「今日のテストは長くて長くてしょうがなかった。マシンに乗っている時間はすごく短く感じるけど、待ってる時間は長く感じるからね(笑)」

 2月22日、バーレーン合同テスト最終日の走行がたったの17周しかできなくても、小林可夢偉は苛立ちを見せなかった。むしろにこやかに話し、自分たちが置かれている状況を冗談で笑いとばしさえした。

 1月28日に始まった2014年シーズン開幕前のテストはこれで3分の2が終わった。1年ぶりのF1復帰となる可夢偉にとっては、ルノー製パワーユニットの問題に悩まされて十分なテストができず、もどかしい状況が続いている。

 しかし、これまでの経験を買われて「チームの牽引役」としてケータハムにやって来た可夢偉は、2012年までの可夢偉とは明らかに違う。

 自分の時間を切り崩してでもチームスタッフたちと過ごす時間を増やし、以前なら決して自ら進んでやる方ではなかったメディア対応も、嫌な顔をせずに受け答えする。それはきっと、可夢偉が考える"クールな自分"ではない。だがクールであろうとなかろうと、大切なのは結果だ。

 時には泥臭く努力する姿を晒す覚悟が、今の可夢偉にはある。F1から離れなければならなかった1年間が、可夢偉をまたひとつ成長させたのだ。

―― 2012年の小林可夢偉と2014年の小林可夢偉はどう違いますか?
「(2010年から)3年間フルで戦って、2013年に1年休んで感じたことをすべてまとめてここでやって、それが通用するかしないかですよね」

―― F1から離れている間に一番考えたことは何でしょう?
「人間って面白いよなぁって思いましたよね。F1ドライバーじゃなくなった瞬間に冷たくなる人もいれば、そうじゃない人もいる。ほんなら、そういうなかで自分をどうやって作っていけばいいんやろとか、いろいろ考えましたね。それで、これまでとは違うやり方をしないとダメやなって思ったんです。F1ドライバーじゃなくなった瞬間に、中途半端に知名度だけが残ったでしょ? それで変にツラい部分もあったし。

 まぁ、現実もよく見えたし、今の時代のF1ってドライバーだけじゃ無理だということも実感した。だからこそ、いろんな経験をしていろんなことをやっていかなきゃいけないんだろうなと思ったんですよね。F1ドライバーってスポーツマンというジャンルに入れてもいいのかなっていうところにきてると思うんですよ。トップチームならスポーツマンとしてドライビングに専念することができるんですけど、下の方のチームにいくとそうではないと思う。そのへんが残念なところではありますけどね......」

―― そういうこともあって、今年は「自分が引っ張っていかなきゃいけない」という気持ちが以前よりも強いですか?
「ザウバーのときは(自分もチームも)経験がないところから一緒に頑張って一緒に成長していったっていう感じやったけど、今回、僕は『経験があるからチームを引っ張ってくれ』っていう役目でここに来ていますからね。このチームは2010年からやから僕と同い年やし、下手したら2009年にトヨタで走っている僕の方が年上っていうことになりますからね。F1自体は2007年くらいから乗っていたし。そういう意味では、僕がこのチームに与えられる経験とか知識、フィードバックっていうのはあると思う。

 みんな僕に対してこの世界に入ったばっかりの人間っていう感覚は持ってないから、"経験があるドライバー"っていう設定(イメージ)で接してくる。たった3年しかやってへんのに(苦笑)。だからすべてのことにおいて僕を優先的に考えてやってくれているから、やりやすいですね」

―― 1月下旬に加入した時、チームの雰囲気はどうでした?
「雰囲気がどうのこうのって言ってる場合じゃなくて、僕らが自分で持ち上げるしかないですからね。やるしかないっていう。去年の時点でチームのモチベーションが下がっていたのも事実やし、仕事は多いし。だからここで僕がちゃんと引っ張れれば、チームとしても良いことやし、自分としても評価につながる。やりがいもクソもなくて、『やるしかない』っていうだけですよ(笑)」

―― レースエンジニアのティム(・ライト)とのコミュニケーションは?
「コミュニケーションに関しては問題ないですけど、新しいシステムが多すぎるんで、改善すべき点をどういう風に伝えるかというのが問題ですね。ここから経験を積んでいって、こういうときはこうするみたいな、言葉にしなくてもだいたい分かるっていうような関係を作っていきたいです。まだ、その段階に行けるほどクルマをいじれてないのが問題ですけど、ひとつずつやっていくしかないですね」

―― ドライビングの技術でいうと、今さらそんなに変わるものではない?
「変わらへんけど、GTに乗って引き出しが増えたという自信はあるんですよ。今までGTに乗ったことのなかった人間が、重量がF1の倍以上あるクルマで走るって、なかなかパッと合わせられるもんじゃないです」

―― 勝手なイメージですが、多くの人がF1に比べて全然遅いGTに乗ったって得るものなんかないだろうと思ってしまうのでは?
「いや、それは逆。たとえばウイリアムズなんかはドライバーに『オマエ運転ヘタやから』って一般車で荷重移動のトレーニングとかやらせるくらいやから。GTとか重量のあるクルマの方が、リアが流れた時のコントロールが難しいんですよ。重いからきちんとコントロールしてあげないといけない。"気持ち"ではいけないんですよ(笑)。カートとかは軽いから行けますけどね。重ければ重いほど運転はシビアで、セオリー通りに走らなきゃいけないわけです」

―― そういうクルマの方がセオリーを学ぶのには適している?
「適しているとは言わへんよ。でも、今自分に何が必要なのか、何を勉強するべきなのかということを理解したうえで走れば、十分価値があるんですよ。その成果は(F1で)走ってみないと分からへんけどね。でも、なんかあったときの対応、こういう時にはこうしたらいいっていう引き出しが広がったとは思いますね」

―― ヘレス、バーレーンと計8日間のテストが終わりましたが、現状は?
「メルセデスAMGの1分33秒台なんていうあのタイムを見たら、別世界のクルマに見えてしょうがない。ストレートだって向こうは最高速が330km/hでこっちは300km/h。30km/hも違ってるんですよ。30km/hっていうたら、原付の制限速度ですよ。想像してみてください、道路に立ち止まっててすぐ横をバイクが通り過ぎるくらいの感じで、僕は300km/hで走りながら抜かれてるんやから(苦笑)」

―― クルマは前回のヘレスから進歩していない?
「リカバリー(エネルギー回生)を120kWまでフルに使い始めたことで、クルマとしてはむしろ落ちた。ブレーキングで(回生のために負荷がかかる)リアがいきなり流れるんです。例えば、市販車で6速で走っている時にクラッチを踏んでいきなり3速に入れてドンってクラッチつないだらどうなるか想像してください。リアがバンッ!ってなるでしょ? あれくらいのショックがダウンシフトするごとにリアにくる感じ。ダウンシフトするたびに『キュキュッ! キュキュッ!』って聞こえんねんから。そんなことあり得る?それを300km/hでやるんやから。ホンマに恐い。とにかくブレーキの問題だけはなんとかしないと、まずセッティングがどうのこうのなんて言えないからね。逆に、それさえ解決すれば2秒は速くなるんですけど」

―― 2回のテストを終えた現時点で、開幕前の準備はどのくらい残っていますか?
「95%くらいですね(苦笑)。でも今回パワーユニットをフルパワーで走らせて、ブレーキの課題が確認できたのは大きかった。次のテストまでの4日間でバーレーンに残ってエンジニアたちと一緒に優先順位を考えていろいろとプログラムを組んでみて、時間を最大限に使えるようにして、できるだけテストをしてから開幕戦のメルボルン(オーストラリア)に行きたいなと思います。やることが多すぎて、頭がパンパンですけど(苦笑)」

―― 逆に、開幕戦までにその問題が解決すれば、セットアップ作業がぶっつけ本番になっても金曜・土曜のフリー走行だけで行けるでしょうか?
「そこそこは行けると思う。(車体としては)意外と悪くないかもしれないですね。仮にパワーユニットが同じレベルなら、一歩間違えればザウバーと戦えるくらいのポテンシャルはあるんじゃないかと思うんです」

―― 1年ぶりのF1ですが、どういう覚悟で臨んでいますか?
「ここでうまくいくかいかへんかで、来年F1にいるかどうかが決まるから。2009年にトヨタで乗れることになった時(第16戦のブラジルGP)、1戦しかチャンスがない中で『何かしよう』じゃなくて『楽しもう』って思ったんですけど、今の気持ちもそれと同じですね。楽しく精一杯やって、それであかんかったら綺麗にF1をあきらめて次のことを考えるっていうね。これがダメだったらもうないですよ、次のチャンスなんて。それくらいの気持ちでやります」

―― 今のこの状況でもこの"新しいチャレンジ"を楽しんでいる?
「今までルノー・エンジンは良いと思っていたし、ようやくそのルノーを使えると思ったらこんなことになるなんて、なんていう人生なんやろうって自分の中で笑いながらここにいるんですけど(苦笑)。ただ、これが僕の与えられた仕事やし、このチャンスは自分にとって最初で最後っていうくらいのつもりでいるので、精一杯、思う存分やれたら良いなと思ってやってます。だからこそ楽しめているし。ここで良いクルマが作れてルノーを助けられれば、それはそれで自分の評価につながりますからね。できるだけ楽しんでしっかりやっていきたいなと思います」

―― 1年間、F1に乗っていなかったわけですが、不安はないですか?
「いや、まったくなくて、逆に自信になったくらい」

―― その自信の源は?
「やることはやったから、あとは信じるだけでしょ。一生懸命、楽しくやるだけです! 先はまだまだ長いけど、やります! 何を言うてもやるしかないからね」

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki