【F1】マシン開発は不調も、小林可夢偉が示したリーダーシップ
スペインのヘレスサーキットで1月28日から行なわれたF1の開幕前テストが、4日間の日程を終えた。初日には、低くバラついたエンジン音ばかりが響いていたが、最終日31日の午後を迎える頃には回転とブーストの高鳴りを感じさせる力強い音が聞こえ始めた。
しかし、コース上を見渡してみれば、初日から最終日まで、走っているのはほぼ決まって5台のマシンだけ。それは、フェラーリ、メルセデスAMG、マクラーレン、ウイリアムズ、フォース・インディア。フェラーリ以外の4台はメルセデスのパワーユニットを積むチームばかりだ。
ルノー・エンジンを搭載したチーム、レッドブル、トロロッソ、ロータス、ケータハムの姿を見ることはほとんどできない。昨季王者のレッドブルでさえ、1日に数周しか走ることができないでいた。2014年の新規定に合わせて誕生させたパワーユニット『ENERGY F1』の内部に深刻なトラブルを抱えてしまっていた。
約14カ月ぶりにF1に帰ってきた小林可夢偉が乗るケータハムの新車CT05も、初日から3日目まではレッドブルやトロロッソと同じように深刻な問題を抱え、3日間合計でたったの22周しか走ることができていなかった。それも、ラップタイムを計測するような走りではなく、ただゆっくりと走ってピットへ戻ってくるというような確認走行の繰り返しでしかなかった。
しかし最終日、苦戦続きのルノー勢で、可夢偉は孤軍奮闘。朝9時23分に小雨が降る中でコースインし、組み上がったばかりのマシン各部をチェックしながら感触を確かめていく。チームもルノーのエンジニアも慎重にマシン本体とデータを確認しながら、可夢偉は少しずつマシンを走らせていった。
何度もピットガレージに戻ってきていたが、午前中は一度もコクピットから降りることなく可夢偉は走り続けた。午後1時8分までの約3時間半で45周を走破すると、わずか30分の昼休みを挟んで再びコクピットへ。残されたテストの時間を最大限に生かしたいという、可夢偉とチームの気持ちが表れていた。
この時点で可夢偉はタイムシートの6番手。ところが、そこから9周したところでパワーユニットにさらに別のトラブルが発生し、それ以上の走行を断念しなければならなくなった。マシンから下りた可夢偉は、実は、最終日も朝から問題を抱えながらの走行だったことを明かした。
「パワーユニットのシステムがきちんと動いてくれないせいで、エネルギー回生も全然フルパワーじゃないし、エンジン単体で走っているようなものです。あと100馬力以上は出るだろうし、他チームのドライバーが言うようなトルクの太さとかを全然感じられていない状態。たぶん500馬力ぐらいしか出てないんじゃないかな......。メルセデスAMGに20、30キロ以上の差で追い抜かれましたからね。『俺らはなにをやってんねやろ!?』と思いながら走ってましたよ(苦笑)」
可夢偉を追い抜いていったメルセデスユーザーの4チーム(メルセデスAMG、マクラーレン、ウイリアムズ、フォース・インディア)は、初日こそトラブル続きで時間を失ったものの、残る3日間で驚異的な信頼性を見せて周回を重ねていき、テストプログラムの進行が早かった。最終日のタイムシートの上位はメルセデス勢によって占められ、それに唯一対抗していたのが2番手タイムを記録したフェラーリだった。現時点でこの5チームが他を大きくリードしていると言える。
ルノー勢で、最終日にひとり周回を重ねた可夢偉は、F1に戻って来られて嬉しいとか、久々のF1マシンのフィーリングがどうだという話は二の次と言わんばかりにこう語った。
「すごく厳しいですよ。パワーユニットさえちゃんとしてれば、普通にテストができるはずなんですけどね......。車体側はいつでも走れるんですけど、パワーユニット側がどうなるか分からへんから」
そのため、パワーユニットの出力を抑え、電気系統などのシステムにかかる負荷を最小限にして騙(だま)し騙し走るしかなかったのだ。
「何が悪いのか、よく分からないんですよ。ここを直したと思ったら他が壊れて、次から次へとバンバン壊れていろんなところに問題が出て来るから」
それでも、コースインする度にマシンが過熱してしまい、スピードを落として走ることすらできなかったレッドブルやトロロッソの深刻さに比べれば、ケータハムにはまだ救いがあった。レッドブルとルノーの技術系上級スタッフは、予定を前倒ししてイギリスのファクトリーへ戻ったのだが、実質的に、彼らはヘレスでのテストを断念したようなものだった。
ルノーは2月18日から始まるバーレーン合同テストに向けて、ヘレスでのデータをもとに抜本的な対策を講じなければならない。だからこそ、最終日にルノー勢最多の54周を数えた可夢偉の走りは、ルノーにとって貴重なデータとなるだろう。
1月21日のケータハム加入発表からわずか10日後のテストで、存在感を見せた可夢偉はこう話す。
「僕は『経験があるからチームを引っ張ってくれ』っていう役目でここに来ているんです。トニー(・フェルナンデス/チームオーナー)はケータハムというチームをなんとかしたくて、やる気があってチームのモチベーションを上げられるドライバーを必要としていたんです。『おまえの経験と勢いがあれば、なんとかなるだろう!』って(苦笑)。(シート争いが)おカネの勝負になっていたら全然勝負になってなかったですけど、僕は莫大な金額を持ち込まなくても"気持ち"で乗せてくれるトニーに出会えたということです」
そして、ヘレスでの4日間のテストで、可夢偉はオーナーから求められているチームリーダーとしての役割を果たし、見事に期待に応えたのだ。
現時点では、まず大きくリードしたメルセデス勢4チームだが、そのエンジン音を聞けば100%フルにマシン性能を引き出していないことは明らかだ。まだ他メーカーとの間に決定的な差が開いたとは言い切れないだろう。大きく出遅れたルノー勢4チームは対策を施し、失った時間の穴埋めをしなくてはいけない。また、フェラーリはともかく、同じフェラーリユーザーであるザウバーとマルシアも、とても順調とは言えない状況にある。
どのメーカーもさらなる開発を続け、どのチームもバーレーンには新たなパッケージを持ち込み、本格的なタイヤテストも始まる。ヘレスで耳にした新パワーユニットのサウンドは、あくまで序章に過ぎない。
18日から始まるバーレーン合同テストでは、どのようなエンジンサウンドが響くのか。新シーズンのF1マシンの真の姿は、その時まで明らかにはなってこないだろう。そして、可夢偉とケータハムの2014年を占うのも、それからになる。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki