もし今日2014年開幕戦が行なわれるとしたら、メルセデスAMGとウイリアムズでポールポジション争いが繰り広げられることになるだろう。開幕前の計3回12日間の公式テストを終えた現段階で、速さで一歩リードしているのがこの2チームであることは間違いないからだ。

 両チームとも、バーレーンテスト最終日に行なったタイムアタックが失敗だったにも関わらず、4日間全体のベストタイム上位を独占した。ウイリアムズに至っては、トラブルでアタックラップがフイにならなければ昨年のバーレーンGPのポールタイムに迫る1分32秒台を記録できると踏んでいたほどだ。

 フェラーリがどんなに頑張っても1分34秒台しか出せず、ルノー勢に至ってはフルパワーでマシンを正常な挙動にすることすらできずに35秒台後半が精一杯であったことを考えると、この差は非常に大きいと言わざるを得ない。

 現時点で勢力図を占うならば、メルセデスAMGとウイリアムズがトップ集団。その後方の第2集団にフェラーリ、そしてマクラーレンなどのメルセデスユーザー勢がいて、第3集団はフェラーリユーザーのザウバーとマルシア。ルノー勢のレッドブルとトロロッソはその第3集団の前になんとか入り込もうとしているような状態で、ケータハムは第3集団に追い付けるかどうかというポジション。ロータスはまだクルマを走らせるだけで精一杯で最下位にいる。

 ただし、これはあくまで"予選"の話だ。予選はパワーユニットをフルブーストで使い、1周だけきちんと走ることができれば結果を出すことができる。

 しかし、決勝では話はまったく違ってくる。305kmの距離を走り切らないことには1ポイントも獲ることはできない(厳密に言えば90%走破で完走扱いになる)。つまり、マシンの「信頼性」という要素が重要になるのだ。

 この「信頼性」が2014年シーズン序盤戦の最大のキーワードになるというのが、各チーム共通の見方だ。

「まだまだやるべきこと、マシンに施さなければならない修正は山積みだ。しかし、重要なのは、何を優先するかということだ。まずシーズン序盤に向けて集中すべきなのは信頼性の確立だろう。それが序盤戦のキーポイントになるだろうからね。マシンのパフォーマンスを上げていくのはそれからになる」

 フェラーリのステファノ・ドメニカリ代表はそう語る。

 信頼性に着目してテストでの走行距離を見ていくと、ここでもウイリアムズが圧倒的な強さを誇った。実際、トラブルらしいトラブルは発生しておらず、極めてスムーズなテスト進捗にチーム内の雰囲気はすこぶる明るい。

 一方、メルセデスAMGは初回のヘレステストで最も順調な滑り出しを見せたものの、テスト最終週になってパワーユニット側のみならず車体側に細かなトラブルが続発し、「僕らはまだ信頼性が十分じゃないし、走れば走るほど新しいトラブルが見つかり、それに対処していっている状態だ」(ニコ・ロズベルグ)という。

 テストでの合計走行距離で3番手に付けたフェラーリにしても、パワーユニット運用の煮詰めは完璧とは言えず、レースシミュレーションを行なったバーレーンテストの最終週でも制御ソフトウェアのトラブルが次々と発生するような状態。マシンセットアップもタイヤテストも十分にこなすことはできなかった。また、100kgの燃料で走り切らなければならない決勝レースでの燃費マネージメントでも苦労し、パワー不足とペースの遅さに悩んでいる。それは、フェラーリユーザーチームのザウバーやマルシアにも影響を及ぼすだろう。

「走る度に新たな修正箇所が見つかっていくし、3回のテストを見る限りではメルセデスAMGとウイリアムズがいい。それが現実だ」(ドメニカリ代表)

 ルノー勢(レッドブル、トロロッソ、ロータス、ケータハム)は1月末のヘレステストからトラブルが続発し走り込みが十分に行なえなかったが、バーレーンテスト最終週になるとパワーユニット側の問題はほとんどなくなった。あったとしても物理的な破損ではなく制御ソフトウェアの問題だけで、間違いなく進歩は見られており、開幕までにきちんと対策が施される可能性は高い。

 ただし、パワーユニットの問題のせいで走行ができなかったために、車体側のテストができていない。そのため、車体側のトラブル潰しがまだ完全にできておらず、とくに、攻めたマシン設計のレッドブルはその余波を大きく受けることになった。ルノー勢はどのチームもマシンのセットアップなどが進んでおらず、まだ非常にドライブしづらい状態で、データ収集のために周回数を重ねただけだった。

 そのためペースは明らかに遅く、ストレートの最高速もメルセデスAMGより30km/hほど遅い。「フォーミュラ・ルノー」とでも呼ぶべき別カテゴリーにしてもらわないと、ルノー勢は「予選107%ルール」(予選ポールポジションのマシンの周回タイムの107%以内を記録できないマシンは、決勝出場権が無効となる)のクリアもままならないのではないかというブラックジョークもパドックで囁(ささや)かれるほどだ。そんな中でも、「レッドブルはトラブルが直れば侮れない存在になる」と、どのチーム関係者もレッドブルが大化けする可能性を秘めていると声を揃える。

 問題は、決勝レースを走り切れるかどうかだ。「オーストラリアGPはどうなるかまだ分からない」と話すのは、フォースインディアで実質上のマシン開発責任者を務める羽下晃夫プロジェクトリーダーだ。

「とくにシーズン序盤は本当に何が起きるか分からないし、去年の上位チームが思ったよりも下でフィニッシュしたり、逆に下のチームが思ったよりも上でフィニッシュする、なんてことがあると思います。ドサクサに紛れて上を狙えるというのは、去年はウチとザウバーくらいだったけど、今年はウイリアムズもすごく良いし、マルシアだって侮れない。このあたりの争いはかなり熾烈になると思いますよ。メルセデスは先行逃げ切りを狙っているでしょうね」

 本来ならば、こうしたドサクサを利用してチーム初のポイント獲得を狙いたいのが小林可夢偉のケータハムだが、計3回のテストで抱えたトラブルの数を考えると、それが容易なことだとは決して言えない。しかし「スーパーソフトを履いてタイムアタックができれば、現状でザウバーくらいのタイムは出せるはず。実質的なタイムはそんなに悪くない」と可夢偉が語るとおり、見た目上の順位ほどケータハムの立ち位置は悪くない。問題は、テストデータをもとに開幕までにマシンを熟成すると同時に、信頼性を確保することができるかどうかだ。

「ここからイギリスのファクトリーへ行って、できるだけチームと一緒に準備をします。シミュレーターにも乗って。状況は厳しいけど、"厳しい"って言うたってやるしかない。自分たちにできるだけのことをやって、それでオーストラリアに行って、あとは運転で合わせるしかないって感じですね。ライバルとの差なんて考えても意味ないし、そんな無駄なこと考える時間があったら、僕らはクルマを速くすることだけを考えますよ」

 開幕まではまだ2週間弱の時間が残されている。その残された時間をいかに使うかで、勢力図は開幕戦までにさらに変化を見せるだろう。

 現時点でライバルたちに空力面で後れを取っていることを認めているマクラーレンも、開幕戦にはアップデートパーツを投入する予定だ。そしてもちろん、どのチームも多かれ少なかれアップデートしてくるだろう。

「状況は刻々と変化している。アップデートすればいきなり秒単位で速くなったりする。だからライバルたちがどうとかを推測したって意味がないし、自分たちのプログラムに集中するしかないんだ。先週のように1チームだけが1.5秒も速いなんてことはないし、おそらく開幕戦の予選ではみんなが思っている以上にタイトな争いになるだろう」(ジェンソン・バトン)

 そう、開幕戦は今日ではなく3月14日から始まる。その間にもF1マシンはさらに大きく進化する。

 何が起きてもおかしくない開幕戦がどのような展開になるのか。各チームにとって、これほどまでに未知数の部分が多いまま開幕を迎えるシーズンは初めてのことだろう。だからこそ、開幕の地メルボルン(オーストラリア)はかつてないほどの興奮に包まれることになるはずだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki