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生物学の視点から出発して「生命とは何か」を思索し続ける福岡伸一氏(生物学者 青山学院大学教授)。
一方の阿部裕輔氏(医用工学者、医師 東京大学准教授)は、医用工学の立場で人工臓器を開発し、「生命を救う」手段を研究している。

異なる分野に携わる二人が思い描く、生命の本質とは。
そこに、技術はどのように関わっているのだろうか。
技術の進歩が後押しする 医療機器の研究開発

阿部 ── 人工心臓の研究の歴史はこうした血液の流路表面の問題もあり、ポンプの改良の歴史でもありました。私はこのポンプの原理を発明して、ポンプを手づくりでデザインしています。モーターに関しては、「こんなデザインで」と研究室の電気工学が得意な人に作ってもらいます。モーターの開発は、磁場解析などをやらなければいけないですから。

福岡 ── 医学部にもラジオ少年みたいな方がいるんですか。

阿部 ── うちは医学部なのですが、中心となる3人は外科医である私と、あとの二人はそれぞれ電気工学、機械工学を修めた研究者です。設計や手術は私がやっています。あとのメンバーは大学院生ですね。

医用工学の世界というのは、医学という一つの専門では全体の像が分からず、ゴールが見えない。医師でも、基本的には電気や機械を知らないとダメだし、コンピューターやプログラミングもできなければいけません。機械工学を知っていると、CFD(数値流体解析)もできますから。逆に電気工学や機械工学の専門家も、医学の考え方を知らないとダメです。

今はすごく便利ですよ。このポンプを設計するにしても、昔は試行錯誤でいっぱい作って、「ああ、いいのができた」とやっていた。今はコンピューターで計算すると、ポンプの中を血液がどう流れて、性能がどれぐらいになって、血栓ができそうなところがあるか、シアストレスで溶血しそうなところがあるか、全部シミュレーションできるので、大体どのように作ればいいかが分かるんです。




──なぜ、最近になってCFDが便利な手法になったのでしょうか。

阿部 ── コンピューターの性能が一昔前とは全然違うからです。スゴく簡単に、早くできるようになっています。電気にしても、昔はハンダ付けして一生懸命やっていたのが、現在はチップをプログラミングすれば、ハードウェアもプログラミングできる時代なんです。

そういうのを使っていけば、かなり複雑な制御もできるようになってきました。人間の心臓の制御って2つの系統があるから、結構大変なんですよ。

福岡 ── 運動したら血圧を上げろとか、血液の流量を上げろというのは、人工心臓の場合、どう制御しているんですか。

阿部 ── 大動脈圧と右心房圧、それに血液流量が分かると、末梢血管にかかる抵抗が分かります。その値を測って、例えば末梢血管が開くような変化をしているときは血流が増えるけれども、血圧が急に上がるときには何にもしない、というようなロジックのフィードバック系を作ります。生体が血圧を上げたがっているのか、血液を欲しがっているのかモニタリングするんですね。そういうフィードバック系を作っておいて、あとは"脳に任せる"。すると、結構うまくいくんです。

福岡 ── 人工心臓がコンピューターじゃないと血圧や流量を調整できないのでは、なかなか大変ですものね。そのプログラムなども作られているわけですか。

阿部 ── そうです。

福岡 ── お話だけでも、そんなに一筋縄では進まないのが分かります。心臓は確かにポンプの機能だし、臓器の中では、肝臓がやっているものすごい代謝機能とか、膵臓がやっている内分泌と外分泌を同時にやっていることに比べたら単なる筋肉の袋だから、簡単に模倣できそうな感じだけれども、実はそうじゃなかった。

単にポンプを入れたら流路にいきなり血栓が詰まっちゃうとか、そこに細胞がやってきて肥厚するとか、いろんな他の仕組みとの相互作用の上に成り立っているというのは、単純な機械論だけからは予測できなかったことでしょう。それを1つ1つ何とかクリアして、ここまでのノウハウが積み上がっていくっていうのは、やはりスゴいことです。

阿部 ── 福岡先生が取り組まれていた分子生物学の成果は、特に、創薬に関しては非常に役に立っていると思います。今、「分子標的薬」という新薬がいろいろできてきて、これが効いているのがありますからね。

福岡 ── ただ、それもなかなか一筋縄ではいきません。例えば、ある標的=ある酵素が悪者だとすると、それを阻害すれば取りあえずいいとなり、その標的剤を作る。すると、体ってやっぱり「動的平衡」*9でできているので、それを阻害すると、その場はいいのですけれども、ずっと阻害し続けていると別のバックアップシステムが働いて、その阻害を何とか反転しようと体は動くわけなので、かえって悪い状態になる。
薬を作った後、また体の中の動的平衡によってリベンジされてしまって、抗生物質とそれに対する耐性菌ができるといった、いたちごっこのようなことが体の中の仕組みでも常に起こり得ます。

(つづく)

(構成・文/神吉 弘邦 写真/渋谷 健太郎)

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記事提供:テレスコープマガジン