CROSS x TALK「技術は生命を理解できるか?」(2)【テレスコープマガジン】
生物学の視点から出発して「生命とは何か」を思索し続ける福岡伸一氏(生物学者 青山学院大学教授)。
一方の阿部裕輔氏(医用工学者、医師 東京大学准教授)は、医用工学の立場で人工臓器を開発し、「生命を救う」手段を研究している。
異なる分野に携わる二人が思い描く、生命の本質とは。
そこに、技術はどのように関わっているのだろうか。
半世紀にわたる 人工心臓、開発の歩み
阿部 ── 私は医療機器のうち、人工臓器を研究しています。なかでも人工心臓に長いこと取り組んでいます。私は日本で最初に人工心臓の研究を始められた渥美先生の最後の弟子なんですよ。今日ここにお持ちしたのは、最新モデルの1段階前の人工心臓ですね。
福岡 ── (手に取って)結講、大きいんですね。
阿部 ── 600gぐらいですか。将来的には、電源も含めて全部体内に入る予定です。
福岡 ── この4カ所の突起のそれぞれが、肺へ行く動脈、静脈、大動脈、大静脈につながるんですか。
阿部 ── ここを大動脈に、ここを肺動脈につないで、ここを右心房につないで、こっちを左心房につないで……すると、体から静脈を通じて戻ってきた血液が右心房に入って、ぐるっと出て肺動脈に入ってくる。肺を通ってきた血液は今度、左心房から入って、ぐるりと回って大動脈に再び出ていく、という感じです。
こちらのグルグルとなっているのがポンプなんです。こっちが右心のポンプで、こっちが左心のポンプ。で、これが左心のモーターで、これが右心のモーターです。
福岡 ── 血管をつなぐというのは、具体的にはどうするんでしょう。
阿部 ── 人工血管を血管に縫い付けてしまうんです。この人工血管はゴアテックスですが、今は新しい素材で作っているところです。
福岡 ── 人工心臓って、心臓と完全に入れ替えて取り替えるんじゃなく、心臓は生かしておくものなのですか。
阿部 ── 心臓は生かしておいて、そこにポンプを1個だけ、もしくは両方くっつけて補助するタイプが「補助人工心臓(VentricularAssist Device)」と言われています。それから、心臓の心室を切り取って、そこに心臓移植みたいにポンとくっつけて使う「完全人工心臓(Total Artificial Heart)」というものの2種類あるんですが、これは後者のタイプですね。2016年の実用化を目指しています。
福岡 ── 人工心臓の歴史というのは、1967年にバーナード*3が心臓移植をしたよりも古いのでしょうか。
阿部 ── その前ですね。渥美先生は1959年には研究を始められていますから。米国に留学した阿久津先生の人工心臓「阿久津ハート」も、うちの研究室の展示棚に収められていますよ。ただ、人工心臓を作ろうって考えた人は、もっと昔からいたらしいんです。僕は詳しく知りませんが、ライト兄弟が作り始めたと言う説もあるくらいで。
福岡 ── 現在は人の臨床実験まで入っているということですが、人工心臓の位置付けとしては、心臓移植へのブリッジなんですか。
阿部 ── それは時代と共に変わっています。心臓移植より前に人工心臓の開発は始まっていますので、最初は、なんとか心臓の代わりに人工心臓で生かそうという方向だったんですね。アメリカの死因の第1位は、圧倒的に心臓病でした。アポロ計画の後、人工心臓計画としてアメリカで大々的に始まったのですが、当時は人工心臓を作るのはそんなに難しくないと思われていたんです。
福岡 ── 基本的にはポンプだから、ということなんですよね。だからポンプの機能が代替できれば、心臓の代替物ができるという発想は、ガリレオとかデカルト以来の人間機械論の伝統ですよね。
阿部 ── 全くその通りです。心臓が血液ポンプだということを発見したのは、ウィリアム・ハーヴィーでした。
福岡 ── 閉鎖的な循環系だと。簡単だと思っていたのに、なかなかうまくいかなかったのは、どこに問題があったんですか。
阿部 ── いろんな問題があったのですが、一番の問題は抗血栓性です。中に血栓ができて詰まってしまう。昔はどうしたら血栓ができないようになるのか分かりませんでした。デザインや性能面の課題もありましたが、材料の影響が大きいと突き当たった。
福岡 ── 物理的な接触によって、凝固反応が起きてしまうということだったんですね。
阿部 ── ええ。でも、なかなかいい材料が見つからない。それで片っ端から調べていったのが、僕らの前の研究者たちです。セグメント化ポリウレタン、ヘパリンコーティング……そういう材料で、血栓がわりと防げるのが分かりました。その成果もあって、ご覧いただいているモデルではあまり血栓ができないのです。
福岡 ── 現在、お使いになっているのは?
阿部 ── MPCポリマーといって、細胞膜の表面のような構造をした材料を血液接触面にコーティングしています。次の材料として研究しているのは、「細胞外マトリックス」を使ったハイブリッド材料です。
私は、ヤギをつかって人工心臓のテストを行っているのですが、まず、核となるチタン製の人工材料をヤギの体内に埋めておくと、その外側に生体の組織が入ってきて、材料の素ができます。それを界面活性剤で48時間洗って「脱細胞」するんです。
福岡 ── 細胞が死んで、非溶解性成分だけが残ると。
阿部 ── コラーゲンとエラスチン、それにフィブロネクチンですね。血液中を流れている幹細胞が内皮細胞となって材料表面に載ってくれて、割と綺麗に内膜ができる。血液中を流れている幹細胞が表面に接着したときに、肥厚(組織が厚くなること)も起こらず、そこで細胞がきちんと居着いてくれる。細胞が作った住処みたいなもの、つまり「家」が必要なんです。細胞が作った家を使うのが一番いいのですが、これを何とか人間の手で作れないかというのがハイブリッド材料の研究です。
こうした材料を使って埋め込み型の人工臓器を作れば、体内を流れている幹細胞が集まってきて、そこにちゃんと住んでくれて、自ら住みやすいように改築するかたちで、自分のものにしてくれる。すると、非常に生体適合性が良くなり、血栓もできなくなるし、長持ちするということにつながるんですね。
(つづく)
(構成・文/神吉 弘邦 写真/渋谷 健太郎)
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