはかなりタフだった。今まで経験した中で最もタフな状況のひとつだったね。最後の10周は完全に全開だったよ」
そう語るハミルトンとロズベルグは3位のフォースインディアよりも1周で2.5〜3秒も速い驚異的なペースで走り、激しいバトルを演じた。これこそがメルセデスAMGが他チームとの間に築き上げている現状のギャップだ。
圧倒的なワンツーフィニッシュを飾ったメルセデスAMGだが、自分たちの置かれた状況に安穏としているわけではない。
「勢力図なんて、レースごとにリセットされる。サーキットの特性やコンディションが違えば、勢力図は大きく変わりうる。マレーシアでの雨の予選で、あれだけ差が縮まった(ポールのハミルトンと2位ベッテルは0.05秒差)ことを見れば、それは明らかだ。アップグレードを持ち込んだチームが大きく進歩することだってある。どのチームがアップグレードを投入して車体面やPU面で進歩を果たすのか。それはレースウィークが始まってみるまで分からない。僕らだってこの差が縮まらないように努力し続けなければならないんだ」
他のメルセデスAMG製PUユーザーチームには車体性能で差を付けていても、レッドブルに対しての差が車体ではなくPUにあることも彼らは分かっている。雨が降ればPUのパワー差は帳消しになり得るし、他メーカーのPUの熟成はやがて進んでいく。ルノーとてソフトウェアの改良は着実に進めており、バーレーンには内部部品を改良した新世代の内燃機関エンジンをレッドブルとトロロッソに投入している。
PUのパワー不足と空力効率で劣っているとされるフェラーリも黙ってはいない。
「僕らがストレートで劣っていることは事実だ。しかし、それ以外の部分にある僕たちの長所を発揮できるサーキットもある。僕らはコーナーでは速い。それに来週のテストでは新パーツを試し、僕らにとって逆襲の第一歩となるだろう。(コーナーの多い)中国GPやスペインGPではウイリアムズやフォースインディアより速いはずだし、表彰台争いができるはずだ」
大きくレギュレーションが変わった2009年の序盤戦を席巻したブラウンGPは、後半戦に入って強豪チームが開発を推し進めてくると瞬く間に失速した。過去のそうした例もあるように、今は大きくリードしていても、ライバルたちと同じように開発を進めていくことができなければ、そのリードはあっという間に消え失せかねない。そのブラウンGPが2010年に買収され姿を変えたのが今のメルセデスAMGだ。歴史は繰り返すのか、それとも過去に苦い経験を味わっているからこそ彼らは2014年を戦い抜くことができるのだろうか。
「ひとつの風が永遠に吹き続けることはない。コーナーの先がどうなっているかなんて、誰にも分からない。だから目の前の1日1日を全力で駆け抜けていくしかないんだ」
バーレーンにやって来たばかりの木曜日、ハミルトンがふと呟いた言葉が妙に印象に残った。この先にまだまだ長い道のりが待ち受けていることを、きっと彼らは知っているはずだ。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki