いよいよ2014年シーズンを戦う新世代のF1マシンが姿を現わし、その醜いノーズのフォルムが物議をかもすなど、世界中が新しいマシンに注目をしている。

 1月28日からは開幕前の公式テストが始まったが、テスト走行が行なわれているスペイン南端のヘレス・サーキットは、異様な雰囲気に包まれている。

 例年、開幕前のテストといえば、多くのチームが先を争うようにしてコースインして周回数を重ねていき、いよいよ新たな年が始まるのだという興奮に満ちているものだ。

 しかし今年は違う。午前9時にセッションが始まっても、新世代のエキゾーストノートが聞こえてこない。時折コースインするマシンは限られた数台のみで、それも連続して走行できるのはせいぜい3周。まるで事故が起きて赤旗が出されているのかと思うほど、サーキットは静寂に包まれている時間の方が長い。

「これならマイクは要らないんじゃないかい? エンジン音が全然聞こえないんだからね!」新車発表後の記者会見に姿を見せたレッドブルのチーム代表、クリスチャン・ホーナーが冗談めかしてそう言ったほどだ。

 そのレッドブルも、テスト前夜にマシントラブルが見つかり、その対応に追われて時間を大幅にロス。コースイン出来たのはセッション終了15分前の午後4時45分だった。

 ルノー・ワークス待遇のチャンピオンチームにしてその状態なのだから、他チームも似たようなもの、あるいはもっと難しい状態だった。マクラーレンとウイリアムズはメルセデス・エンジン関連のパーツ交換が必要になり、組み上げたパワーユニットを分解しなければならなかった。マクラーレンに至っては初日を丸々棒に振ることになってしまうほどのトラブルに見舞われた。

 小林可夢偉が加入したケータハムも、トラブルのためにマシン組み立てが間に合わず、セッション開始前に予定していた新車発表会をキャンセル。午後3時過ぎになんとか準備を整え、新人マーカス・エリクソンがステアリングを握って1周だけの確認走行を行なったものの、パワーユニット周りに新たなトラブルが見つかり、それ以降コースに戻ることはできなかった。とはいえ、ヘレスへ向けて出発する前にトラブルが発覚し、早々に初日の走行を諦めなければならなかったマルシアに比べればまだ救いはある。

 初日最多の33周を走行したフェラーリも、コースインした1周目にトラブルでコース上にストップし、午前中はガレージの中で過ごすことになった。午後の走行も「まだ壊すわけにはいかないから様子見で走らなければならない」とチーム関係者が話すように、3周以上の連続走行は出来なかった。エンジン音を聞いていても、全開で走っている状態からはほど遠いことが分かる。

「まだ1日目だからどうこう言うのは意味がないけど、ライバルたちがまったく準備を整えられていないことを考えれば、僕たちは良いスタート位置にいると思う。ラップタイムは関係ない。まだクルマのことをできるだけ多く学ぼうとしている段階だからね」

 初日のドライブを担当したフェラーリのキミ・ライコネンはそう語った。

 最も順調な仕上がりを見せていたのは、メルセデスAMGだった。テスト開始前に発表した新車W05は、すでにイギリスでシェイクダウン走行を済ませていた。そして午前9時のセッション開始と同時にコースインして精力的に走り始め、最初に連続走行にこぎ着けたのも彼らだった。

 しかし、わずか17周でフロントウイングが脱落するトラブルに見舞われ、ルイス・ハミルトンはコントロールを失ってタイヤバリアにクラッシュ。昼過ぎには走行を取りやめることになってしまった。

「どのエンジンもどのマシンも、準備が間に合っていないんです。例年に比べてテストの開始が1週間ほど早いですし。こういう状況は予想していました」

 そう語るのは、ルノースポールF1で新型パワーユニット開発の責任者を務める徳永直紀エンジニアだ。

 走行できなかったほとんどのチームのトラブルの原因が「パワーユニットの電気系統」にあった。パワーユニットの複雑さゆえに、カスタマーユーザーである各チームにしわ寄せが行く。初日に精力的な走りができたのがワークスチームのみであったことを見ても、それは明らかだ。

 それだけでなく、新設計の8速ギアボックスや、ノーズ、前後のウイング、エンジン排気管の空力利用禁止など、車体側にも変更点は多い。そのためにチームのマシン準備は大幅に遅れたのだ。

 トロロッソのフランツ・トスト代表は「ヘレスにやってくるまでの数週間、チームスタッフは連日深夜2時、3時まで働き詰めだった」と証言する。それは他チームでも同じことで、なかには連日ほぼ徹夜で作業を続けてギリギリ間に合ったというチームもあった。

 たしかに、最初のテストでトラブルが頻発するだろうという予想はあった。しかし、まさかほとんどのチームがまともに走行することすらできないこの状況は予想外だった。それだけ2014年のF1は革新的で、これまでとはまったく異なる未知の世界へ突入しようとしているということだ。

 チャンピオンチームを率いるホーナーは言う。

「これまで以上にマシンは複雑化している。設計図の数は従来の4割増だ。それだけ多くのパーツを製造しなければならないということでもある。我々がクラッシュテストを通過したのは10日前だが、そのために何カ月も努力してこなければならなかった」

 王座奪還を目指すフェラーリのステファノ・ドメニカリ代表も「過去10年で最大の技術的チャレンジだ。我々の技術チームはこれに正しく対処しなければならない。パフォーマンスのレベルを向上させるためには、非常に慎重に深く探究しなければならない」と語る。

 現状は、どのチームも、実際にクルマを走らせて基本確認をするだけで精一杯という状態だ。

「ヘレスでの初回テストにマシンを完成させて持ち込んだそのこと自体が、すでに偉業と言えるよ」

 ホーナーが口にしたこの言葉と同じようなフレーズが、パドックのあちこちで聞かれた。

 今日もヘレスサーキットではターボエンジンの野太いサウンドが響き、その轟音とともにF1は新時代へと突入していく。まずは、この異様なテストが4日間でどのような結末を見せるのか、楽しみに待ちたい。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki