【F1】2013シーズン総括。王者・ベッテルが乗り越えてきた試練
もしあなたが、2013年のF1がセバスチャン・ベッテルとレッドブルの独走で「退屈なシーズンだった」と思っているのだとしたら、それは大きな間違いだ。
たしかに、ベッテルは後半戦9連勝という驚異的な記録を達成して、1952年から1953年にかけてのアルベルト・アスカリの連勝記録や、2004年のミハエル・シューマッハに並ぶシーズン13勝という年間最多勝記録を樹立するなど、まさに「横綱相撲」だった。しかし、シーズン前半戦がレッドブル、フェラーリ、メルセデスAMG、ロータスが入り乱れる群雄割拠の争いが繰り広げられていたことを忘れてはいけない。前半10戦はレッドブル4勝、メルセデスAMG3勝、フェラーリ2勝、ロータス1勝という混戦だったのだ。
それが8月のサマーブレイク以降、一転してレッドブルが独走体制に入っていった。それは、ライバルたちが次々に自滅していったからだ。
フェラーリは6月のイギリスGPに投入した空力アップデートパーツが期待どおりの効果を発揮せず、開発の方向性を見失った。風洞とCFD(空力シミュレーション)が正確に機能していないことが発覚したからだ。
「タイトルが難しいと認識したのは(イギリスGPの次の)ドイツGP、ハンガリーGPのあたりだね。イギリスGPで投入した大きなアップデートがきちんと機能してくれなかったことで、僕らはレッドブルに大きな後れを取った」(フェルナンド・アロンソ)
前半戦、優勝争いに加わっていたフェラーリは、次第に上位勢に差をつけられ、その差を縮められないままシーズンが終わってしまった。
「今年のクルマは、シーズン序盤はベストではないにしてもレースペースは非常に力強く、勝てるマシンだった。しかし、中盤にマシン開発が停滞し、さらにはタイヤの変更というチャンスを自分たちのパフォーマンスアップに生かすことができなかった」
敗因についてフェラーリのステファノ・ドメニカリ代表がそう振り返るように、7月のハンガリーGPからタイヤが変更されたこともシーズンの展開に大きな影響を及ぼした。
ピレリは今季、タイヤの耐久性を強化するために、シーズン途中に内部構造を2012年型に戻した。これによってタイヤの剛性や性能低下の特性が変わり、タイヤの性能を引き出すために、マシンをそれに合わせて変えていかなければならなかった。
前半で3勝したメルセデスAMGは、予選での一発の速さ、空力性能でレッドブルをしのぐほどの成長を見せた。そして、シーズン中盤にはタイヤをうまく使うノウハウを蓄積し、決勝でもレッドブルと互角の勝負ができるようになった。
だが、終盤はタイヤの扱いに苦労することになり、決勝では常にタイヤの摩耗と温度を気にしながら、ラップタイムを抑えて走ることを余儀なくされた。決勝でズルズルと後退する場面が見られるようになり、とくにルイス・ハミルトンは「マシンセットアップの方向性を見出すのに苦しんだ」と振り返る。夏休み明けのベルギーとイタリアで、高速サーキット専用の空力パッケージ開発に失敗したことも痛かった。
「2012年型タイヤに変わってから、いくつかのチームは代償を払わされた。ロータスもそうだしフォースインディアもそうだ。逆に、それまで速くなかったザウバーが速さを増してきた」(アロンソ)
温まりの良くない2012年型タイヤをうまく使うためには、ホイール内側の熱処理システムと、空力面でエンジン排気を利用することがカギだと言われていた。どのチームもこの開発に注力し、タイヤ内側のアップライトには複雑な整流部品が装着されているが、これをうまくやり遂げたのがレッドブルと、後半戦で躍進したザウバーだとされている。
そしてメルセデスとフェラーリはシンガポールGPをひとつの区切りとして、今季型マシンの開発から手を引き、来季の開発へ切り替えた。つまり、この時点で彼らは今季の年間タイトル争いとレースごとの優勝争いを最優先事項から外したのだ。
その一方で、ロータスはホイールベースを延長するなど、マシン性能の向上を図ってきた。ロマン・グロージャンの成長も著しく、後半戦は常に表彰台圏内を走り、上位勢で唯一レッドブルに戦いを挑むことのできる存在になっていった。レースエンジニアの小松礼雄(あやお)はグロージャンの精神的な成長を高く評価している。
「クルマがいい状態でない時にも、落ち着いて走れるようになりましたね。金曜日が良くなくても、土曜日からそれを方向転換できるようになった。去年もできている時はあったんだけど、それを安定してできるようになった。タイヤを一定のウインドウ(作動温度)で働かせるのが難しい時でも、あれだけのレースができたっていうのは大きかったと思います」
しかし、ロータスの予算規模はトップチームに比べると3分の1にも満たないと言われている。財政難は深刻で、ライコネンの契約金はおろかチームスタッフの給料まで遅配が発生しているという。当然、マシン開発に割くことのできる資金は限られており、レッドブルを上回ることは難しかった。それでもコンストラクターズランキングで4位になったことは十分評価に値するだろう。
そんなライバルたちを退けて4連覇を果たしたとはいえ、ベッテルはどのレースも楽に勝利を収めてきたわけではない。タイヤの不安、マシントラブル、スタートシステムの不発、ライバルとのバトル、セーフティカーによる波乱、荒れた天候など、勝利を失ってもおかしくないレースはいくらでもあった。それでも彼が首位を守り勝利を収め続けたのは、1000分の1秒でも速く走るために常に努力を怠らず、それさえも含めてレースを心から楽しんでいたからだ。
「後半戦9連勝という記録は一度に成し遂げたわけじゃない。一戦一戦がチャレンジだった。その結果でしかないんだ。スポーツというのは、常に良い日ばかりが続くわけじゃない。必ずアップダウンがあるものだ。僕はこれまで、"今回もうまくいく保証なんてない"と言い続けてきただろう?」
彼が勝ち続けた後半戦はいずれも独走などではなかった。どのレースにも試練があり、ドラマがあった。つまり、ベッテルとレッドブルは、単に優れたマシンを手にしたから勝ったのではなく、マシンをつくりあげてレース戦略を練り、ドライビングを極限まで高めて目の前の試練に立ち向かい続けたからこそ勝利することができたのだ。ベッテルとレッドブルが困難な局面を乗り越えていく姿は、アスリートとして美しく、賞賛に値するものだった。
F1の世界にひとつとして同じ山はなく、平坦な道もない。ライバルが途中で挫折し、登ることのできなかった険しい道を、ベッテルとレッドブルだけは登り続けた。
「いつだってどんなレースだって、僕は楽しい。楽しくなければ、レースをする意味なんてないと思っている。僕は毎レース楽しんでいるよ。そしてもちろん、僕がここにいるのは2位になるためじゃない。勝つために戦っているんだ」
もし彼の登ってきた山が平坦に見えるのなら、それは彼があまりにも素晴らしく優れたドライバーだからだ。だが、彼がどんな試練と闘い、なぜ彼だけが険しい道を這い上がって頂点に立つことができたのかを思えば、2013年シーズンがいかにエキサイティングで魅力に満ちたものだったかを再認識できるのではないだろうか。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki