マレーシアGPをフィニッシュした後、チームクルーたちと歓喜に沸くトップ3ドライバーたちの向こうで、4位のフェルナンド・アロンソ(フェラーリ)はヘルメット姿のまま立ち尽くしていた。メルセデスAMGとレッドブルのマシンのそばに立ち、レース中に自分の視界からどんどん遠ざかっていった3台のマシンをじっと見つめていた。

「実を言うと、今日はレッドブルとは少し戦うことができるんじゃないかと思っていたんだ。メルセデスAMGは速すぎるとしてもね。でもそれはできなかった。まだまだクルマの開発が必要だね......」(アロンソ)

 開幕から2戦を終えて、メルセデスAMGが圧倒的な速さを誇っていることは明らかだった。第2戦マレーシアGPを1-2フィニッシュで飾った彼らは、事前に懸念されたようなタイヤのタレに苦しむこともなかった。タイヤをいたわるために、それだけペースを抑えて走っていたからだ。

 3位に入ったセバスチャン・ベッテル(レッドブル)も、それは感じていた。実際にはメルセデスAMGと戦うことができたとは思っていない。

「おそらく、優勝したルイス(・ハミルトン)は必要とあらばもっと速く走ることだってできたと思う。僕らもレース終盤は表彰台を確保することの方を優先させた(ペースダウンした)とはいえ、とにかく彼らはとても速いし、あのパッケージはものすごく強いよ」

 現時点で2014年のF1を支配しているメルセデスAMGの強さの理由は、一体どこにあるのだろうか。

 メルセデスAMGのパワーユニット(PU)が、3メーカー(メルセデス、ルノー、フェラーリ)のうち最もパワフルであることはもはや周知の事実だ。それはメルセデス製PUユーザー勢が最高速で他を圧倒していることからも分かる。開幕戦に続いてマレーシアでもフォースインディアに先行されたアロンソは、最高速の不利のために苦戦を強いられた。

「普通ならDRS(Drag Reduction System:ダウンフォース抑制システム)を使ってメインストレートからターン1のアプローチで抜くのが正攻法だ。でもメルセデスAMG製PUユーザーは最高速が速いからそれができなかった。だからタイヤの利を生かしてターン2の立ち上がりで抜かなければならなかったんだ」

 開幕前のテストでは最高速で時速30キロもの差を付けられたルノーのPU開発責任者、徳永直紀テクニカルディレクターは「単純にそれだけピークパワーが不足しているのだと考えています。それ以外の理由では説明がつきません」と語る。

 ベッテルは「パワーで劣っていることは明らかだし、ドライバビリティでも思いどおりになっていない」と語る。

 それでも、雨の予選でレッドブルとの差が極めて小さなところまで縮まったのは、ウエット路面ではメルセデスAMGがPUのアドバンテージを生かし切ることができていないからだ。裏を返せば、メルセデスAMGとレッドブルの差は、PUの差によるところが大きいとも言える。

「我々はPUにアドバンテージを持っている。それは明らかだが、ウエットコンディションではそれを生かすことができない。コーナーの立ち上がりでグリップレベルが低ければ、むしろパワーが少ない方がドライバビリティという点では有利になるんだ」(トト・ウォルフ代表/メルセデスAMG)

 ただし、メルセデスAMGは他のユーザーチームに比べて圧倒的なラップタイムを叩き出している。となれば、PUに限らず車体側の性能も優れていることになる。少なくともメルセデスユーザーの中では最も空力性能が優れたマシンということだ。

「PUが同じですから、これは空力面の差だと思いますし、やっぱりダウンフォースがもっと欲しいですね」

 そう語るのは、メルセデスユーザーであるマクラーレンの今井弘プリンシパルエンジニアだ。

 マクラーレンは開幕戦に新型フロントウイング、そしてマレーシアにはガラリと見た目の変わった新型ノーズを投入した。それでもまだ空力性能ではメルセデスAMGに追いつけてはいないとジェンソン・バトンは語る。

「僕らは(空力性能が要求される)高速コーナーでとても厳しい。新パーツの恩恵はあったと感じているけど、マレーシアは僕らにとって厳しいサーキットだったんだ。僕らの強みを出しにくいサーキットだ。その点はかなりの改善が必要だ」

 メルセデス製PUの恩恵を受けて躍進著しいウイリアムズも、空力面ではまだ熟成が足りていない。現時点では最高速の伸びが武器になっているが、今後はそれだけでは戦っていけないだろう。

「トップスピードの速さと、ブレーキングからのコーナーへの進入の安定性が僕らの長所だ。でも高速コーナーでは前走車についていくのに少し苦労した。現時点ではそれが僕らの弱点。コーナーからの立ち上がりでもロスしているし、トラクションをもっと強化しなければならない」(バルテリ・ボッタス/ウイリアムズ)

 レース中の燃料消費量をリアルタイムで表示する情報によれば、ウイリアムズ勢2台が最も少なく、それに続いたのがメルセデスAMGのハミルトンだった。逆に、上位勢で最も燃料消費が多かったのはレッドブルだった。

「たしかに僕らは燃費がすごく良い。それはストレートがとても速いことからも分かるとおり、ダウンフォースが少なくて空気抵抗が小さいせいかもしれないね。そのぶんコーナーでは苦労しているけど、他チームはコーナーを速く回るためにそれだけ多くの燃料を必要としているはずだ。燃費が良いのはいいけど、それよりもダウンフォースがもっと欲しいよ」(ボッタス)

 ダウンフォースが増えれば空気抵抗も増し、そのぶん燃費は厳しくなる。空力性能と燃費性能はトレードオフの関係にあるのだ。

 空力性能に優れるレッドブルのベッテルが、終盤に燃費セーブを強いられていたのは、その空力性能の高さゆえだろう。逆に、ウイリアムズはダウンフォースが少なすぎるがために必要以上に燃費が優れている。そんな中、メルセデスAMGは空力性能と燃費性能の最良の妥協点を見出していると言える。

 しかし、これからレッドブルとルノーがPUの熟成を進めてくることは間違いない。

「パワー不足は改良が可能です。たとえば立ち上がりでのドライバビリティが良くなかったり、回転数を上げた時にはターボにノッキングが発生したりといったことで、パワーが下がるんです。しかし、そういった部分を改良すればその症状は改善していきますし、パワーは上がってきます。シーズンが進んでもこのままということはないし、むしろ他メーカーに比べて我々の向上カーブは大きいはずです」(徳永エンジニア/ルノー)

 ベッテルはシーズン開幕を迎える時点では「最初の何戦かは完走すらできないだろうと思っていた」と明かした。しかし灼熱のマレーシアで3位フィニッシュを果たしたように、「大きな進歩だし、自分たちのこの進歩の度合いには満足している」と語る。

 そんな中でフェラーリだけが上位争いから置いていかれた感がある。フィニッシュ後のパルクフェルメに立ち尽くしたアロンソの胸中には、そんな思いがあったのだろう。

 フェラーリのテクニカルディレクターのジェームズ・アリソンは「コーナリング、特に高速コーナーでの速さは我々の長所と言えるだろう。しかし、ブレーキング時のスタビリティ(安定性)とストレートスピードはもっと向上させる必要がある」と、PUの熟成不足が不振の理由であることを示唆している。加えて、フェラーリ製PUは他メーカーに比べて重く、重量面のハンディもあるとされている。

 開幕戦でも第2戦でも、トップから35秒遅れの4位フィニッシュ。しかし着実に前進はしているとアロンソは語る。

「開幕戦のメルボルンでは、レース中盤の22周目にセーフティカーが出たのにもかかわらず僕らは優勝したニコ(・ロズベルグ/メルセデスAMG)から35秒遅れだった。もしセーフティカーがなければ1分遅れになっていただろう。それが今回は、(セーフティカーがないレースで)35秒差だ。良い結果ではないけど、前進していることは事実だ」

 現時点ではメルセデスAMGが総合力で大きくリードし、レッドブルはPUの熟成不足によってそれに対抗できないでいる。他のメルセデスユーザーたちは、空力性能の開発が急務。そして、フェラーリはPUと車体の両面での熟成が必要とされている。

 だが、この勢力図が長く続くとは誰も思っていない。2014年の命運を握るのは、ここからの「開発力」だ。

「去年なら、マシンが95%完成された状態でシーズンに臨み、残り5%を引き出すことに集中していた。でも今年は、どのチームも6割程度の完成度で走り始めているはずだ。それだけ何もかもが新しいマシンなんだ。どのチームもいろんな箇所に進歩の余地を秘めている」(アロンソ)

 2戦連続優勝のメルセデスAMGの開幕スタートダッシュは確かに強力だった。しかし、その勢いをいつまで維持できるか。各チームはここからの逆襲を誓い、すでに5月のヨーロッパラウンドに向けて開発を加速させている。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki